〜エチオピア終了(号泣)〜





「ユーユー! ユーユー!」


 夕食後、オレはエチオピア最後の夜を堪能するように、宿までの道を気分さわやかに歩いていた。
 明日……。明日、ついにオレはエチオピアの呪縛から解き放たれ、自由の身になれるのだ。明日からはもっとリラックスして、
マルチマックスとして活動している時のチャゲくらいリラックスして伸び伸びと旅が出来るのだ。
 フンフンと気分良く薄暗い田舎道(だがしかしゴンダールのメインストリート)を行くと、後方からはいつものように5人ばかしのチビがはやしたてながらついて来る。


「ユーユー! ユーユー!」


 このユーユーも今日で聞き納めか……。ムカついたことも、キレかかったこともあったけど、最後だと思うとなんだか急にガキ、いやエチオピアの無邪気な子供達がとてもかわいく思えてくる。
 考えてみれば、ユーユーというその言葉こそは失礼なものかもしれないが、親しみを込めて呼びかけてくる彼らには何の罪も無いではないか。むしろそんな些細なことで怒りを覚えていた自分が恥ずかしくなってくる。


「ユーユー! ファックユー!!」


 ……。






 ファック??

 (笑)













「この低脳クソザル旧人ガキどもがナメてんじゃねーぞおい覚悟できてるだろうなオラっ!!!!!!」


「ギャ、ぎゃヒーーーーーーーッ!!!!!」



 オレは振り向きざま
全速力でガキに向かって突進した。入国以来、毎日のように外人というだけでおちょくられて来たのである。ここ2週間のあいだ常に沸点にほど近い状態のオレの怒りを点火させるには、その一言で十分だ。明日で最後だからと笑って許せるほどオレは大人ではない。むしろここでガキを
八つ裂きにして身も心もスッキリして出国するべきだ。それが、エチオピアに対するオレ流の感謝の表現。
 当然クソガキどもは恐れおののいて、線香花火のように四方八方に飛び散って逃亡し出す。だが、この時のオレは準備が出来ていた。今までガキにバカにされる度に、頭の中でクソガキ捕獲シュミレーションを繰り広げ、「1.走り出しは突然に……怒った様子は見せず、相手を油断させておいていきなりダッシュすべし 2.狙いをつけるのは一人に……捕獲する時は何人も追いかけようとするのではなく、一人に狙いを定めるべし」と、
追跡時の2項目の訓示なども自ら作成して毎朝復唱を欠かさなかったほどである。それもこれも、全て今この時のために!!


「ギャーーッ! ギャーーーッ!!」


 ガキはそれこそ
鬼夜叉にでも追いかけられているかのように、必死で逃げている。だが、オレは訓示通り自分に近い1匹のガキに狙いを定めた。2ガキ追うものは1ガキをも得ず。他のやつは放っておいて1人に全神経を集中だ。……殺す。あいつは殺す。
 その幼き逃亡者はしばらく道沿いに逃げていた。しかしこの、
400m走で高校総体に出場したことがある(実話)元高校生アスリートと同じクラスだったオレから逃げ切るのは不可能であるとガキ頭脳で判断したのだろう、そいつは突然進路を変え、あろうことか閉店済みの近くの商店の店先に逃げ込んでしまった。

 あーあ……。
 
くそ……せっかく追い詰めたと思ったのに……。店の中に入られてしまった。くやしい。あまりにも悔しすぎる(涙)。こんな展開が許されていいのか? こ、ここまで迫っておいてなんということだ……。

 ……。

 
袋の鼠とはこのことよ。
 オレはもちろん躊躇せずに店の軒先をくぐった。



「クソガキャーーッ!!! ワレここに逃げ込んだのはわかってるんじゃっ!!! どこにいるっ!!! 出て来いオラァッ!!!!」


「ヒギャー!!!」


 店内には残念ながら隠れるところはなく、逃亡ガキはすぐ発見できた。さらになんとかこの場を脱出しようとする小坊主だったが、頼みの他の大人も興味深々にこちらに
注目しているだけであった。ぬあ〜っはっは!! もはやおまえの味方はここにはおらぬのだ!!


「ぬううう〜〜ん!!」


 オレは巨大な腕をゴゴゴ……という効果音つきでガキの方へ延ばし、遂に1匹のバカの捕獲に成功した。


「おめ〜よ〜……。
よくも汚い言葉でオレを罵ってくれたなオイ!! 入国以来今まで2週間さんざんナメた態度取りやがってこのガキがっ!!! 2週間分の苦しみをまとめて返してやるあオラ!!!!」


「ヒーーー」


「あーコラ? 撲殺と刺殺と絞殺好きなの選べや!!」


 ふと見ると、ガキはこちらの予想以上に小さくなって恐怖におののいている。そんな怖がることないだろうに……
せっかく親切にも死に方を選ばせてやっているんだから。


「おい、ファックユーっつったな。言ったのこの口か? この口かおい?? 悪い口だなあ。そんな悪い口は、
冬になったら唇のひび割れを真横に引き裂いて血みどろにして一生悪いこと言えないようにしなきゃなあ!!!」


「あぎょ〜〜っ!! ボ、ボクじゃないよー!!!! ボクが言ったんじゃないよ!! ほらあいつ!!! あそこにいる、あいつが言ったんだよー(号泣)!!!!」


「なんだと〜? どいつだ!!!!」


「ぎゃー!!」



 気の毒なクソガキは、「どいつだ?」とオレがちょっと手を動かしただけで、殴られると思ってひいっ! と身を縮める怯えよう。おまえ……かっこ悪いじゃねーか。ワルぶって外人をからかってるくせに、いざ捕まったら「殺せるもんなら殺してみろ!! クソガキ死んでも自由は死せず!!」と開き直るわけでもなく、奥歯に隠してある毒薬のカプセルを飲んで自害するわけでもなく、ただただ怖さにひきつるのみ。これではワルとして一本筋が通っていないではないか。
「将来年金がもらえないなんて、誰が言ったの?」年金を払っていないショムニ女優がCMで国民に問いかけるくらい筋が通っていない。

 捕獲した奴以外の他の獲物どもは、この後起こるであろう殺人劇を予感してか、オレ達のことを遠巻きにして
楽しそうに見守っていた。おまえら、仲間なら助けに来いよ!! そしてオレに捕まって一緒に死ね!!!



「オイコラっ!!!」



「ひ、ひいいーーー」



 かくいうオレもさすがに鬼ではない。ここでガキを絞殺するのは簡単だが、まあ昔と違って体罰体罰うるさい時代になったし、何よりも、今後あるはずの輝く未来を奪ってはならないのだ。ここで殺人罪で逮捕されたらオレは帰国も適わず、エチオピアの刑務所でインジェラを食いながら残りの人生を過ごすことになってしまうではないか。そんなことになってはいけない。本来もっと栄光に満ちるであろうはずの、オレの光り輝く未来を奪ってはならないのだ。
ガキの未来についてはどうでもいいがな。



「おまえよお、紳士で有名なオレだから今回だけは許してやるけどなあ、
今度捕まえた時には腕の5本や6本じゃすまねえと思えよ!!!」


「あひ〜っ!!! す、すみません!!」


「じゃあもう行け!! そしてその恐怖体験を仲間に伝えろ! 生々しく!! そして二度と外国人をバカにすんじゃねー!!! とっとと行けよ!!!」


「ヒャ〜〜!!! でっ、でもここがぼくのウチなんだよお」


「あ、そう。じゃあオレが出て行く!!」



 オレは世間の評判どおり、紳士的に決して暴力を奮うことなくガキを放免してやった。きっと彼はこの心優しい外国人に触れ合ったせいで、今後二度とあのような暴言を吐くことは無くなるであろう。これからエチオピアを旅する人に言っておくが、ガキには今回このようにキッチリ忠告しておいたので、もし今度この忠告を無視してガキが汚い言葉を吐いた場合は、遠慮なくしばいてほしい。それで警察沙汰になったり揉め事になったりしたら、その時はその時だ。
がんばって解決してください。

 さて宿に凱旋しトイレに行くと、本日のトイレは水洗だが前の人間の大が流れておらず、しかも白塗りの壁になぜか
人プンらしきものが擦り付けられていた。……もういやだ!!! もう寝る!!!! 寝て起きてさっさとこんな国から出てやる!!!!!!!!

 ということでオレはトイレにも行かずすぐにベッドに入った。もういいや。寝て起きればバスに乗ってさよならエチオピアだ!!! ふんっ!!!!!! 人プン!!!!!!!
 じゃあおやすみ!! スヤスヤ……

















 ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリ








 うが〜〜〜っ!!!!!
 かゆい!!!!!!!!! かゆい〜〜〜〜っ!!!!!!!!



 
ぬお〜〜〜〜っ!!! 
 ボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリ


 
ごわ〜〜〜〜〜っ
 ボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリ





 数日前から毎晩連続のこのたまらない痒み。噂は噂を呼び痒さは痒さを呼び、その痒みは丸山弁護士のアドリブのように日に日に成長している。しかも、痒いと思っていったんかき出すと、痒さの野郎はオレに反抗してもっと痒くなるのだ。ボリボリとかけばかくほど痒くなり、腫れあがっている小山は激しくかかれることにより先が削れ、血、もしくは透明な謎の液体が噴出する。もはや両手両足には何十箇所という刺し傷が。手足はいいけど、
顔はやめてっ!!! 大事な商売道具なんだからっっ!!!
 
 左腕だけでダニノミの野郎に犯された部分は20箇所もある。酷い。酷すぎる。許せねえ……
こんな年端もいかぬ子供を……。
 しかし、ダニノミといった鬼畜はオレに地獄だけを味あわせたわけではない。ある意味天国といえるのが、この手足をかきむしっている時に感じる
エクスタシーである。こちとら日本を出てから女人の肌とは無縁の禁欲の旅、エクスタシーとは長い間ご無沙汰であった。
 そこを、かけばかく程かゆくなる手足をかきまくり、さらにもっとかゆくなったところでかきむしり、もっともっとかゆくなった太ももを、二の腕を、パンツの中を、爪を立てて全力でボリボリと
かき砕く。皮が破れ肌がボロボロになるのを感じながら、それでもひたすら恍惚を感じながらかき続けるのだ。はああああっ。き、気持ちいいっっ……い、いく〜〜〜〜っ!!!!! ドピュッ(虫刺されの痕から膿が出た音)!!
 これで肌が痛もうとも、このかゆみを耐えてベッドでのエクスタシーを捨てるわけにはいかない。ダメージを受けた肌には30代になったら
ドモホルンリンクルを使用して、強さとしなやかさをキープすればよいのだ。
 
 それにしても、本当に寝れん。右足が収まったと思ったら今度は左足が、左足の次は右腕が。右腕をかきむしっていると今度は左腕が。そして左腕をかいている頃にはもう右足が再びかゆくなり始めているのである。そして右足の次は左足、右腕、左腕、よし次はまた最初に戻って右足だな? とパターンを決めて余裕をかましていると、左腕の次にいきなり
フェイントでゴキブリが出たりするため、決して気を緩めてはいけないのである。

 かきまくってかきむしってそのまま午前4時になり、起きる時間となった。起きる時間といっても、そもそも寝ていない。かいていただけだ。寝ないでかいていたという点では売れっ子作家なみの忙しさであるが、オレの場合かいた結果産まれる物は原稿ではなく
よくわからん汁である。血も混じっている。
 それにしても腹が立つ……。本当はこれだけ苦しい思いをさせられるのに、部屋はそこそこ広いしベッドは一見して豪華な感じで、パッと見はあきらかに他のアフリカ諸国の宿よりも高級だ。これははっきりいって
安宿の粉飾決算である。ダニノミ南京のことなどつゆ知らず、この部屋の外見だけ見て騙されて「この部屋はわが弟です。息子です!!」と応援する政治家もいるかもしれない。

 昨日から我慢しているオシッコに行こうと思ったのだが、ここは壁に
フン飾決算のあるトイレである。今日で最後のエチオピアとはいえ、「最後だからウンコがつくくらいま、いっか!」とは断じてならない。あんなフンまみれのトイレには、たとえドラゴンボールを今6個持っていて、最後の1個があのトイレの中にあるとわかっていても入りたくない。ましてやドラゴンボールが無いとわかっている今、そこに入る理由など無い。
 しかしオシッコはせねばならないので、どうしようかとふと部屋を見回すと、隅に洗面器が置いてあった。そう。エチオピアではトイレ代わりとして常備されているあの洗面器だ。



 ……。







 シャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(放尿)



 うおっ!!! 跳ね返るっ!!! しぶきがっっ!!!!
 洗面器に向かって勢いよくジャー! と放尿すると、最初はドバドバドバ!! と激しい効果音を発しながら、細かいしぶきは洗面器から飛び出して四方八方へ飛び散る。とはいえ、まあこの洗面器はオシッコを入れるために存在しているのである。オシッコが入ってなんぼなのだ。ならば入れてやろうではないか。
そのオシッコとやらを。
 そして、洗面器になみなみと注がれたオシッコ、そこから漂うローズマリーの香りに身を寄せながら荷造りをする。別に悪いことをしているわけではないのだが、部屋にマイオシッコの入った洗面器を残しているためなんとなく逃げるようにチェックアウト。暗闇をライトで照らしながらバスターミナルへ。

 そこからスーダンとの国境までは一度バスを乗り換えて8時間ほどであった。
 出国のスタンプを押してもらうためのイミグレーションは、藁で出来た小屋であった。エチオピア……
おまえ、本当に国か?? 国じゃなくて、ただの巨大な集落じゃなかったのか本当は??

 長かったぞ……。この2週間。毎日朝の5時から夜寝るまで、いや、夜寝てからですら、1日24時間すべて苦行であった。これほどまでに、
非の打ち所が無いほど完璧に最悪な国が他にあっただろうか?? あのトイレ。あの食事。あのベッド。あの移動。あの村。あのアベベ。あのエチオピア人。ある意味これらは、エチオピアを出てからのなんでもない日常がどんなに幸せなものかということを気付かせてくれる、幸せ配達人なのかもしれない。
 この日のオレの日記には、「さらばエチオピア。もう死んでも二度とこねー」と書かれていた。



 ←エチオピア最終日の日記。





今日の一冊は、ゾンビ視点の小説 最初退屈、終盤ドキドキ ぼくのゾンビ・ライフ






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