〜最後の町ゴンダール〜 肌に流れる水滴は珠となって、なめらかな肢体を転がり落ちて行く。 まるでニスを塗ったように、生娘の証明であるかのように、初々しくしずくを跳ね返す作者の全身。だが……、若くしなやかな裸体は、いたずらに暴漢の肉欲を煽るばかりであった。 「やめてっ! 南京虫さん! そんな……あたしそんなつもりじゃなかったのに!! 仕事の相談って言うから信じたのに……あっ…あうっ……お願い、やめてっ!!!」 「ブスッ! チクッ! チクチクッ!!」 「いやあっ!!!! 助けてっ!!!! 誰かっ!!!」 「チュパチュパ……チクチク……」 「ひ、ひいいっ……や、やめ……お、お願いです……お願いですから……やめてください……ああああああっ!!!!!!」 「チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク……」 「あああああああっ……(涙)」 …… ……このように、オレの必死の懇願も暴漢には全く届かず、エロス全開な若くしなやかな裸体を南京トリオ(構成メンバー:ボーカル・南京虫、ギター・ダニ、キーボード・ノミ)に蹂躙され、荷物へ進入するミニゴキブリの影に怯え、全身をかきむしりながら悶えているうちにいつの間にかバスの時間になった。 どうして? どうしてあたしだけがこんな目にあわなければいけないの? 女だから? 女は何をされても泣き寝入りしなくちゃならないのっ!? ……あんたらホンマええかげんにせえよ。 1日24時間のうち心の休まる時間は何時間なのよ!!! これじゃあ精神にも異常をきたすってものよ!!! ほらごらんあたしのキャラクターまでオカマになってしまったじゃないのよっ!!!!! ええいっ、性転換だ!!! ポヨヨーン(タマが付いた音) てめえいい加減にしろこの援交野郎が冗談は顔だけにさらせよワレェ!!!!!!!!!!! ああ、やっぱりタマが付くと勢いが出るよね。 ということで、ゴンダール行きのバスに乗り込んだオレは明らかに前日に増して憔悴していた。前日に増してというより、もう入国以来日に日に衰弱を重ねており、体重は激減、あまりに痩せ細っているため、今のオレだったら獣に襲われそうになってもするするっと木に登れば木の枝のフリをして身を守れそう(専門用語で言えば擬態)である。現時点ではもうルパン3世や知恵の輪マンよりもスリムになっているのは確実だ。 本日向かう先は、スーダン国境への入り口となる町、ゴンダールである。 うう……あと少し……あと少しでエチオピアも最終回だ……。最終回といっても、「あれ? この前のやつも『シリーズファイナル』って銘打ってなかったっけ??」と毎回疑問を持たされる劇場版ゴジラのような何度もある最終回ではなく、もう国境を越えれば戻ることの無い、正真正銘の最終回の町である。 ゴンダールへは当日の昼ごろに到着した。 ばんざーい! ばんざーい!! エチオピアに来て初めて1日で目的地に着いたよ! 途中の村で1泊しなくてもいいなんてうれしい。僕ちんうれしい。このうれしさを胸に抱きしめていたい。今が思い出に変わっても。 ゴンダールには「王宮」という見所がある。そして離れたところに「離宮」というのもある。オレは王宮を見た後に乗り合いバスを使って離宮も訪ねるという、旅人としてズッコケ3人組のクラスメート荒井陽子さんくらいの優等生的な動きを見せた。ちなみに彼女は「花のズッコケ児童会長」で大活躍するのだが、その話はまたいずれ。 「通り道に遺跡があったら寄って行く」というのは、旅人としての義務である。特にマイナーな遺跡を巡る時は、遺跡としておもしろいか、魅力的かどうかなどは考えてはいけない。魅力のことを言ったらエチオピアの遺跡などより三国志の登場人物である伊籍の方がまだ魅力があるに決まっているが、大切なことはおもしろいと思い込んで観光をすることである。 ちなみにこれを読んでいる、旅に憧れる若い人の中には「遺跡観光は楽しいものだ」という思い込みを持っている人もいることだろうが、それは激しい勘違いだ。タラちゃんの本名は多羅尾伴内だと思い込んでいるくらい激しい勘違いである。 旅先で訪れる結構な数の遺跡や寺は、後で「え〜? せっかくゴンダールまで行ったのに王宮も見てないわけ〜?? バッカじゃーん!!」と生意気なコギャル等に言われないためにしぶしぶ行っていることが多い。大体外国で乗り慣れぬバスやタクシーに乗ってわざわざ観光しに出かけるなんて、面倒くさいではないか。オレは部屋でじっとしている方がだんぜん性にあっているのだ。 このように健気にも離宮まで出向いたオレは、あの部屋もこの部屋もと精力的に歩き回っていた。上の続きになるが、どんなに平凡だろうと、どんなに暑かろうと、部屋があったらとりあえず入る、階段を発見したら上る、高い所に登ったら写真を撮るというのは観光地での旅人の責務である。よってオレは屋外にある離宮の部屋をことごとく入りまくっていたわけだが…… とある部屋に入った途端、オレは何か得体の知れぬ悪寒に襲われた。プルプルッ(身震い)。何かの気配を感じる……。なんだろう。物の怪か?? 土蜘蛛か?? 瓜子姫か??? ふと足元を見ると、オレのつま先10cmのところから、地面全体みっちりと、足の置き場も無いくらいに茶色の長細い、でっかいかりんとうのような物体が散乱している。入り口、オレの足元に近ければ近いほど新鮮でみずみずしい出したてホヤホヤだ。 この形は…… そしてこの大きさ……この色…… オレの頭脳にお伺いを立ててみたところ、どうやら最終的な結論としては、これはここに常駐している管理人やチケットもぎりの人間の、トイレである(しかも大専用)ということがわかった。ドアも無ければ何の表示も無く、普通に観光客が入ってくる離宮の中の一室であるのにだ。 イヤーーーーーーーーーーーーーー!!!!!! 変態っ!! 近寄らないでっ!!! 人を、人を呼ぶわよっっ!!!! オレは思わずオカマ口調になり、ドピューと町まで逃げ帰った。遺跡の中にあるからといって、たとえ観光は義務とはいえ、あんなものまでいちいち丁寧に観賞する必要は無いのではないか。というか、一国のかつての王宮ともあろう場所に大便をしまくるとは、どんなスカトロ公務員なんだろうか。たしかに王宮だけにあのフンからは宿のトイレにあるものとは違う多少の品位が感じられたが、おみやげにひとつ包んでもらおうなどとはゆめゆめ思わないのであった。 さて、貴重な観光をエチオピア人の大便によって終了する羽目になったオレは早速することが無くなり、 1.瞑想 2.考え事 3.座禅 の中で今日のエンジョイメニューはどれにしようかと悩みながら町を歩いていると、バハルダールに引き続いて再び民家式の映画、いやビデオ館が現れた。外見は空襲の傷跡が残る終戦直後の焼け残った食堂という実に古風な雰囲気だが、ドアに本日の上映時刻が書いてある。 今日のプログラムは「Fist of North Star」だという。……なんだこの映画は。エチオピア映画か?? 直訳すると「北の星の手首」である。うーん、迷うな、見てこうかな……。どうしよう。座禅より面白いだろうか?? ※読者の方々へ。 ここに作者として一言さし挟むの異例を許されたい。 先ごろの章より、エチオピアでの映画鑑賞に類する逸話が連続で登場している。 甚だ似通ったテーマが立て続けに書かれているというこの件については、日本人のもつ古来の常識や道徳ではそのまま理解しにくいことである。だから、この一項は作者の判断により除こうと考えたが、ところが原書ではこの作者の行為を非常な美挙として扱っているのである。そういう原書との相違を読み知ることも、旅行記の持つ一つの意義でもあるので、あえて原書のままにしておいた。方々の理解を乞いたてまつる所存である。 ……以上、最近同じ話題が出てきて実に冗長になっていることに対しての吉川英治風言い訳でした。 ということで、言い訳も済んだので気にせず書くぞ! 冗長な話を!! オレが上映スケジュール、といっても手書きの張り紙、を見ながらうむむむと唸っていると、たまたま通りかかった若い青年がオレの迷い心を察したかのように、「これはおまえの国のトラディショナルな映画だからぜひ見るといいぞ!」とポンと背中を押してくれ、そのまま風のように去って行った。……なんかかっこよかったなあいつ。あんな背中を持つ大人に、オレもなりたい。 いや、しかしおまえの国のトラディショナル……って日本の伝統映画ということではないか。もしかして黒澤明とか。でも黒澤映画に星が付くタイトルなんかあったっけ。もしかして「まあだだよ」か?? 星付かないけど。 14インチのテレビをローカルの若者やガキと一緒に囲んでワクワクと上映を待っていると、ビデオがセットされジャジャーンと「Fist of North Star」が始まった。 ……なんか日本映画というより、どう見ても洋画、バイオレンス映画である。マッドマックスのような。 主人公は、筋骨たくましい長髪の白人である。とある荒廃した町で、見るからに悪人面をした大男が地域住民に暴力を振るったり殺そうとしたりしていると、どこかから登場した主人公が悪党をビシバシと殴る。しかし相手はビクともしない。 悪党「そんな攻撃が効くと思ってるのか! 俺を誰だと思ってるんだ!!」 主人公「ユーアー オールレディ デッド」 悪党「なにを言うんだテメー! その頭かち割ってやろうか……へっ、へあっ……あろっ、たわばっ!!!!」 プシュー(爆発) ……。 どっかで見たことある展開だな……。 ユー アー オールレディ デッドってことは……「あなたはすでに死んでいます」…… おっと、日本人が出ているっ!! あれは鷲尾いさ子だ!!!! 鉄骨娘のいさ子さんが出ている!!! キレイだ!! 好きだ!!!! いさ子さんが主役に向かって呼びかけている。 「ケンシロー! ケンシロー!!」 ……北斗の拳かよ!!!!!!!! ああ、そういえば聞いたことがある、その昔アメリカで実写版北斗の拳が作られたことがあるという伝説を……。 原作の重厚感を微塵も感じさせない展開で淡々とストーリーは流れて行き、見終わった後のオレの感想は、「世界の子供達にこんなものを北斗の拳だと思われたくない」というものだった。こんなので北斗の拳のイメージが作られてしまったら、原作のコミックスまでもが私服に着替えたナースくらい価値が下がってしまう。いったいどういうつもりなのか。武論尊に代わってここで抗議します。 それにしても、先ほどオレに「おまえの国のトラディショナルな映画だぜ!」と説明してくれた奴は、この洋物バイオレンス映画の原作は日本のものであるということ、そしてオレが日本人であるということを一瞬にして両方見抜いたということである。なんという慧眼の持ち主。おみそれします。エチオピア人といえどもあなどれないものだ……。ここでオレは彼らのことを普段あなどりまくっていることを反省しようと思ったが、そういえばもう最終日なので、どうせならこのままあなどっていこうと思います。 さて、もうすぐこの1日も終わりである。刻一刻と、エチオピアの完結が迫ってきている。ああ、なんだかワクワクする……早く、早く国境を越えたい。楽しみだ……。 ……エチオピアに来て初めて楽しみが見つかったような気がする。もしかして、この楽しみを、国境を越えエチオピアを去るということをより無常の喜びに感じさせるために、あえてエチオピアは旅人に辛く当たっているのだろうか。ああ、そんな気の利いたことを、この国ができるはずがない。殺すぞボケー!!!! 死ねコラー!!!!! 今日の一冊は、 映画から抜け出したみたいな人 駆け込み寺の男 ―玄秀盛― (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) |