〜名も無き村〜





 のろい。
野呂圭介よりのろい。
 一体こののろさはなんなんであろうか。今にも野呂圭介が「どっきりカメラです!」とパネルを持って登場しそうなくらいである。そうなったらこちらは「なーんだ!! いくらなんでもこんな遅いバスあるわけないと思ったよ。
カメラどこにあったんですか? あー、あんなところにっ!!」教科書どおりのリアクションをする用意がある。
 坂道を上る時にはラジコンどころか
ミニ四駆より遅くなるエチオピアの国営バス。これではオールスター大感謝祭の赤坂5丁目ミニマラソンに参加しても西川のりおにすら周回差をつけられるだろう。おそらく向かい風でも吹こうもんならじりじりと後方に進んでいくんじゃないかと思われる。進んでは下がり、進んでは下がり、実写版365歩のマーチである。バスのくせにだ。あろうことか、同じように上り坂を薪を背負って歩くばあさんの団体と、抜きつ抜かれつの醜い首位争いだ。
 こうした、自動車王フォードの時代から全く進歩が見られないアホなバスを使っているがゆえに、たった数百キロの距離の町にも1日では辿り着けないのだ。2003年にして
弥次喜多珍道中なみである。ということで、また今日も目的地にはつかず途中の村、それも物も無ければ娯楽もなく、あまりにも他にやることがないため紫式部だったら源氏物語を3日で書き上げてしまいそうなくらい隔世的な地球上の狭間の村で1泊を余儀なくされるのだ。
 
 3時ごろその村へバスは着いたわけであるが、それでもオレが降りると宿の客引きがやってくる。はっきり言って村の大きさは、カリフォルニアあたりの地主の子供が
リビングルームにレゴブロックで作った町とどっこいどっこいのため、バスの停車したところからはほぼ村の全景が見渡せるのだが、その中で宿っぽいところはひとつだけ、どう考えてもそこに泊まる以外に方法は無いわけだがそれでも客引きはやってくる。
 とりあえず、「客引きが来たら無視して歩き出す」というのがバックパッカーとしての、上り階段を歩いていて前にスカートの女の人がいたら
とりあえず少しゆっくり歩いて高低差を稼ぐくらいのごく普通の条件反射なのだが、今回の場合はなんといっても断ったら野宿だ。野宿をしたらハイエナやライオンなどに、「おい、こんなところに人間の肉が落ちてるぞ! しかもいつもと違う種類のやつ!!」と肉食獣の世界の珍品料理試食パーティが行われる可能性があるため、素直にそいつについて行くと案の定連れて行かれたのはその発見済みの宿だった。

 正直村に一軒だけの宿というのは、劣悪な環境の場合が多い。なぜなら、何ヶ月も海上でもんもんと過ごした海の男が押し寄せる港町の風俗と同じで、放っておいても客が来るからだ。
 ただ、最近の流行はどちらかというといくつかの中でナンバーワンを目指すより、むしろナンバーワンじゃなくてもいい、
もっともっとたいせつなオンリーワンとSMAPも歌っているため、その効果で逆に村でオンリーワンであるこの宿は実はおどろくほど快適な宿なのかもしれない。なわけねーだろ。

 ということで
オンリーワンであるこの宿で「シャワーはあるか?」と聞いたオレに帰って来た答えは、「水は出ないよ。なにしろこの村はここ1週間で2日しか水が出てないんだ」というものだった。……オンリーワンでありながら、オレの泊まった宿の中で水の出ない度ナンバーワンである。ナンバーワンとオンリーワンがうまく調和している素敵な宿だ。というか、ここの人たちは水が無くてどうやって暮らしていってるんだろうか。とろろを食べていたらあごにダラーンと垂れ、あわてて手で拭いたら逆に満遍なく口の周りにとろろが広がり、だんだん皮膚が赤くなりかゆくなってもそのままで水が出るまで4,5日待つんだろうか。その頃にはかきすぎて血だらけであろう。我慢しすぎて発狂していることも考えられる。

 まあとりあえず朝から何も食べていないので、ということで宿の食堂で何があるか尋ねたところ、料理は
1種類しかないそうだ。……うーむ、これは匠の味を感じさせる。お品書きに「中華そば」しかない老舗ラーメン屋のようなもんで、そのひとつの味だけで勝負できるという自信の現れではないか。
 
わくわくしながら待っていたら、今日は宗教上の理由で肉が食えない日(ツォムという)らしく、インジェラの上に冷え切ったニンジンやポテトやなんかよくわからん野菜を乗せたものが出てきた。それぞれ野菜は火が充分に通っておらず、もしくはそういう調理法なのか冷たくて硬くて味がなく、それが酸っぱくて水っぽいインジェラの上に乗っているのである。

 ……オレは
この旅行記の文章からよくわかるように、結構他人に気をつかう人間である。日本でも外国でも言動に気をつけて、他人を不快にさせることをできるだけ避ける釈迦牟尼(しゃかむに)の再来と呼ばれたほどの人間である。しかし先に謝っておく。エチオピアのみなさん、すいません。そして小さいお子さんと一緒に読んでいるお母さんは、しばらくお子さんの目をふさいでください。











 ということで、
 まことに心苦しいのですが……















 
こんなもん食えるかボケーーーーーッ(皿がわりの洗面器をひっくり返して)!!!!!!!

 お世辞抜きでマズいんだよ!!!!!



 
3口!! 3口が限界だ!!!!! 愛のエプロンの格付けだったらスタジオ外間違いなしなんだよっ!! 堀越のり以下だ!!
 悪いけど残すぞ!! 金なら払うからいいだろう!!!! ほらよ(札束をばらまく)!!!







 
……なに? 食べ物を粗末にするなって??
 オレから言わせりゃ、
インジェラの原料からインジェラを作ること自体が食べ物を粗末にしてるんだよ!! がんばれば絶対その原料を使ってもっとおいしい物つくれるだろうがっ!!! なんでインジェラを作っちまうんだよ!!!!
 
 まあそうはいってもオレは大人なので、とりあえずぬるいスプライトだけ飲み干した後に
突然腹が痛くなったフリをして、店員に「もっと食べたいんだけど、なんかお腹の調子が悪くなっちゃったみたいです」というようなジェスチャーをしてわかるわけないのに日本語で「いたたた……」と言いながらレストランを後にした。エチオピア人の、「なんだ、腹が痛いのか。それじゃあ食べられなくてもしょうがないなあ。早く治るといいね」という納得したような表情が狙い通りなのになぜか憎たらしくてしょうがなかった。この食堂の従業員全員服部栄養専門学校に入学させたかった。大根のかつら剥きから勉強しなおせ。
 それにしてももうエチオピアに入ってから、1日1食しか、いや、今日のように1食すらまともに食えない日が続いている。下手したらまだ
なすびの懸賞生活の方が潤った生活なのではないかと思うほどである。なすびはスルメも食っていたし、広末涼子のポスターだって持っていた。オレはせいぜい須藤温子の写真くらいしかない。

 もうここ最近では、ジュースだけがオレの命綱となっている。といってもエチオピアのジュース事情は食に準じてすこぶる悪く、缶もペットボトルも紙パックも無く、250mlのビンに入ったコーラ、スプライト、ミリンダ、ファンタ、その4種類のものがこの国にあるジュースの全てなのである。しかも日中ほとんど電気が期待できない首都以外では、必ず
常温なのである。オシャレに赤ワインの真似か?? ファンタソムリエでもいるのか??
 
日中の強い日差しを避けて一服の清涼剤を求めて売店でジュースを買っても、大学のテニスサークルの規律のように生ぬる〜いスプライトを飲まなければならないこの気持ち、好きだった女子空手部の秋山先輩が卒業していった時と負けず劣らずの悲しさだ。ああ、なんだか懐かしい痛みだね(泣)。
 しかし、日々のエチオピアの試練のせいでもうオレはヘロヘロのヤセヤセ、こころなしか頭髪も少し薄くなったような気がするし、体重などはイメージではなんとなく
矢口真里一人分くらいは減っているのではないかと思われる。ということは矢口真里がエチオピアでヘロヘロになったら同じように矢口真里一人分減って消えてしまうということだろうか。まあそれはどっちでもいいが、とりあえずここでならきっと加藤大くんもダイエット成功間違いなしである。その後もエチオピアに住めば食う物が何も無いのでリバウンドの心配は全く無用だ。

 もはやこの村は名前すらわからない村であった。食事、いや食事未遂の後、いちおう何かないかと表に出てしばらく歩いてみるわけだが、
家(ハンドメイド)しかない。オプションとして人間やロバやヤギがついているが、今さらそんなもん珍しくもなんともない。


「ユーユー! ユーユー!!」


「うるさい!! あっちいけ!!!」


「ユーユー!!」


 10分ほど村を歩いたところで振り返ってみると、だいたい30人くらいのこども行列が出来上がっていた。歩いても全く面白いものは無いこの村だが、
村側にとってはオレが歩くというのが面白い出来事らしい。

集合するこどもども
   ↓













 結局村を歩いて気を紛らわすことができたのは
20分が限界、人を見世物扱いしちょっかいを出してくるガキ達はハンマー投げのハンマーの代わりにして室伏に投げてもらいたいくらいイラついてきたため、5時前に宿に戻るともうそこからはすることは無い。水が無いためシャワーも浴びられなければ食える物もないため食事も無い。寝るまでの5時間を一体どうやって潰せばいいのだろうか。
 髪の毛を抜いて結んでどこまで長くできるか挑戦とか、スプーン曲げにチャレンジとか、自分で迷路を作って自分で解くとか、そんな楽しそうなことも考えてみたが実際やり始めたら
楽しすぎてこの村を離れられなくなってもいけないので、とりあえず「時間が有り余っている時にすることには何があるか」について考えるということで時間を潰すことにした。
 考え付いた暇つぶしのよい方法は、「月収が1億円になったらどのような生活をするかシミュレーションをする」というものや、または「日本に帰ったらいつの間にかPCから美少女が生まれていて、
『ご主人さま、よろしくニャン♪』などとなつかれた場合にどうやって近所に内緒で美少女を飼うか考える」というものであった。というのはウケを狙って書いてみただけで決して本当ではなく、実際はこの時オレが考えていたのは貿易摩擦についてだ。……オレの知っている難しそうな言葉はこんなもんである(涙)。
 まあしかし、できることならば起動時間を明日の朝にセットして、それまで尻尾を引っ張ってオレの
スイッチを切りたかった。

 それにしてもこの村の人々はよくここで何十年も人生の時間を過ごせているものだ。どう考えても瞑想しかすることが無いのだ。おそらくここの村民は瞑想のしすぎで
全員悟りを開いていることだろう。きっと誰に聞いても「生きるとは何か」という問いや八正道や輪廻転生について目から鱗が落ちるような明確な回答が返ってくるに違いない。
 というか
輸出できるくらい時間があるのだから、この際みんなで酸素と水素を化学反応させて水を作ったらどうだろうか。

 長い1日も美少女のことを考えていたらなんとか消化され、目的地バハルダールに着いたのは翌日の12時。エチオピアからの離脱もいよいよ視野に入ってきたのである。





今日の一冊は、

「量子論」を楽しむ本




TOP     NEXT