〜イスラエル〜





 明日の目的地・理塘(リタン)へのバスについて尋ねると宿のおじさんは、何かを説明しつつ両手を左斜め上から右斜め下に「ゴロゴロッ」という表現がしっくり来る感じで動かしジェスチャー回答してくれた。
 これは……。やはり落石、もしくはバス自体が崖から落ちたか、寝不足の運転手が崖から落ちたか、とにかく何かがゴロゴロと落ちてしまって現在バスは運休しているということだろう。間違っても、「いや〜、わし先週年金を全てつぎ込んでアメリカドルを買ったんじゃけどな、ここ数日でドッカンガラガラと大暴落してもう大変なんじゃっ(涙)!!」と、オレたちの質問を完全無視して
自分の資産運用の失敗について身振り手振りで嘆いたわけではあるまい。
 しばらく前に洋式ホテルを探しに行ったユダヤ人のガディ&レウトのバカップルは(名前は覚える必要ないよ。ただの脇役なんだから)まだ帰って来ない。だいたい、この四川省の山奥まで来て洋式便器でないと用が足せないとは、何たるわがままだ。男の方のガディもやたら禁煙にこだわるワガママ男だが、彼も自分の彼女に付き合わされて
理想の便器を求める長い旅に出かける羽目になっているということには、同情を禁じえない。
 でも、そこで怒らずに言いなりになってしまうというのは、
男として甘すぎるのだ。もしオレが最愛の彼女と2人で旅行をしているとしても、その旅先で彼女が状況を考えないわがままを言い出そうものなら、オレは厳しい環境をくぐり抜けて来た旅人の端くれとして、その時はもう、なんでも許しちゃう ……だって愛する彼女と2人で旅行なんて、それだけで素敵じゃないか〜〜。好きな女性のためなら洋式便器ぐらい担いで旅してやるってんだよ〜〜〜。そして彼女がことを済ませた後に流さないまま担いでもいいってんだよ〜〜〜汚れても構わね〜んだよ〜〜。

 あっ、バカップルが帰って来た。

 
何チンタラやってんだよ迷惑だなおまえらっ!!! ガディも男ならわがまま女にガツンと言ってやれよっっ!!! 愛情と甘やかしは違うんだよっっ!!! 情けない奴だなテメエっっ!!!!



「待たせたなおまえら。そんなにゴージャスじゃないけど、通り沿いにちゃんと二人部屋に洋式トイレの付いているホテルを発見したぜ。ひと部屋120元だ。しかも、そこで働いてる中国人に英語を話す奴がいて、バス探しに協力してくれるってさ。さあ移ろうぜ」


「せっかくだけど、オレはここに泊まるよ。洋式ホテルじゃ予算オーバーだし、このじいさんの宿に押しかけておいて今さら別のところに行けないだろ。でも部屋に荷物だけ置いたらそっちのホテルを訪ねて行くから、バス探しには便乗させてくれたまえよ」


「いいよ。エヤルはどうする?」


「おう。オレも一人だけ話のわかるメガネのいい奴だから、ここに作者と一緒に泊まるさ。そっちに移ったとして2人部屋にオレ一人だと割高になるしな」


「そうか。じゃあ後で合流しようぜ」



 オレと一緒に待っていた、ユダヤ人3人の中で一人だけ話のわかるメガネのいい奴・エヤルは彼らとは行動を共にせず、この安宿にオレとルームシェアして泊まるということになった。
 とはいえオレたちもチェックインを済ませるとすぐ外出してカップルのいる洋式便器ホテルに行き、そこで英語を喋る貴重な中国人をつかまえて5人揃って再びバス停へ。英語使いさんに通訳してもらい、理塘行きのバスはあるのか? また、バスが無ければどのようにして理塘まで行けばよいか? そして、
このユダヤ人のカップルはどういう育ち方をしてこんなに自己中心的な放蕩者になってしまったのか?? ということについて聞き込みを行った。
 すると……。
 やはり、理塘近辺で落石があり、道が崩壊してしまっているという!
 なんてこった。これで先へは進めなくなった。ああ良かった。
そんなあっさりと落石で崩れるような道を何も知らずにバスで走る羽目にならなくて良かった。これはかなり際どいぞ。オレたちの出発か落石のどちらかが何日かずれていたら、落石にモロに直撃されてペシャンコになり、昔ながらのアニメのキャラクターのようにペラペラな体を空気入れで膨らませてやっと元に戻るなんてことになっていたかもしれない。
 だいたい、今日通って来た道も落石→崩壊が十分あり得るルートってことだろ。この山間の村だって、いつ大岩の直撃を受けてもおかしくないんだ。落石で洋式便器が崩壊なんてことになったら、
レウトさん(彼女)怒って手がつけられなくなるよきっと。そしたらガディ(彼氏)が工具を買って来て、岩を切り出して洋式便器を自作することになるよきっと。
 それにしても、道が崩壊なんて……。そんな簡単に崩壊しちゃったのか。ほうかいほうかい。それじゃ、戻るしかないんでしょこうなったら? そうなのね通訳のあなた?



「ところが、香格里拉に戻るバスも明日は無いんだ。ここのところ不定期でな、3日に1本くらいしか出ないんだ。でも安心してくれミスターガディ、出発まで何日でも我がホテルの部屋を使っていいぞ」


「シット! なんてことだ! 冗談じゃねえ。オレは体調がベリーバッドなんだ!! 高山病にかかったんだよ! 早くここを出ないといけないのに!! ……くそ、とりあえずメシだ。メシを食いながら考えよう。なあ、レストランに連れて行ってくれよ」


「高山病か。それは厄介だな。レストランはこっちだ」



 たしかに、この山の中の孤立した村で何日も過ごすのは辛い。しかもうかうかしていたら逆方向の道も落石で崩壊するかもしれない。そうなったらそれこそ本当の孤立で、暇つぶしに誰かを殺そうとしてもこの村は
いわば大きな密室であり、殺人事件が起きるともれなく内部の者の犯行だということがわかってしまうため殺し辛いじゃないか。しかもそういう状況では、たまたま身近に名探偵が居合わせている場合が多いんだよこれが。
 それはそうと、夕メシ。さっきからの流れでオレも一緒に夕食会に参加することになってしまった。通訳にいさんがおすすめの安食堂へ連れて行ってくれようとしているのだが……



「なあ、オレはノンスモーキングの食堂がいいんだ。ノンスモーキングレストランを探してくれ」


「私は、クリーンなところでないと食べられないわ。クリーンレストランにしてよね」


「そんで、さっきも言ったけどオレ高山病で頭痛いんだ。なるべく人が多くないところに連れて行ってくれ」



 
こいつら……。
 パレスチナを侵略してるイスラエル軍の上層部ってのは、だいたいこんな感じの
好き放題唯我独尊思うがままの不埒な人間が揃ってるんだろうな。このカップルに軍隊を与えたら、「タバコの煙がうっとうしいから」という理由で、喫煙している土地と民族を平気で爆撃しそうである。しかもイスラエルには男女共に兵役義務があり、実際にこの2人も世界の軍事大国の兵士だったというのが実に恐ろしい。気に入らないもの、片っ端から撃ってただろおまえら……。

 当然のごとく、こんな村にノンスモーキングのレストランもクリーンなレストランも無い。もちろん、地元の方々はクリーンにしようと努めてらっしゃるのであろうが、
我々の基準でクリーンなレストランなど無い(断言)。
 まあまあ通訳の人がそれなりのところを見つけてくれ、それでも気が進まない様子でユダヤ人カップルは席に着いたのだが、注文をする時も通訳を通してこまごまと食材を指定し、ベジタリアン用のメニューをオーダーしていた。さらに、米は食えないということで、3人ともオリジナルの野菜入り中華麺をシェフに無理やり作らせるのであった。
 もちろんオレは肉食。一人でバリバリの回鍋肉定食を堪能していた。

↓奥の2人がわがままツートップ。いかにもわがままそうな顔をしているでしょう。






「あの皆さんちょっと聞きたいことがあるんですけど」


「なんだ?」


「そもそもベジタリアンの上に食堂の人とコミュニケーションが出来ないのに、今まで食事の時はどうしてたのよあんたたち? 
どのようにして中国を旅して来れたの? そんな横暴なのに」


「別に難しくないぜ。中国でもだいたいツーリストが行くところには、英語メニューの置いてあるレストランがあるんだ。そんでパスタとかピザが頼めるからな」


「なにーーーっっ!!! じゃあ、中国にいる間中パスタとかピザを食ってたのわがままなあんたらは!」


「そうだぜ」



 なんて野郎どもだ。中国に来て今日まで一度も中華料理を食っていないとは。……じゃあ逆に問いたいが、
中華料理以外になんか中国に魅力があるのか?? おおっと。口が滑った。
 それにしても中華料理が嫌いなのに中国を旅しているなんて、
むしろあんたたちの方がオレよりよっぽど中国を愛してるよな。実は中国人とウマがあうんだろ? たしかに似てるよな……チベット情勢とパレスチナ情勢……



「よし、食った食った。じゃあオレはもう頭痛がひどくてたまらんから、ホテルに帰る。あとは、明日のことは明日の朝集まって決めよう」


「はーい。オレも疲れた。あんたらと1日一緒にいて非常に疲れた」



 ここで本日は一旦解散とし、オレと一人だけ話のわかるメガネのいい奴・エヤルは安宿に戻り、ノートパソコンを使って母国の音楽のMP3の交換などをするのであった。華原朋美とか。

 さて、翌日。
 洋式便器のある方のホテルのロビーに集合し、作戦を練ることになったのだが、いかんせん言葉の壁が厚くオレはただ黙ってちょこんと座っているだけだった。なんでオレ、いつの間にかこのグループに加入しているんだろう。こんな平和主義者なのに。
もしかしてオレのこの辮髪(べんぱつ)がユダヤ教徒がよくやってる三つ編みにそっくりだから、ユダヤ教の仲間として受け入れられているのだろうか?
 そうしているうちに徐々に仲間外れになり始めたので少し外に散歩に出てみると、道端でバックパックを背負った中国人の女の子2人組を発見した。これはチャ〜ンス!!



「ニーハオお嬢さん! 僕は中国でも大人気の、おなじみ若い日本男児です。旅行中ですか? もしかして理塘に行くのですか? パチクリ! ピチクリ(ウィンク)!!」 ←カタコト&筆談


「ニーハオ! メロメロメロ〜〜〜ッ そうなんだけど、石が落ちてきて、道がないのよ。だからもう香格里拉に戻るしかなくて」


「モレモレモレ〜〜ッ!!
 やっぱり。でも戻ると言っても戻るバスも無いんでしょ? メイヨーチーチョー(没有汽車)でしょ?」


「チーチョーメイヨー。ねえ、よかったらタクシーをシェアして香格里拉まで行かない? もちろん交渉は全部私たちがやるわよ」


「なんと!!!! 
メロメロメロ〜〜〜ッ!! それはなんて素敵な提案なのでしょう!! 共に行きましょう! 僕は一人旅です。ちょっと荷物を取って来ますから待ってて下さい!」



 中国人小姐2人組は年の頃ならおそらく20代前半、茶髪のメッシュにサングラスなんかかけちゃって都会派でこの郷城の田舎では確実に浮いている。中国でも都市部に住んでいる女性は情報が多いため、やはりオシャレになるらしい。あらゆる面での国内格差が激しい国だ。
 オレはほふく前進で洋式便器ホテルのロビーに戻り、ソファーの陰に隠れながら自分の荷物をキャッチし、またじりじりと這いつくばりながら出口へ向かった。



「あれ? 何やってるんだ作者? 荷物持ってどこ行くの」


「ズガーーーーーン!!!! あわわわ……。ち、違うんです。決して意地悪してタクシーのシェアの話を黙っているなんていうわけではないんです。だって、あと3人も増えたらタクシーに乗り切らないんですからっ!!! 僕はただ規定乗車人数を守ろうとしているだけなんです!!! 法律は守らなきゃいけないんですっっ!!! だから友情は大切だけれど涙を飲んで心に鬼を棲まわせて僕一人だけで行こうとしているです(涙)!!! 悪法も法なりなんですっ(号泣)!!!」



 …………。

 そして1時間後……。
 イスラエル3人組のごり押しと中国人小姐の奔走により、
オレたち6人のツーリストはワゴンタイプのタクシーを捕まえ(本当にタクシーなのかももはや不明)荷物を詰め込み自ら乗り込み、標高4000メートル近くの落石ですぐ崩壊する山道を、南に向かって走っていた。狭い……。



「ターシーカン!」


「なんですか〜」


「あなたは学生なの? それともアイドル?」


「こう見えても29歳です。無職ですが、外国に居る間は旅人だと自称して無職だというのをごまかしているんですよ」


「ターシーカン!」


「なんどすえ〜」


「日本にはいつ帰るの?」


「僕には、帰るところなんてないんです。世界のどこに行ったって、僕を必要としてくれる人なんて誰もいないのだから」


「いいわその悲壮感……なんだかクラクラきちゃう……」



 ウーシーさんとリンさんの小姐コンビは、オレのことをターシーカンターシーカンと呼んで来る。これはオレの本名フルネームを中国語読みすると「ターシーカン」になるためだ。かつてアラブ圏のスーダンでは電車の隣のおっさんに「ムハマド」と命名されたこともあるが、中国でのオレはターシーカンである。ルーシーリューやスージーQみたいで色っぽいではないか。ちなみに、英語圏でのオレのニックネームは「ディカプリオ」もしくは「アーノルドシュワルツェネッガー」である。

 自然の要害を削って作られた恐ろしい道を走り、途中で峠の茶屋のようなところで昼食になった。中国人を見下しがちなわがままイスラエル人と小姐コンビは全然心の交流がないため、別のテーブルにつく。ここでは漢字が読めないユダヤ人は何も出来ないので、オレは彼らと一緒の席に着き、彼らのために漢字メニューを見て注文してあげるという役割を担うことになった。ちぇっ、なんでオレがいちいちキミたちを助けなきゃいけないのさ。
私はあんたたちの言いなり玩具じゃないのよっ!!!
 やはり「ベジタリアンだからシンプルなものを頼んでくれ」と要求が来たので、野菜といえば、麻婆ナス!! 麻婆豆腐!! そしてよくわからんけど炒生菜!!!
 豪華中華料理がババーンと並び、さあ食えおまえら!と勧めたところ彼らは全ての皿からひと口ずつ食って
「辛いぞっ! こんな辛いもの食べられないっ!!」と文句を垂れた。
 ……この人たち、今までどうやって旅行してたんだろう。
中国旅行楽しいんだろうかこの人たち。
 結局、3皿のおかずは全部オレが一人で食った。こんなもん
美味すぎる。苦しむどころかご飯もお替りして最後まで恍惚の表情で食い尽くしてやったぜ。それにしても、イスラエルでオレがよく食っていたフライドチキンやハンバーガー、はたまたアラビア料理のピラフみたいなもの、そして中国で出て来る全ての中華料理までオレにとってはどれも美味しい。街へ出ればどんな食文化にも触れ合える環境で育ったなんでも食べられる日本人というのは、こと食に関しては最高に幸せな立場なのだなあ。中華料理を美味しく食えないって、人生の半分損してるぜあんたら??
 3人はおかずには一切手をつけず、
ただ白いご飯だけを寂しそうにチマチマと食っていた。ご飯の入った茶碗を持って、塩だけふりかけて味を付け、使えない箸を2本一緒にグーで握ってちょぼちょぼと白米をかき込む姿を見ていると、さすがにあまりにも気の毒でオレは少し目が潤んだ。キミたち、中国に何しに来たの? 何度もしつこく聞くけど。

 再び崖っぷちを走り、昨日と全く同じルートを逆方向に8時間。既に香格里拉は夜の帳に包まれ……しかしなんとか帰って来れた。たった1日だけで四川省から雲南省へ逆戻り。
 タクシーは香格里拉のバスステーションに着き、夜も遅いというのに3人組と2人組はそれぞれそのままバスとタクシーに乗り換えて、別ルートで四川省方面を目指して消えて行った。オレは疲労感いっぱいなので客引きのおばさんについて招待所で一泊である。
 非常に無駄足な、わけのわからない2日間であった。








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