〜デルリ2〜





 さて、宝石屋を出たオレは、とりあえず道端の棒切れを拾って垂直に立ててから「コンノートプレイスの方角を示したまえ〜〜っ!! 
チョエ〜〜〜〜〜〜ッッッ!!と叫んで倒し、その棒の示した方向にじわじわと歩いた。
 するとすぐさま通行人が声をかけてきたと思ったら、結局数々のショップに連れて行かれ、コミッションの山分けのためになぜか
ミニバイトをすることになったのである。
 おっとしまった、
その話は文庫本に収録されているんだった! そうだった。文庫本を読めばその話が載っているんだよ。……いえ、別に何も言いたいことは無いですけれども。
 でそのバイトがようやく終わり解放されたと思ったら、またほんの3分も歩かないうちに、次なるデリー市民がオレを捕獲しようと近づいて来るのであった。
 どうしてこんなに途切れずに人が寄って来るんだろうか。
ただ歩いているだけでこれだけ連続で不気味な奴が登場する場所というのは、デリーの他には富士急ハイランドの廃病院のお化け屋敷くらいである。



「ハローフレンド! フェアードゥーユーゴー?」


「オレに話しかけるなっ!! オレはおまえのような顔の濃いフレンドはいない!!!」


「オーノー! そうやって人を顔で判断するのはよくないぞ。差別だよ差別」


「何を正論を言うか。顔で差別されるのは、人間の宿命なんだよ。例えば、マジシャンのセロとルー大柴は2人とも
ルー語を使っているのに、セロのルー語には別に笑いが起きないだろう? それは、要するにセロがかっこいい顔をしているからだろうがっ!! クジャクだって羽の広げ方が美しい方が、小動物も求愛のダンスが上手い方が選ばれるんだよ!! 結局世の中すべて見た目なんだよっっ!!!」


「オー! なんて夢の無いことを言うんだ! ただオレは、おまえが道に迷っているようだったから親切に教えてやろうとしただけなのに」


「それは大変失礼いたしました。あの、デリーの中心街・コンノートプレイスにはここからどちら方向に進んだらよろしいのでしょうか?」


「残念だなあ。コンノートプレイスは今日は休日なんだ。ほとんどの店がクローズだから、行ってもしょうがないぞ?」


「あっそ……」


「そうそう、
バイザウェイ、実は、オレにはジャパニーズのフレンドがいるんだ。どうだ、彼と話さないか?」


「いつ誰が何をどこでなぜ話すんだよっっ!!!!」


「ナウ! ジャストナウ!!
 ちょっと待てよ」



 さっきまで見知らぬ通行人(風景)、今「インドで絡んだインド人」に変化した積極的な彼は、携帯を取り出してどこかに電話をかけ出した。そして、一瞬何かをボソボソと話したと思ったらすぐに電話を切った。どうやら、「すぐそっちからかけ直してくれる?」と言ったようだ。どうしてわかるんだって? だって、電話を切ってすぐに彼の携帯に着信があったから。



「ほらほら、かかってきた! ルック! ほら、この発信者名を見てみろよ!



 積極的な彼は、応答前にオレに向かって着信中の携帯の液晶画面を見せてきた。そこには、発信元の名前として
「JAPANESE」と表示されていた。
 ……。
 あのさあ……。やりたいことはわかるよ。「あっ、本当に日本人から電話がかかってきてるんだ!」と思わせたいんでしょう? だったらさあ、JAPANESEじゃなくて、せめて苗字だけとか名前だけでもいいから、
固有名詞を登録しようよ。日本でインド人の友達が出来たとしても、携帯のメモリにはラジャさんとかチャンディさんとか名前で登録するだろう? 「インド人」とは登録しないだろう普通?
 もしかしたら、彼の友人は日本人と書いて
「ひもとひとしさん」という一風変わった名前なのだろうか。それをそのまま英語に訳して登録しているとか?
 ともあれ、オレの戸惑いなどつゆ知らず得意満面な積極的な彼は、ピッと応答すると「さあ話してみろ!」とオレに電話を渡してきた。あの……オレが話すことに
必然性が全く感じられないんだけど。なんでこうなるわけ?? まあいいや。日本人というのなら、ちょっとだけ話してみるか……。



「あの、もしもし?」


「あ、モシモシー! あなたコレから、ドコイキマスカー!」



 
やっぱり日本語を喋るインド人かよっ!!!!!!

 あんたら、この作戦、
過去一度でも成功したことがあるのか?? もしかしたらまだベータ版の作戦で、オレが初めての実験台なのだろうか?? それはそれは、光栄です。ちょっとは協力してあげた方がよいのでしょうか……



「あのー、あなた日本人なんですか?」


「そうですよ。ワタシはニホンジンです」


「失礼ですが、お名前は?」


「わたしのナマエは、ダーラムといいます


「やる気なしかよっっ!!! あんたらもうちょっと作戦を練ってから実行に移せよ!! せめてスズキとかトヨタとか知ってる名前を言っとけよそういう時はっ!!!」


「でもニホンジンなんです」


「……もう日本人でも城咲仁でもなんでもいいんですが、とにかく僕はコンノートプレイスに行きたいんですよ。今日これを何度も繰り返し言っています」


「今日、コンノートプレイスはオールクローズです。行ってもしかたがありませんよ?」


「クローズしてようが行きたいんです僕はっっ!!!」


「それより、アナタはデリーのあとはどこへ行くヨテイですか? よかったらそこの彼が、インフォメーションとか電車のチケットとかのためにトラベルカンパニーに連れて行ってあげますけど……」


「結局着地点はそこかっ!!! アンタを経由する必要性が全く感じられんぞ!!! オレが言うのもなんですが、あなたたち通話料を損しただけだと思うんですがっっ!!!」


「オー、ざんねんですね……」


「じゃあまた積極的な彼に代わるから。ちゃんと反省会してね!!!」



 オレはなぜか
いまだに得意満面な表情をしている積極的な彼に携帯を返しおさらばすると、今度は利害関係のない道々の民家の人に道を聞きながら(言葉は通じなくとも、何かがわからないという顔をしてあちこちを指差しながら「コンノートプレイス??」と叫べば答えは得られるのだ)、なんとか30分ほど歩いてその噂のコンノートプレイスに辿り着いた。
 すると、今日は何の休日なのか知らないが、
本当にほとんど全ての店がクローズしていた。……なるほどねえ。悪人のみなさんが言っていた、クローズしているという部分はウソじゃなかったのね……。
 ああ、本当にインド人の言うことはよくわからねえ〜〜(涙)。どうせクローズしていようがいまいが土産物屋に連れて行こうとするくせに……。インド人の言うことというのは、事実かウソかはわからないが悪いことをしようとしていることだけは確かだという点で、
ダンボール入り肉まんと同じである。

 さて、このまま初対面の人と話す時のオレの心のように
ほぼ完全に閉ざされたところにいてもさみしくなってしまうので、そして本当にさみしくなったので、そのままそそくさと歩いてメインバザールまで帰った。……意味の無い行動なんてないんだ。きっと、この午後の一見無意味に感じられる出来事も、宇宙的視野に立ってみればなにかしら意味があったに違いないんだ。オレが宝石屋で寸劇を見たことを遠因として、遠くの銀河に生命が誕生したりしてるんだよきっと。
 宿に戻ってルームメイトの日本人と一緒に夕食を食おうとしたら広いドミトリーに誰もいなかったので(きっとオレ以外のみんなで連れ立ってインド舞踊でも見に行ったのだろう)、トボトボと一人夜の町に出て、日本恋しさに「ニホンのリョウリあるよー!」の呼び込みの声に誘われて掻き揚げうどんを食った。つゆが、
ただの色のついたお湯だった。そして、見たことも無いインドの野菜がまとまって揚げられていた。

 …………。




 
マズいんじゃこのボケっっっっっ(号泣)!!!






 ひもじい思いをしながら、そして悪態をつきながらレストランから出てバザールを歩いていると、反対側からスピッツのような小さい白い犬が走ってきて、それをインド人の若者が「待ってくれ〜」てなことを(多分)叫びながら一生懸命追いかけていた。ノラ犬は雑種ばかりなので、これだけ小ぎれいということはおそらく飼い犬が逃げ出したのだろう。平和な光景だ。
 そのまま宿の方へ進むと、途中で地面にはいつくばって
「ア゙ガジャ△×ゴウ×セゲロ〜〜(涙)! アオオ@@&&ノオ〜〜〜(号泣)(号泣)!!」と泣き叫びながら物乞いをしているじいさんがいた。もう足が動かないのだろう、手だけを使って少しずつ移動している。
 なんとも身につまされる姿だ。もう自分で歩くことが出来ない、体がズタボロになったお年寄りさえも、こうやって涙を流して自力で稼がねば生きていけないのである。きっと、この人は人生に対する絶望感でもう泣かずにはいられないのだろう。

 …………。

 あれ?
 おかしいなあ。なんかオレ今日、
このじいさんが普通に歩いているのを見かけたような気がするぞ。コンノートプレイスに行く途中の道ですれ違ったんじゃないかと思うんだけど。……いや、でも人違いだろう。まあインド人だし、なかなか見分けがつかないもんだ。
 オレは、くそマズい掻き揚げうどんの支払いの釣りをこの際全部くれてやろうと、号泣じいさんに近づいた。



「アオオ@@&&ノオ〜〜〜(号泣)(号泣)!!」



 ……。

 いや、
やっぱりこの人見かけたぞ。さっき、この人とたしかに歩いてすれ違った。んん〜、なんたることだろう? 今は地面に身を投げ出してはいつくばって、どこからどう見ても重病人なのに。
 もしかして……
 
これも寸劇??
 あわわわわ……。ま、まさか、こんな切実な号泣シーンも物乞いによる迫真の演技なんだろうか。いや、しかしさすがに、歩くことすら出来ない老人がここまで悲痛な表情で泣き叫んでいるのに、これが演技ってことはいくらインドといえどもいくらなんでも……。

 
たしかめてみよう。
 そうだ。ここはじいさんの演技を暴くためではなく、むしろ彼の無実を証明するために、しばらく観察してこの苦しむ状態こそが真実の姿だということを確認し、それから寄付を弾んでやろうではないか。そうだ。おじいさんは潔白なんだ。きっとオレが人違いをしているだけなんだ!! 
おじいさんはかわいそうなんだ!!
 オレは、少し離れた商店の店先に腰を下ろし、失礼ながらおじいさまが物乞いをしているところをずっと見ていた。すると数分後に、後ろから「ワンワン!」「待ってくれ〜(多分)!」という声が聞こえてきたので振り向くと、今度は逆方向からスピッツが駆け抜け、また同じ青年が追いかけて行った。もう相当走ってるよねキミたち……(涙)。早くつかまるといいね……。

 さて。しかし、たまたまこの時間は人通りも少なくなりちょうどいいタイミングだったのだろうか。オレが観察を始めてから、10分も経たないうちに、
突然じいさんの泣き声がピッタリと止んだ。……どうしたんだろう。泣き疲れてしまったのだろうか。それとも、もしかして業務終了……、もしかして!?
 すると、号泣おじいさまは急に泣き顔から
難しい顔(ある意味職人顔)に豹変し、旅人が恵んだ金が入っている缶をひっくり返して、紙幣と硬貨を1枚ずつ数え始めた。

 こ、これは……

 
レジ締めだ。レジ締めをしている!! 今日の売り上げはいくらだったのだろうか? ちゃんとデータと現金は合っていたのだろうか? お釣りを間違えたりしていなかっただろうか??
 しばらく難しい顔(職人顔)をして細かく金額計算をしていた号泣おじいさんだが、最終的に全ての硬貨紙幣を数え終わると金をポケットに入れ、なんと
むっくりと立ち上がり、バザールをスタスタと歩き出した。

 
おおいっ!! じいさんっっ!! あんたって人は!!!

 やっぱり……。あの泣き叫ぶ声、地面に這いつくばる姿は
営業活動だったんだ……。
 ここは、乗りかかった泥舟ということで、よく暇な時に電車で見かけた美人にやってしまうように、オレはじいさんがどこへ行くのかこっそり後をつけることにした。しかし、ご老体にしてはなんとも歩くのが早い。股下150cm(身長は180cm)のオレですら置いて行かれそうな猛スピードである。日本ではモデル風の長身の美人の後をつけたこともあるけど、それでもこんなに歩くのが早い人はいなかったぞ……
(あくまで冗談です)
 おおっと。止まったぞ。
 じいさんはバザールの店に立ち寄ると、野菜などの食料を買い込んでいた。さらに、見ているとなにやらその店のおっさんと口論しているようだ。お互いの動作からして、どうも
野菜を値切っているらしい。うーん……、普通だ……普通の生活だ……。
 ん? なんか正面からスピッツが走ってくるぞ?



「ワンワン!」


「待ってくれ〜〜(多分)!!」




 
おまえらまだやってんのかよっっ!!! いったい何十分走り続けてるんだっ!!!! いい加減2人とも落ち着けよっっ!!!

 ……あっ、号泣じいさんが野菜を持って再び歩き出したぞ。そしてなんだかじいさんの食料を求めて、後ろからノラ犬が何匹もついて行っている。しばらく犬とじいさん一緒になってスタスタ歩いていたのだが、突然じいさんが振り返って
「あっち行けコラ〜〜ッ!!!」と犬たちに襲い掛かった。すると、弾みでポケットからチャリチャリチャリ〜〜ン!! と今日の稼ぎがばら撒かれ、その中の一部がすぐ傍の店の棚の下にまで入りこんで、またもやその店の人と揉めていた。いそがしい人だな……。
 ってなんかじいさんについていたノラ犬がオレの方に来たぞ? どうして? なんかオレ犬に囲まれてるんだけど……



「バウワウッ!! ガウワウッ(怒)!!!」



 
ひええええっっ!!!
 
なぜにおまえらオレに吠えるんだよ!! オレが何をしたって言うんだ!!
 はっ、そうか、このバットか……。いや、別にこれはあんたらを殴るために持ってるんじゃないからね。オレは犬とは友好関係を築きたいと思ってるんだから。
オレ犬安全保障条約を結んでいるんだから基本的に。だから心配ご無用ですって。
 この時オレは、露天で買ったクリケットのバットを持って動き回っていたために、ノラ犬たちに敵とみなされ包囲されてしまったのである。オレは慌ててTシャツの中にバットを隠してノラどもから逃げ回った。ちなみに、クリケットのバットというのは↓こういうものであり、やはり女子たるもの無防備でインドを歩いてはいかんと、わざわざ
護身用に買ってここ最近常時携帯しているのである。



 ちなみに、手首に巻いているのは赤と黄色のヒモがこの時じいさんに勝手に巻かれたので、数珠みたいなのはゴアで道端の女の子と揉めた時に買うハメになったものだ。

 まあそれはそうと、じいさんはどこに……





 ん?








 
なんじゃこりゃ〜〜〜〜っ!!!!


 な、なんかおもしろい動きをしているものが……。
 ど、どうなってんだこれ? 妙にスムーズに動き回ってないですかこの子。おにいさんが作ったのですか?



「どうだい、気に入ったか? たったの10ルピーだぞ。買った方がいいぞ」


「え? 10ルピー?? すっげー安いよね……どうしようかな……」



 おおっ!! こんなことをしているうちに号泣じいさんを見失ったっ!!!

 結局この日は、じいさんを尾行しているうちにいつの間にか夜の12時を過ぎており、危なくないようにバットを構え人通りの多い道を通って宿まで帰った。だがその数日後にコンノートプレイスをさまよっていたところ、オレは号泣じいさんが市バスに乗るところを目撃した。その夜メインバザールでまた号泣の営業活動を行っていたので、彼は
そこそこ遠いところからバスで出勤しているということがわかったのである。なおかつ、その後メインバザールの店が税金に対するストライキで全部閉まっていた日があるのだが、その日はじいさんもいなかった。じいさん的にもストライキをしていたようだ。税金払ってないくせに……。
 さらになおかつ、この翌日白いスピッツは、ちゃんと首輪をして青年に紐つきで連れられてバザールを散歩していた。どうやら無事に捕まったらしい。

 ……もうなんか最近、
オレの頭の中まで混沌としてきた。






今日の一冊は、
毎日新聞が考古学の捏造を曝いたスクープの記録 発掘捏造 (新潮文庫)







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