〜アジスーデセ〜 アジスアベバのバスステーション。朝5時だというのに実写版デビルマンやキューティーハニーを上映中の映画館の340倍くらいの人出でにぎわっている。それもそのはず、およそ東京ドーム半個分くらいのたいしたことない面積を持つエチオピア最大のバスステーション、そこでさえも全てのバスが朝5時台に発車するのである。そして、それで1日の営業は終了だ。 ……おまえは魚河岸か?? もしくはその瞬間的な仕事ぶりは、朝礼で校長先生がいない時に代理で話をするくらいしか姿を見たことのない教頭先生か??(あくまでも作者の思い込み) それにしてもこの朝5時台の出発にこだわる意気込みはいったいなんなんだろうか? もしかしたらバス会社の取締役が全員農村のおばあさんなのだろうか?? ばあさんの義務として夜の7時には仏壇にお経あげて寝なければいけないのだろうか? しかし、エチオピアのバスに関しては早いのはそこだけなのである。オレはこれからラリベラというエチオピア唯一で最大の観光名所へ行くのだが、そこまでの距離は東京大阪間よりもはるかに近い、たった300kmなのにもかかわらず、バスで2日がかりだ。1日に換算するとたった150kmしか進まない。あまりにもやる気が無さすぎである。 そもそも朝の5時に出てたった300キロ先に辿り着けないという時点でバスと名乗る資格がないのではないか。バス見習いとか、バスを目指したけど駄目でしたとかもっと分相応に謙遜するべきである。いや、もしかしたら彼らは、バス会社としてのクオリティーを磨き、高い目標をかかげ早いバスを目指して研鑽を重ねていたのだが、間違えてスピードではなく出発時間の方を一生懸命早くしてしまったということなのだろうか。だとしたら途中で間違いに気付くやつはいなかったのか?? さて、そんな早さと速さを間違えてしまったバス、そしてまた大音響で音楽をかけるサウンドバスとして名を売ろうとしたがレパートリーが3曲くらいしかないうえに全て演歌のため逆に客を苦しめるだけになっているという、こっちの方でも間違えているバスに乗り、オレは首都を出てまた輝きながら下界へとおりることとなった。 さて、朝5時、6時、7時とこのあたりは高地であるため非常に寒いのだが、当然のごとく陽が照ってくると赤道が近いためかなりの暑さとなる。つくしの子が恥ずかしげもなく顔を出し、もうプール開きもできそうな温度である。だが、エチオピア人はここでもまるで私達のことをホームページに書いてくださいといわんばかりの、民俗学上とても興味深いというかただ外人を怒らせるだけのわけのわからん行動に出るのである。 太陽が出てきて暑くなると、当然のことながらオレは窓を全開にする。これは別にオレが世界に先駆けてやっているわけではなく、グローバルスタンダードな行動であろう。風を受けていれば、たとえ先祖代々の敵であるエチオピアの風といえども多少は涼しい。 ……。 オレは再び窓を全開にした。これは人間として生理的で論理的で効率的な当然のことであろう。外はそんなに猛暑ではないので、入ってくる風は結構涼しい。 ……。 今度はオレは窓を半分だけ開けた。本来ならば全開にするものであるが、たまにはある程度控えめにしてみるのもオシャレでいいかもしれない。過ぎたるは及ばざる如しとも言うし、中国では食事は全部食べずに残すのがしきたりとなっている。それとこれと別になんの関係もないが、今回は途中まで、半分だけにしてみよう。 ……。 ちょっとまて。 エチオピア人よ。なぜ窓を閉める?? オレが窓を開けると、なぜか毎回1分以内にいずこからともなく他の乗客の手が伸びてきて、オレの管理ポジションの窓なのにもかかわらず、何のことわりもなく勝手にズバッと閉めてしまうのだ。あきらかにオレの「窓を開ける」という行為を全否定している。しかもこの閉める早さ。敵意むきだしである。今時ここまで露骨に敵対行為を行うのはエチオピア人か金正日政権くらいである。 だが、暑いものは暑いのだ。いや、別に暑いのはオレだけで、エチオピア人はとてもナイーブで寒がりで迷惑しているというなら我慢もしよう。だが、あんたらめちゃめちゃ汗かいてるやんけ!!! とりあえずオレはまた窓を開けた。 ……閉められた。 また開けた。 ……閉められた(涙)。 ぬおーーっ!! どういうことやねん!! 何回も何回も窓を開け続ける動作だけでこちとらもう132キロカロリーくらい無駄に消費、脂肪を効率的に燃焼させて余計暑くなっている。もちろんオレも周りの乗客も体中から汗がソーダファウンテンのようにおいしそうに飛び出しているわけだが、おまえらとしては汗をかいても寒いのか?? エチオピア人は寒い時に汗をかく特異体質か?? ……しかしよくわからんが、たしかにここは地球上とはやや異なる性質を持つエチオピアである。そんなこともあるかもしれない。そうだとしたら他の乗客に悪いし、とりあえず様子を見るためしばらく閉めたままにしておいてやろうではないか。しかたがない。 結局大人であるオレが折れたような形で、窓を閉めたまま、そこから1時間以上が経過した。 うう……しかし暑い……ほんとに他のやつらはこれでいいのか……暑い……音楽が頭に響く……意識が……ってぎょわ〜〜〜〜〜っ!!!! 隣のネエちゃんが! 隣のネエちゃんが吐いてる!!!! さっきからどう見ても暑さでオレより気分が悪そうだった隣のおねえさん、持参のビニール袋にカエルの歌なみにゲロゲロゲロゲロやってます(涙)。ウエッ。よかったらオレも1音節ずらしてもらいゲロ吐いて、ゲロゲロゲロゲロと輪唱しましょうか? そうすれば本物のカエルの歌にだいぶ近づけます。 ああ、そういえばこのにおい、どこかで嗅いだことのある酸っぱいかぐわしい香り……そうそう、インジェラのすっぱい感じがちょうどこれと同じね。エチオピアの主食であるインジェラはこれを元に作られているのだろうか?? だから酸っぱいのか。納得したぞ。食べ物について材料やこういう歴史的背景を知るとより味わいが増すよね。 なあ、このまま閉め切って何時間も経ったら彼女死ぬんじゃないか? 窓あけませんか? 彼女のためにも。 オレは「大丈夫? たいへん、隣の彼女が体調思わしくなく心配だよ! ちょとまって! 今僕が窓を開けてあげるから!!」というジェスチャーをこれ幸いととりながら思いやりのある表情で再び窓を開けた。 「プリ〜ズ!」 ……後ろのにいさんにプリーズとお願いされて窓を閉められた。 なぜそこまで? オレも公爵クラスのジェントルマンとして、プリーズを出されたらさすがに強硬な態度に出るわけにはいかないじゃないか。というか吐いてる彼女はエチオピアとしては無視ですか?? 結局何度オレが窓を開けても閉められるという行為が永遠に繰り返され、もういい加減田代まさしの逮捕報道くらいうんざりしてきたため、遂にオレは敗北を認め、暑さに耐える人となった。こんなところで勝負にこだわって無駄に体力を消耗することはない。そもそもオレは勝負事というのは嫌いなのだ。好きなのはせいぜい勝負下着くらいである。 さて、では奴らはなぜ窓を閉めるのか?? その理由は、後から聞くところによると、まず第一にエチオピアではなんと窓を開けると悪霊が入ってくるらしいのだ。 ……。 大変だ!! それは閉めなきゃ!!! ってこの月にロケットが飛ぶ時代……からさらに30年以上、土星にカッシーニが着陸する時代にあんたら(号泣)!! むううう…… 今時悪霊かよ……たしかに入ってこないという証拠はないけどね? でも閉めきってても隣のネエちゃんさっきから何度も吐いてますけど、これどっちかって言ったら窓を閉めてても悪霊に取り付かれてるんじゃないんですかね?? ……まあ文句のひとつやふたつ言いたくなるものだが、よく考えてみれば信じるのはそれぞれの自由、これも彼らの文化といえば文化なのだろう。ここはあれこれケチをつけずに、その伝統は尊重してやることが大切なのかもしれない。少なくとも、バカにしてはいけないことだ。 バカじゃないのあんたら?? 今時悪霊なんて ちなみに悪霊よりもう少しマシな理由として、悪霊世代から一線を画したヤングな人達は、今度はバスで窓を開けていると風邪をひくと信じているらしい。なるほど、そちらの考えは多少現代に近づいた感じがするが、まだ間違っているぞ。というか閉めきってても隣のネエちゃんさっきから何度も吐いてますけど、これちょっとした風邪より明らかに悪い状態じゃないんですかね?? しかしそもそも隣のネエちゃんもネエちゃんで、ビニール袋を持参ということは最初から吐くということを想定しているのである。そうまでしてあんたはどこへ行く?? 理想郷? 理想郷を目指しているの?? ねえさん、その前に頼むから床に置いたゲロ袋の口をしばってくれ。 ネエさんは毎回吐くたびにビニール袋をオレの足から30cmの距離のバスの床に置くのだが、また次に吐くことを想定しているのだろう、全く口を縛ろうとしないのだ。幸いなことになんでかわからないが、口を縛っていなくてもタップンタップンとかろうじてこぼれないで液体は中にとどまっている。しかし、もはや水かさは増す一方、表面張力で踏ん張っている状態である。このエチオピアのねえさんダムは震度2クラスで崩壊である。そしたら私は嘔吐物の津波にさらわれるでしょう。 もちろんオレはねえさんを突っついて、あの体調の悪いところこんなこと言って申し訳ないですけど、と丁重にビニールの口を縛ってくれるようお願いした。ねえさんはしぶしぶ縛ってくれたが、しぶしぶしたいのはオレの方だ。 1日目の到着地点であるデセの村に着いたのは午後6時頃であったが、村唯一の宿に入るとまたも停電中でなおかつ水道も止まっているというありさま。せめて、電気は来てなくてもいいからせめてエアコンはつかないの?? 水道から水が出なくてもいいから熱いお湯の出るホットシャワーだけでもないの?? 結局オレのささやかな願いはかなえられず、体も洗えず手も洗えず、うがいもできず歯磨きももとからたまにしかしないができず、これでは水木しげるも「木しげる」になりただの林のような名前になり、何もすることがないので村を歩こうとしたらもう夜のため5m先の視界が確保できないという状態。遠出をしたら宿へ戻れなくなること確実だ。 この夜宿から数件先の売店へ行き、この国で数少ないささやかな楽しみであるジュース(コーラかスプライト)を飲んで宿まで帰る数m、ふとオレは空を見上げた。 うーむ。キレイだ。感動的な星空である。 ……。 エチオピアに入国して初めてキレイなものを見たような気がする(涙)。 はあ……。そんなもので到底オレの心は癒されないけどな。衣食たりて礼節を知る、衣はあれども食と住が整っていないこの環境では、とても礼節を知れない。なのでこれしきでとてもエチオピアを褒められない。なんといっても星空は別にエチオピアががんばって作ったものではないのである。自然環境が残っているからこそ見える鮮明な星空であるが、別にこれはエチオピアの努力の結果ではなく逆にがんばらなすぎてこうなっているだけだ。いや、我々の住む地球のことを考えあえてがんばらないようにとがんばっているのだという意見もあるかもしれないが、少しがんばったくらいで無条件にみんなが褒めてくれるのは今時お遊戯か新春かくし芸大会くらいなものである。他が他なだけにエチオピアの場合は「奇麗な星空だ……そして隣にはもっと美しい君がいる」などと石田純一的セリフに使われるレベルで褒められるほどのものではない。 まあそんな奇麗な星空のもと、汚い体で汚いトイレを使用し暗闇の中ベッドにもぐりこみ元々の汚さに自分の服と体の汚さをブレンドさせ、翌朝5時15分発のバスに乗り遅れてもう24時間ここで過ごすのだけは命を賭して阻止せねばなるまいと誓うのだった。 今日の一冊は、日本人の知らない日本語 (メディアファクトリーのコミックエッセイ) |