THE FIGHT ROUND34

〜ラクダに乗りたいとダダこねる男〜



 宝石工場から脱出したオレは、宿の前で運ちゃんと最後の交渉に入った。


「今日はありがと。いろんなとこ連れてってくれて。また機会があったらよろしく。タダでよかったんだよね?」


「待て待て。よく聞け。タダって言ったのは、夜の7時までの料金のことだ。7時以降は一時間50ルピーだから、100ルピーな」


「……。そんなこと最初に言ってなかったじゃないか」


「そうだっけ? とにかく100ルピーだ」


「あんた最初タダって言ったよな? おまえは嘘つきなのか?」


「な、なんだって? オレは嘘つきじゃないぞ」


「じゃあなんで100ルピーなんて言ってるんだ?」


「だからそういう決まりなんだ」


「おっさん嘘つきだなー。ウーソつき! ウーソつき!」


「なんでそんなこと言うんだよ! 俺は嘘つきじゃないっ!」


「あーあ、嘘つきはいやだな。人として恥ずかしいよ」


「嘘つきじゃないっ!」


「バイバイ嘘つき運ちゃん! じゃーねー」


 半日の間オレに付き合ってあちこち乗せていってくれた運ちゃんには悪いが、約束は約束。どうやら嘘つきよばわりされて少しへこんだらしく、運ちゃんは寂しい背中を見せて結構あっさりと帰っていった。平気でウソをつくくせに嘘つきよばわりされるとへこむ。人がいいのか悪いのかよくわからんな。やるんだったら中途半端じゃなく、もっと越後屋や大黒屋のように堂々とウソをつくべきだ。


 そして翌朝。
 オレは宿近くの交差点に溜まっているオートリクシャ軍団と交渉に入っていた。


「キャメルライディングポイント(ラクダ乗り場)までいくらで行ってくれる?」


「なに? キャメル?? …あ、ああ、あそこか! うーん、そうだな。100ルピーだ!」


「高いなあ! もういいよ。他の人当たるから。……あのー、すいません、キャメルライディングポイント(ラクダ乗り場)いくら?」


「なに? キャメルライディング?? そ、そうだな。……70ルピーだ!」


「うーん、まだ高いよ。おっさん、思い切って50でどうだ! よっ!男前! かっこいい!」


「そうか?」


「うん。ほんとほんと。最初見た時一瞬山田雅人かと思ったもん。」


「本当か!? ……っていうか微妙だな。それ」


「……。竹之内豊! オダギリジョー! 宇津井健!」


「そうかそうか。しょうがない。それじゃあ、50ルピーで連れてってやろう」


「よっしゃ! 交渉成立ね!」


 早速リクシャに乗り込むオレ。
 実は昨日リクシャの運ちゃんに連れまわされている時にラクダの話になり、ラクダに乗れる観光スポットがどこかにあるらしいということを聞いたのだ。
 森光子のジャニーズ好きに勝るとも劣らない、三度のメシよりラクダが好きなラクダマニアのオレにとって、これを逃す手はない。どこにあるかは知らないが、リクシャの運ちゃんならすぐに連れて行ってくれるに違いない。
 運ちゃんが誰かに向かって声をかけると、もう一人インド人オヤジが現れ、リクシャに乗り込んで来た。運ちゃんはあまり英語が話せないため、このオヤジが通訳代わりをやってくれるようだ。運ちゃんとオヤジはヒンディー語でなにやらしばらく話をしていた。どうも様子を見ていると「キャメルライディングってどこだ?」「しらん。この辺にそんなのあったか?」というように見えるのだが、多分オレの気のせいだろう。まさかな。料金まで決めといて行き先を知らないなんてことはありえない。
 やがて首を傾げながらも、運ちゃんはリクシャを発進させた。通訳のオヤジが気さくに話し掛けてくる。


「どこから来たんだ? トーキョーか?」


「そう。トーキョー」


「どうだ。せっかくジャイプルに来たんだから、ファクトリーを見に行かないか? 絨毯工場とか宝石工場とか……」


「ファクトリーはいいから!! オレはもう明日にはアーグラ―に行かなきゃいけないんだよ! とにかくキャメルライディングポイントに行ってくれ!」


「そうか。しょうがないな」


 インドに来て半月。インド人の、石原都知事のニセ娘のようなあこぎなやり方に最初こそ面白がっていたものの、ここに来て旅の疲れもあり、毎日少しずつイライラは溜まっていた。さらに日程の都合上ジャイプルは今日一日しか観光できないため、もうこれ以上余計なトークに付き合っていられる時間と心の余裕はない。今日はサクっとラクダに乗って、サクっと宮殿見学でもして明日に備えたいのだ。


「ヘーイ。ジャパンにはいつ帰るんだ?」


「もうすぐ帰んなくちゃいけないんだ。アーグラに行ってすぐに帰るよ」


「そうか。じゃあちょっとファクトリーを見に行かないか? 勉強になるぞ?」


ファクトリーはいいっつってんだろ! いいか、絶対に工場には行くなよ。オレが行きたいのはキャメルライディングポイントだけだからな!」


「わかったよ」


 まったく……。今まで訪れた都市の中でもどうやらジャイプルのリクシャは一番たちが悪いようだ。まあしかし、これだけ言っておけばこいつらもこれ以上しつこく言い出すことはないだろう。なんだかんだ言って最後までワルになりきれないのがインド人である。
 それにしてもラクダに乗るというのはどんな気分なんだろうか。今までオレが乗ったことのある動物なんてうちのムクぐらいである。ムクに乗った時はつぶれて動かなかったが、ラクダはムクよりでかい。ムクと違ってコブもついてるし、立派に乗せてくれることだろう。
 しばらくしてリクシャは、とある建物の前に止まった。


「さーあここだ。降りな」


「ん? ここはどこだ?? なんか見覚えがあるぞ……?」


 そう、見覚えがあるのは当然。キャメルライディングポイントだ、と言ってオヤジがオレを連れて来た所は、紛れもなく昨日の絨毯工場だった。リクシャの音を聞きつけ奥から歓迎ムードで登場する工場長。


工場長「ハーイ! ジャパニーズ! オレが工場長のサンディだ。よろしくー!」


「……」


 あれほど言ったにも関わらず、オレの言葉を完全に無視し、勝手に絨毯工場に来てしまったオヤジ達。静かな怒りをたたえたオレは、何も言わず歩いてその場から離れた。工場長やリクシャの運チャンたちはしばらくオレの様子を見てあれこれ話していたようだが、やがて通訳オヤジがオレを追いかけて来た。


「おいおい! どこ行くんだ!? 工場見て行かないのか?」


 工場見て行かないのか??

 ??

 ……。


「ふざけんじゃねーぞテメーコラ!!! オレが工場に行くなっつったの聞こえなかったか?時間ないって言ってるだろうが!! こっちはオメ―らのくだらねーセールストークに付き合ってる暇はねーんだよ!!! まじいい加減にしろよこの野郎!!」



「おおお……そ、そんな怒鳴るなよ……」



「あーコラ??」



「わ、わかった。とにかくもう一度リクシャに戻れよ。な? もう工場には行かなくていいからさ」


「……。ホントだろうな……」


 オレのあまりの剣幕にビビッたオヤジは、工場の前まで戻ると運ちゃんに言ってすぐにリクシャを発進させた。


「なあ、おまえどこに行きたいって言ってたんだっけ」


「何回も同じこと言わせるんじゃねーよ! キャメルライディングポイントだよ! キャメルライディング!!」


「キャメルライディング??」


「そうだ!! キャメルライディングだ!! キャメルライディングしたいんだよ!!」


 うーむ。よくよく冷静になって日本語に直して考えてみると、見知らぬ外国人相手に「ラクダに乗りたい! ラクダに乗りたいんだよ!」と怒鳴りちらしている大人の姿というのは、かなり真剣に情けないものがある。もはやただの駄々っ子である。
 だが、そんな情けない思いをしてまでラクダに乗りたいと訴えているオレを前に、オヤジ達は何やら真剣に話し込んでいる。今度こそ間違いない。奴らはこう言っている。


「なー、こいつラクダに乗りたいって言ってるぜ。そんな場所知ってるか?」


「いや、聞いたことない。そんなのジャイプルにあったか?」



 そう。こいつら、明らかにキャメルライディングポイントの場所を知らないのだ。放心状態となったオレを尻目に、オヤジ達の協議は続いた。やがてオヤジ会議に結論が出たのか、フラフラと走っていたリクシャが突然勢いよく進み始めた。とうとうキャメルライディングの場所がわかったのか?
 そして再びリクシャはある建物の前で停車した。


「さー、ここだ」


「ん? なんか見覚えがあるぞ? ……ってなんで戻ってきてるんだよ!!


 そう、そこは紛れもなくさっきの絨毯工場だった。リクシャの音を聞きつけ奥から歓迎ムードで登場する工場長。


工場長「ハーイ! ジャパニーズ! オレが工場長の○○だ。よろしくー!」


「お……おおお……」


オヤジ「待て待て!! 早まるんじゃない! なあ、おまえラクダに乗りたいんだろう?」


「そうだよ。さっきからきゃめるきゃめる言ってるだろうが!」


「よし。まかせろ。ここでラクダに乗せてやるぞ!」


 なぜか勝ち誇った様子のオヤジは、工場長としばらく密談をすると、前の柱に繋がっていた荷物運び用のラクダを連れて来た。


「よし、乗せてやるぞ!」


 え? そ、それに?
 ちょっと待ってくれ。このラクダは荷物運び用だぞ。
 この辺にいるラクダは荷物運搬用で、→の写真のように後ろに車をつけて引っ張るのが仕事である。背中に何かを乗せて、っていうか間違いなく人間を乗せるようには訓練されていない。
 工場長はラクダを座らせ、オレに乗るように促して来た。
 ちょっと待って。オレの想像してたキャメルライディングは、もっと観光客がいっぱいいて、ちゃんとラクダが歩くコースが決まっていて、ラクダ使いの人と一緒に乗るというようなキチっとしたものなんだけど。その辺にいるラクダにテキトーに乗るっていうのとちょっと違うんですけど。






←そんなオレの心配をよそに、「乗るんなら早く乗れよコノヤロー」といった表情を見せる荷物運搬用ラクダくん。











「よ、よし。乗るぞ……。せーの……」


 ガバ


「ぎゃー! ぎゃー! 足があっ!!」


 なんとオレが背中をまたごうとした瞬間フェイントで思いっきり立ち上がり、単独で激しくラクダ暴動を起こすラクダくん。暴れ回った彼のそのコンクリートのような蹄で思いっきり足を踏まれるオレ。


「落ち着け! ドウ!ドウ!!」


 周りのインド人5人がかりでラクダくんを鎮め、再びオレに乗るように言ってくる。
 こ、こわー。
 結局、何回か振り落とされそうになりながらも、なんとかラクダくんを乗りこなし、近所の普通の道路をラクダに乗って闊歩するオレ。明らかに普段このラクダが人を乗せることは無いらしく、途中、地元のインド人にまで写真を撮られる始末。
 だが、慣れてくると実に気分がいい。高い場所から道行く車や人間を見下ろすこの風景。何よりも、ついこの前までテレビでしか見ることができなかったラクダに一人で乗っているという感激。さっきまでの怒りがだんだんと鎮まってくるのがわかる。

 しかし気分爽快だ。無理言ってラクダに乗ってよかった!
 ラクダに揺られながら、オレは、こんな歌を作った。




  〜ラクダに乗ってどこまでも〜   作詞:作者

  
  
   ※「気球に乗ってどこまでも」のメロディにあわせて歌ってください。
     さあテレビの前のみんなも一緒に歌おう!




 1.時にはなぜか   ジャイプルに
   旅してみたく   なるものさ

   ラクダに乗って   どこまで行こう
   風に乗って   野原を越えて

   雲を飛び越え   どこまでも行こう
   そこに何かが   待っているから

   ラン ラン ラ ララララ ララララ
   ラン ラン ラ ラララララ
   ラン ラン ラ ララララ ララララ
   ラン ラン ラ ラララララ





                  〜間奏〜


ラクダの背中からの風景



 2.時にはなぜか   ラジャースタンー
   旅してみたく   なるものさ

   ラクダに乗って   どこまで行こう
   リクシャに乗って   ノラ牛轢いて

   工場見学   強引に連れられ
   そこでインド人に   押し売りを受けて〜   
   頭に来て   怒鳴り合いになるのさ〜
   うまく逃げないと監禁されて   囲まれて
   何か買うまで帰れないので   危険なのさ〜
   ラララー   ラララー
   ラララー   ラー  ラー オーレ!


























 どうだ! 最後しっくりこなくて気持ち悪いだろう!
















 ……。


 まあまあ。

 望み通りラクダに乗って地元民の注目を浴びながら近所一周という目的を果たしたオレは、なかなかの満足感と股の痛さとともに、再びリクシャに乗ってジャイプル市街へ戻って行くのであった。










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