![]() 〜引きこもり最高〜 エアコンの温度調節は難しい。 特に寝る時だ。 オレは幼少時代からそのあまりのかわいさに女の子のようにかわいがられ、人一倍デリケートに育ったためか、寒いとすぐ体調を壊してしまう。 だからといって、少しでも「暑い」と感じるような室温では寝ることなんてできない。決して寒くなく、また暑くなく、オレの体に最も合った涼しさでなければイヤだ。 当然朝出かける時は、夏は冷房冬は暖房を帰宅時間に合わせてタイマーをセットする。帰ってきて家に入った瞬間に暑かったり寒かったりするのも我慢できないからだ。 汗をかくことなんて一番嫌い。もちろんシャワーは毎日浴びないと気がすまないから。 トイレは本当にキレイに掃除されてないと嫌だね。 駅のトイレとか、なにあれ? なんかちょっとでも床に水とか落ちてるだけで気分悪くなるんだよね。汚いトイレなんか使う気まったくないから。まだ家まで我慢した方がマシだよ。わかる? メシもやっぱ清潔なところでないと食う気がしないね。 ファミレスとか行っても、ハエなんて飛んでたら一瞬で食欲なくなるから。まして髪の毛なんか入ってた日にはすぐ店長呼び出しね。作り直させた上に料金はタダにしてもらうよ。そんなの当たり前だから。バカじゃないの?あんた? 休日は家から一歩も出ずにテレビ見るかインターネットだね。大体せっかくの休みに喜んで太陽の下に出て行く奴の気が知れないから。日光って浴びてると気持ち悪くなんない? そんなことよりさー、カーテン締め切ってエアコン効かせた部屋ん中で録画しといた深夜番組まとめて見たり、ネットで熊田曜子のグラビア画像でも収集してる方がずっと楽しいと思うんだよね。オレは。 は?外国? あのさー、喜んで海外行くやついっぱいいるみたいだけどさー、ほんと何が楽しいわけ? 大人しく家でネットしてた方が絶対マシだって。高い飛行機代払って疲れに行くだけじゃん。大体英語とか喋りたくないし。 オレはもう外国なんて二度と行きたくないね。別に外人と喋る機会なんかなくても、外国のこと勉強する機会なんかなくても、一生日本からでなきゃいいだけのことじゃん。大体この楽しい引きこもりの生活をやめるなんて考えられんから。 ・・・一応オレは前回インドから帰った後、「次は中国へ行きたい」なんてことを友人や親戚に言ってはいたのだが、こんなふうに、いつの間にやらそんなことはどうでもよくなっていた。下手にインドなんて行ってしまったため、逆に日本の生活の快適さを必要以上に感じ、こんな楽しい暮らしから抜け出るなんてことは考えられなくなっていたのだ。 まあ次の旅行なんて、「やっぱやめた」で済むことじゃん。それよりこんな時給よくて楽な仕事他にないもんね。だらだら生きていこうぜ。と、このように非常に進歩的で人間らしいことを思いながら過ごす日々が続いていた。 そんなある日、何かが起こった!! そして・・・ アフリカ縦断決定。 くそ! 中国行ったる。 遠くから行ったる。 陸続きで最も遠い場所から行ったる。南アフリカ共和国から行ったる!!!!! すかさずオレは、社会科地図帳で探した中国から最も遠そうな所、アフリカ大陸の一番下の一番左、南アフリカ共和国ケープタウンへの片道航空券を手に入れた。 そして2、3日が過ぎたある日、オレは部屋の引き出しの中に南アフリカ共和国ケープタウンへの片道航空券が入っているのに気付いた。 ・・・。 ・・・もしかしてオレ、南アフリカからアフリカ大陸縦断して、アジア横断して、中国に行こうとか思ってる?そう思ってる?オレ? すいません、オレさん。ひと言いいっスか? 無理。 バカだろ?おまえ? アフリカってなんやねん!!!野生の王国のイメージしかないぞコラ!!! 一体どれだけ広いのかわかってるのか?下手したらキャプテン翼のフィールドより広いんだぞ? しかも飛行機使わずに縦断しようとしてるだろおまえ。 そうそう。飛行機は高いから。ノンフライで行きましょう。 ・・・ってポテロングじゃねえんだぞこの野郎!! アフリカのことなど象とライオンと黒柳徹子しか知らなかったオレは、さすがにこれではマズいと思い、再び社会科地図帳のアフリカのページを見て知識を得ようとした。 ふむふむ・・・。 なんもわからん(涙)。 アフリカでも引きこもりは可能なの? ケニアにエアコンはついてるの? ザンビアに快適なシャワーはあるの? ジンバブエに清潔なトイレはあるの? マラウィにこぎれいなレストランはあるの?っていうかマラウィってなんやねん!!国?国なの?なんでィが小さいんだよ!!そんな国知らんぞ!!!! ・・・いや、心配ばかりしていてもしょうがない。たしかにアフリカというと野生とか未開とかいうイメージが先行するが、それはオレが勉強不足だからに違いない。そんなの何十年も前の情報のはず。きっと今ではアフリカでだって、快適な引きこもり生活が送れるはずさ! そう、この時は、数ヵ月後に赤道直下をトラックの荷台で8時間過ごしたり、スーダンの砂漠で砂と汗にまみれながら1週間シャワーを浴びれなかったり、ケニアで具が砂利の混ぜごはんを食べたり、エチオピアでトイレに行ったらそれはどう見てもトイレではなく単なる排泄物の山で思わず号泣してしまうことになるとは全く知らずに、ただただ迫り来る恐怖を取り除こうとのん気に構えていたのだった。 そして出発日は迫ってきた。 友人達は本当に色々な励ましの言葉をかけてくれた。孤独な一人旅でも、辛くなった時は友人の言葉を思い出して自分を励ますようにしたい。友人が少しずつお金を出し合い、こんな身勝手なオレのためにカンパをしてくれ、どうしても困った時にはそのカンパを使ってパンを買い、水を買おうと思ったのだが、誰もカンパはくれなかった。 とにかく会う人会う人が、「死ぬなよ!」「生きて帰ってこいよ!」と言ってくれる。 誰でもアフリカの危険さはわかっているのだろう。でも、やっぱりみんながオレの無事な帰国を願ってくれているのは本当にうれしい。オレはなんて幸せ者なんだろう。 そんな友人の中で、ひとりだけ「ライオンにまたたびあげたら喜ぶかどうか実験してきて。」と言ってた奴がいた。 人の命を軽んずるのもいい加減にしろ。 今日の一冊は、プロカメラマン宮嶋茂樹さんによる傑作 不肖・宮嶋 踊る大取材線(Kindle版) |