〜ハラレ2〜





 ゴキブリ屋敷でゴキブリの夢を見ながらすこやかに眠り、朝6時すぎに目覚める。日本では毎日午後1時起床が当たり前だった、
生活リズムが少し狂っているオレなのだが、アフリカに来た途端に毎朝6時になると目が覚めるようになった。本当にケープタウンに到着した翌日からいきなりである。突然こんな健康な生活リズムになったのはアフリカの大自然のなせる業か、それともオレがしっかりしなきゃいけないという自覚を持ったからか。まあ理由はわからないが、アフリカの朝6時は日本では午後1時だということとは何の関係も無いはずだ。
 とりあえず今日も一日各種手続きに飛び回らなければならん。そのためにも身軽になっておく必要があるなと、オレはフフフーン♪とトイレへ向かった。


オエ〜〜ッ。


 そこには黒人さんの物と思われる、
立派な忘れ物が残っていた。なんで洋式トイレなのにこんなに完璧に残ってるんだ・・・。しかし当然もう当人が誰だか特定することはできないので(DNA鑑定などをすればわかるかもしれないが)、元の持ち主にお届けにあがるのはあきらめた。だからと言って、オレは今このトイレを使うために来たのだ。この上にすることだけは絶対に避けたかったので、仕方が無いのでオレが流してやることにする。
 なるべくそれが視界に入らないように、
ハンソロにキスを迫られたレイア姫のように無理に顔を背けながらそーっとレバーに近づく。レイア姫レイア姫・・・。上品なレイア姫のことを考えていたら多少下品さと中和されて、動揺も少なくなってきた。レイア姫もそんなものと中和されたくないだろうが、まあとにかくその隙に乗じて一気にレバーを握り、ハチャー!と捻った。

しーん・・・。

 水の一滴も流れやしない。あきらかになんらかの不具合がありますこの便器。一体どうすりゃいいんだ。タンクを開けて、とかそんなことまで他人のモノのためにやるのはイヤだ。こうなったら、宿の人間を呼んでやってもらおう。・・・いやまて、今誰かを呼んだらオレが疑われてしまう。「いや〜、僕が入った時にこれ元々ここにあってねえ。まいっちゃいましたよ。」などと笑顔で言ってもますます怪しい。かくなる上は、逃亡を図るしかない。たしか2階にもう一箇所トイレがあったはず。辺りに人の気配が無い時を見計らって、こそこそとトイレから出て、トイレからトイレへのトイレチェンジを行う。
 さて、2階のトイレには
鍵がなかった。ここもなまじっかユニットバスというかシャワーとトイレが一緒になっているため下手に広く、便座に座ってしまったらドアノブに手が届かない。ちくしょう・・・しかしここを逃したらもうオレは行くところが無い。もう運を天に任せるしかない。あまりにも重い決断をしたオレは、たとえ最中に誰かにドアを開けられても、「おはよう。まあそんなとこに突っ立ってないで入れよ。」と言ってやるくらいの気持ちでズボンを脱いだ。とは言っても、一応出来る範囲で努力はする。在宅をアピールするために、咳をし続けたり、足踏みをしてみたり、とにかくなんらかの物音を絶やさないようにした。その甲斐もあってか、なんとか「旅の恥は掻き捨て」という諺にすがりつきたくなるような性器世紀の大ピンチからは逃れることが出来た。
 ・・・まったく。起きたばっかだというのになんで朝からこんなアドベンチャーなんだ。こんなことも、日本にいては決して味わうことの出来ない
貴重な体験だろう。何しろ若い時の苦労は買ってでもしろと言うからな(号泣)。こんなことの繰り返しが、きっとオレの成長の肥やしとなっていくはずだ。我ながらうまい。

 ということで、今日の予定は朝イチでモザンビークのビザとり、その後は例によってまた各種電話三昧である。ジンバブエとマラウィの間にはモザンビークという国があり、そこは別に滞在の予定は無くバスでサクサク通過するだけなのだが、通過ビザ(トランジットビザ)というのが必要なのである。

 モザンビーク大使館に到着したのは開館30分前の午前7:30分。そのまま外で待たされ、雨は降るわ太陽は照るわで
セレブにとってはほとんど拷問状態だったのだが、このビザを取らなければ次に進めない。これだけは決してあきらめるわけにはいかないのだ。

 ……そして
7時間が過ぎ、オレはあきらめた。なにしろもうすぐ大使館の営業は終了の時間だ。ここは一度帰って作戦を練るしかない。しかしモザンビークの役人、7時間の間にちゃんとさばいたのは一体何人なんだろう。もしかしてこいつら、一人に発行するごとにビザのデザインを考えるところから始めてるんじゃないか?とにかく、明日はもっと早く来ることにしよう。ドラクエ発売日の中学生より早く並んでやる。

 その後、再び盗難事件後の各種手続きに奔走したオレは、まるで
プレイガイド予約受付け開始直後のように電話をかけまくった。さすがにジャニーズ系のコンサートの予約ほど狂ったようにかけまくりはしなかったが、冠二郎ディナーショーくらいはかけた。幸いにもハラレはまだマシンゴに比べれば回線状況も良く、トーマスクック、アメリカンエクスプレス共に再発行の手続きにこぎつけることが出来たのだ。と、とりあえず7000ドル弱が戻ってくることは決定したぞ(感涙)。これで旅行記があと3話くらいで最終回を迎えることもなくなった。
 ただ、テレビCMのように
10秒以内の即時再発行を期待していたオレのたくらみは、もろくも崩れた。何しろジンバブエではそれ関係の金融機関が全て機能していない。結果どうなったかというと、トーマスクックのトラベラーズチェックはマラウィで、アメリカンエクスプレスはタンザニア(号泣)でそれぞれ受け取ることになった。ああ、なんという理不尽さ。そもそもタンザニアまでたどり着ける保障などどこにも無いというのに。

 電話をかけるのにフォンショップ(公衆電話屋)で
数万ジンバブエ・ドルを使ったオレは、所持金がかなりやばくなっていた。しかも所持金が戻ってくるのは最低でもマラウィで、頑張ってもそこまで何日で行けるかわからない。その上、まだオレは観光に行きたい。身の程を知れぇぇっ!!という天の声が聞こえてくるが、ここジンバブエにはそれはそれはお兄さんの背丈よりも高い大きな滝があるのだ。ライン際のドリブルをさせたら天下一品のこの滝は、ビクトリアフォールズと言って、アメリカ・カナダが誇るナイアガラの滝、南米のホニャララが誇るハニャララの滝と並んで世界三大瀑布に数えられるのだ。南米の滝がほぼ伏字になっているのは、もちろん詳しく知らないからだ。
 そんなわけで、金が無いからと言ってその滝を見ずに帰ったら、多分一生後悔するだろう。養老の滝に何万回行っても取り戻せそうも無い。
その時だった!!!



「おー、作者さん。その後調子はどうでっか?」


「そ、その関西弁、そしてそのスキンヘッド、そして彼女でもない怪しい関係の女性を連れているその姿は!!!」


「そこまで見んとわかりませんか!!!命の恩人の姿を!!」



 街角で微笑んでいたオレに話しかけてきたのは、マシンゴで気前良く100ドルという大金を貸してくれた、彼女じゃない女性と二人っきりで旅をしている滝口さんだった。
キラーン!!
 こ、これは神がオレにくれたチャンスではないだろうか。電話代で派手に金が飛んでいきまさに困っているところに、気心も知れていてしかも気前がいい滝口さん一行が目の前に登場した。これはどう考えても旅の神がオレに
「もうちょっとお金を借りておきなさい」と言っているとしか思えん!!
 オレは、決意した。もう少しの借金を頼むことを。恥ずかしいことは承知の上だが、オレのお財布結構ピンチ。そして
若干生命にも関わる。問題は切り出し方だ。オレと滝口さんの性格を考えても、またこういう場合の雰囲気を考えても、深刻な空気は作ってはいけない。サクッと明るく頼むのがいいだろう。最も重要なことは、ノリでポンポン進めてしまうことである!!



「いやー、こんなとこで会うなんて驚きましたね。ひさしブリーフ!」


「なにをいうてまんの。アハハ。」
「ハハ。」



よし、掴んだ!パクリということは別として、軽い笑いでオレの空気を作ったぞ!!空気は和やかだ。・・・
今だ!!!



「で滝口さん、
すいません、金貸してくれませんか・・・?」



 お互いの軽い笑いが途切れないうちに、間髪いれずオレは
ちょっと申し訳なさそうに、しかし屈託の無い笑顔で言い放った。このノリなら断る空気はない。どうだ。成功だろう!否定的な答えなど返ってくるわけがなかろう!!するとオレの言葉が終わった瞬間、滝口さんはすぐに笑顔で答えてくれた。



「いやいや、気にせんとってください。
あんなのいつでもいいですから。」



・・・。
あれ?なんかヘンな回答だぞ??
「金貸してください」に対して、「いつでもいいですから」・・・?

シマッタ。
オレが申し訳なさそうにしたのと、語尾を濁したせいで、「金貸してくれませんか」が
滝口さんには「金貸してくれてすいません」に聞こえてしまったのだ。
逃した!!絶好の機会を逃した!!!
神はオレを見放した!!!そして恥ずかしい。



「いやー、ほんとにすいません。なんとしてもお返ししますので!


「いやいや。ホンマにいいですよ。」
「ん??」



 彼女の方は若干
「何か変だぞ?」と思っているようだったが、もちろん「いや、そうじゃなくて、『金貸してください』って言ったんです!!」などとこの状況で訂正できる人間がいるわけも無く、オレはあくまで笑顔のまま会話の流れを重視し「貸してくれてすいません」と発言したことにして対応をするしかなかった(号泣)。
 ただ、これであっさりあきらめたわけではない。その後普通に近況やこれからの予定などに話が及び、ひと段落
してしまったところで「あのー、すいません、もしできたらもう少しお借りしたいのですが・・・」と流れに逆行して頼んでみたのだが、滝口さんの「えー?またでっか?この前100ドルも貸したばっかやないですか!!」という実に流れに沿った返答が返ってきた。神は一度チャンスを逃した人間には手厳しい。これは当然の結果だろう。
 オレは
この時ほど滑舌の大事さを思い知ったことはない。それ以来オレは、暇があったら早口言葉に精を出し、同じ過ちを二度と繰り返さないことを誓うのだった。





今日の一冊は、第8回マンガ大賞を受賞した東村アキコ先生の傑作 かくかくしかじか 1






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