〜こんな国いやだ(号泣)3〜





 エチオピアではブンナベッドと呼ばれる安宿は、
村唯一の娯楽である大衆酒場と密接に結びついているらしく、この宿にも同敷地内、部屋からほんの20mのところに気合を入れながらバーが併設されている。
 酔っ払いどもの騒ぎ声とエチオピアンミュージックが、夜中になっても念仏のようにオレの部屋まで流れてくる。明日の朝4時半起きだから頼むから寝かせてくださいと祈っている宿泊客がすぐ近くいるなどということは、誰も露ほども考えていないのだろう。
 一応すれ違ったメイドに「なんか賑やかで眠れないなあ」とボヤいてみると、
「あら、悪いわねえ。アーッハッハ!」と、おもいっきり生電話で悩み相談に答えるベテラン俳優くらい心のこもっていない返答が帰って来た。まあそりゃそうだろう。こっちはたった1泊、1ドルちょっとで泊めてもらっているのだ。宿側もそれしきの値段で文句を言われる筋合いはないだろう。……。いや……もっととっていいからトイレを掃除してくれよっ(号泣)!!!! 500円、いや、1000円あげるから!!!!

 しかし、このエチオピアン音楽はどう聞いても演歌にしか聞こえない。流れる曲全てがジャパニーズ演歌にそっくりなのである。日本の演歌が松浦亜弥だとすれば、エチオピアンミュージックははしのえみといったところか。いや、そんな言い方をしてはエチオピアの音楽に失礼か。って
そんな言い方ははしのえみに失礼だろうが!! ま、まあようは似ているということがわかってもらえればそれで……。
 しかし男女のロマンチックな出会いの場ともなるであろうオシャレ、ではないが一応バーとしてBGMが
演歌でよいものか。しかも宿全体に響き渡るもの凄いボリュームである。六本木あたりのナイトバーで女性と飲んでいて、突然「はぁ〜〜〜っ♪ 祭〜りだまつぅりだ祭りだ大漁まつりぃぃ〜〜〜〜!!」大音響で流れてきたら普通は店を変えるだろう。と思ってよく考えてみれば、多分この村では旅人か密入国者以外は新しい出会いなど無いので、別にバックミュージックなど演歌でもサザエさんのテーマでもチュッ! 夏パ〜ティでもどうでもいいのかもしれない。

 深夜になってもエチオピア人は騒いでいるが、オレはとにかく寝なければいけない。見た目は若干豪華に見えるアンティーク風のベッドも、噂では
ダニノミ南京虫くんたちが何百匹と住んでいるらしい。彼女達はとってもウブなので、オレのような出合ったばかりの男が一緒にベッドに入ろうとすると、全力で拒んで刺しまくってくるということである。おそろしいことだ。エチオピアの阿部定と言っても過言ではない。
 ただ、オレは赤道で対面したシゲキさんにベッドに敷く用のビニールシートをいただいている。まずこのシートを被せてから横になることで、オレの雪のような柔肌がベッドに直に触れるのを防ぎ、彼女たちからの襲撃も大分抑えられるという。冷たくてゴワゴワでとても寝苦しいのであったが、それでもオレは無理矢理寝入ることを試みた。

 幸いにして、ビニールシートのおかげか、それとも布団を干そう干そうと思っているうちに
2年が過ぎ3年が過ぎるワンルーム男一人暮らしの免疫力なのか、痒くて眠れないという最悪の事態は免れることができた。しかし、今度はなぜかその攻撃はオレの喉に向けられて来たようだ。呼吸をする度になぜかオレの喉に何かが飛び込んでくるような気配があり、咳が止まらない。ダニノミだけでなくエヘン虫もいるのか?? コンコン、コンコンと息を吸うごとに絶え間なく咳が……おおっ、なんかコンコンって書くとゴホゴホより断然かわいい感じがするぞ。
 コンコン、コンコン! コンコン!!
 必死に咳をしながら、しかし精神を集中し無理矢理眠る。呼吸が苦しいため混沌とした浅い眠りである。うつらうつらと、夜中におしっこがしたくなった時は闇に乗じてこっそり中庭で出した。あのトイレはもとより、洗面器に出して明日の朝まで自分の小便と一緒に過ごす上に誰かに処理をさせるというのはカリスマインストラクターのオレのプライドが許さん。

 寝たのか寝なかったのか、意識があるのか無いのかわからないままセキをしつつ転がっていると、いつの間に時間が経ったのか、朝の4時半を知らせる目覚ましが鳴った。
……朝じゃねーよ!!! 夜中だよ(号泣)!!!!
 喉が……オレの喉にエヘン虫の一団が移住を済ませている……うぅ、オエッ。
 暗闇の中必死の思いで起き出し、電気のスイッチを入れる。

 ……。

 
電気きてねー(涙)。
 ああ、そうだったんだ。この村は夕方6時過ぎから夜の間しか電気が……。オレは手探りで非常用ビームライト(ペンライトがちょっと強力になったようなもん)をバックパックから取り出し、闇を照らしつつ荷造りを始めた。
……夜逃げ屋かオレは(涙)??
 ちなみに、ここでひとつ困ったことが起きた。……いやいや、寝れないわ体調崩すわ電気つかないわで
既に何個も困っているのは明らかだが、もっと凄い悩みの種がさっそうと登場した。




 ……トイレ行きたくなっちゃった。



 今度は
大のほう。



 ど、どうしましょう……。いやや……あのトイレに、あのトイレに入るなんていやや。
あたいあんなところで大なんてできないんえ!!! 勘弁してくりゃれっ!!!!
 でも、でも今日はまた9時間くらいバスに乗らなけりゃいけない。もし途中で我慢できなくなったら……。


 ……(バスの中でもりもりともらしているシーンを想像)。


 やっぱり今いっておかないと……(号泣)。
 うう……いやだ……いきたくね〜よ〜(涙)。でも、でもそれ以外方法が。
 ……いやまて。考えてみろよ。作者、おまえは自分からすすんでアフリカを縦断しようって決めたんじゃないのか!? 誰の命令でもない、自分の意思で決めたことじゃないか!! トイレが汚いだ? 
そんなの来る前からわかってることなんだよ!! わざわざエチオピアまで来ておいてそんなくだらない泣き言をいうんじゃないよ!!!


 ……。

 そうだ。
 オレの言うとおりだ。

 どうやらオレは、日本を出た時の前向きな気持ち、初心を忘れ、旅に、そして自分自身に甘えていたらしい。ここらでもう一度アフリカの旅というものを見つめ、よく考え直さないといけない。






 ふぅ……。








 
誰がなんと言おうと汚いもんは汚いんだよ!! アフリカ旅行者はフンにまみれなきゃ一人前じゃないって誰が決めたんだよ!!! できればオレは金をかけずにしかし清潔にイヤな思いをせずに楽しい経験だけして帰りたいんだよ!!!









 ……。









 一体朝から何やってんだオレは……。
 くそ……きっと今頃日本ではオレの友人、親戚、それどころかムクまで、全員きれいなきれいな家と小屋で、気持ちよく寝てるんだろうな……。きっとトイレに行きたくなってもいちいち
自分を叱咤して心の中で行くか行くまいかの激論を繰り広げる必要なんて無いんだろうな(涙)。

 とりあえずオレは覚悟を決めた。貴重品を背負い、一応部屋に鍵をかけて、トイレットペーパーとライトを手に持ち中庭を通りトイレへ向かう。月明かりが……
なんか月までエチオピアで見ると憎たらしく感じる。

 深〜く深呼吸をし、決意を込めてドアを開ける。
 
……見えん。
 そうだ。トイレにも電気がつかないんだ。
 オレは持っているライトで、
ライトもそんなもの照らしたくないだろうが、中央のフンの丘を照らした。相変わらず威風堂々としたエチオピア富士が、物言わず鎮座している。

 入るしかない。入るんだ。

 幸いにもこの時間利用客はほとんどいないのか、昨晩尿の海だった床はわりと乾き気味である。尿の海。
尿の海を越え、フンの島へ辿り着く。我ながらエチオピアのトイレを表す知性溢れるセンテンスを思いついてしまった。だからどうした(号泣)。
 中央付近へ進むと、オレはライトを口に咥えた。片手はトイレットペーパーを持っているため、こうしてもう片方の手を自由にしてやらなければならない。口に持ったライトで足元を照らし、可能な限り山の前方に立ち位置を決めズボンを下ろし始める。とにかく注意しなければならない。下げたズボンが山に
かすっただけでもご臨終である。
 ズボンの裾はきっちり靴下に入れ込んであるので安心であるが、問題はこれからの尻である。尻をどこまで下ろすのか。普通にコンビニの前の不良のようにくしゃっと座ってしまったら、尻とフン山が
世紀のドッキングである。まあもともと尻と大便というのは因縁深いものがあり、そんなにかけ離れたものではない。といっているがもし本当に尻がフンの山にピタっとついてしまったら自殺します。
 苦しい。苦しい体勢であるが、今までの旅でも培った、
必殺中腰である。プルプルと震えながら、口には懐中電灯をかじりながら、人生最高難易度の朝のトイレである。ちなみにライトが口から落下したらサクッと山にささるだろう。それにしてもここ数日間、本当に尻にはなみなみならぬ苦労をかけている。尻よ、どうかこの甲斐性の無い主人を許しておくれ(号泣)。

 さて、なんとかエチオピア山へ接触することなしに事を済ませた後は、文明人としてトイレットペーパーで役目を果たした尻をきれいにきれいにするのである。が、よく考えてみればオレは自分の紙を持参しているが、ここにはもちろん備え付けのものはないし、しかも水道も無いのでインド式に水で洗うのでもないようだ。ってことは、
ここで大便をした奴は全員尻を拭かずにズボンを履いてるんじゃないだろうか。勘弁してほしい。
 悪いが拭いた紙は山へ捨てさせてもらう。それも比較的高い空中から落下させるのである。山へ向かって投げでもして、勢い余って
フンの一団を手でざっくりすくうことになったらこれまた憤死決定である。

 本当にオレは朝の5時前から何をやっているのか。泣きたいを通り越して、
自分という人間の存在に疑問を感じる。

 そしてようやく部屋へ戻ったオレは、数日分の精神力を使いきりこれからゆっくり寝たいところであったが、
なんと1日が始まるのはこれからなのであった(涙)。もう今日は十分戦ったよオレは(号泣)。
 5時過ぎ、バックパックを背負い咳をしながら
大変お世話になった宿を出た。この宿のことは一生忘れないだろう。ああ、絶対忘れないだろう。だから誰か人の記憶を部分的に消す方法を知っていたら教えてくれ(号泣)。

 それにしても朝5時は全くの暗闇である。なぜこんな時間にバスを出すのか?? 大体公共のバスが1日1本で朝の5時発とは、バス会社が客を乗せたくないとしか思えん。運転手達はただ普通にドライブをしたいのではなかろうか。
 広場に着くと、何台かエンジンがかかっており人影もちらほら見える。


「すいません乗務員もどきさん、ディラ行きのバスってこれでいいんですか?」


「ああ。乗んな。11時半ごろ発車するから」


「ああそうですか。間に合ってよかった。……
のらちゃをゑぼらっ!!! 11時半だって??」


「そうだ。オーイ! このバスはディラ行きだぞー! ディラディラディラディラ……」



 いい、いや待ってくれ、11時半ってあと6時間あるじゃねーか……
 冗談じゃねえぞ……4時半に起こしといて宿もチェックアウトして(いや、正確に言うと宿の人間は誰も起きていなかったため勝手に出てきたのだ)、11時まであと6時間ここで待てっていうのか……。立ちすくんでいると、闇の中から小さい人影がコソコソと寄って来る。


「ユーユー!!」


「やかましいこのガキがぁっ!!」


ファック、ユー!」


「おまえちょっと来いやああああ!!!!!」


「スタコラサッサ!!!」



 
なんなんだこいつらはっ!!!! 朝っぱらからクソガキが!!!!!! こんな時間からチョロチョロしやがって……ウェホッ!! グォハォッ!! うう……咳が止まらん……なんか頭も痛くなってきた……


「どうした? 乗らないのか?」


「うるさい!! オレはバスマニアじゃないんだよっ!! 動かないバスで延々と昼まで座ってられるかよ!!!!」


「ふーん……。さあディラ行きもうすぐ出発するぞー!! もう乗る奴はいないかー!!!」


「ちょっと待ってっ!!! 乗るよ僕は!!! なんかおかしい展開になってるけど!! なんなのこれ!!!」


「ん? あ〜〜そうだった。おまえの言い方では5時半だったな。
エチオピア時間では11時半だけど」


「え、えちおぴあじかん……」



 オレはふと、マラウィで出会ったヒキタさん仲本くんの言葉を思い出した。そうだった。エチオピアの暦では、普通朝の7時と言うところを朝の1時、夜の7時を夜の1時と表すのだ。なんでもエチオピアはアフリカの中でも植民地化されず独立を守り通した非常に珍しい国であり、結果
独自の文化が発達、その代表的なものがこのエチオピア時間であり、ユーユーと無礼に外人をおちょくるガキどもであり、主食のインジェラであり、トイレの天真爛漫な使い方であるそうだ。


 植民地にされなかったから……。


 
……むしろ一度くらい植民地に ちょっとした問題発言をしたくなるのはオレだけだろうか?



 ああ、そりゃオレが勝手に外国からエチオピアにやって来たんだけど。ああ、そりゃそれぞれの民族の文化を否定するのはよい子はしてはいけないことだとわかっているけど。それでも昨日今日とこの国を五感で味わった、
このオレの肉体が理性を全て吹き飛ばしてエチオピアを拒んでいるのを感じる。いやいや、なんだこの感覚は……。まだエチオピアのさわりしか見てないだろうに……。ゴホッ……ゴホホッ……明らかにこの体調も思考に影響を与えているな……だが体調を崩したのも明らかにこの国に入ってからやんけ!!!!
 しかし冷静になって考えてみると、今いるところはエチオピアの玄関口、まだ
入りたてほやほやなのである。この先これだけ精神力を使う毎日が続いたら絶対発狂してランバダを踊りまくるぞオレは……。





今日の一冊は、

言わずと知れた傑作マンガ

寄生獣(完全版)(1)




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