〜北京〜 南アフリカ共和国の南端、喜望峰から出発し、アフリカ大陸を北上。中東を経由して進路を東に変え、アジアを横断して中国までやって来た。 思えば色々なことがあったのである。南アフリカでは世界最悪の治安に怯えジンバブエではいきなり有り金をほとんど盗まれ、ザンビアを猛烈スピードで駆け抜けたがマラウィで部屋中を蚊に占拠され、タンザニアでは百獣の王ライオン(野生)にビビりケニアでマサイ族に囲まれ、そしてエチオピアは思い出したくない(涙)。スーダンでは食中毒で倒れつつも砂漠を越えやっとのことでエジプトに到着しピラミッドに涙し、ヨルダンでは人間の盾を尻目に死海でチャポチャポ、イスラエルとパレスチナでは銃口を向けられトルコで夜中に野良犬に噛まれ、イラン人のただならぬ親切にわななきパキスタンでは雪山に登って危なかった。そしてインドは思い出したくない(涙)。バングラデシュではひたすら現地人に囲まれシンガポールで文明と日本食に狂喜乱舞、マレーシアのジャングルで恐怖と苦しみに泣きじゃくりタイではマンガを読みながらムエタイに入門し、カンボジアでは特に何もなくベトナムで肺炎で入院(涙)。そしてなぜか中国で4カ月以上も過ぎ…… というわけで、今ここ、オレはたしかに中国の北京に立っている。 さて。振り返って、そもそもオレがこの旅をなんのために始めたのか。それは、ただひとえに好きな女性を追いかけるためである。ただそれだけの理由の不純な旅だ。 そしてその好きな女性とは誰かというと…… ここで少し、過去のことを話そうと思う。 まだオレが日本から1歩も出たことが無かった、5年、よりもうちょっと前のこと。 オレとその人との最初の出会いは、東京のとある会社のオフィスでのことだった。いろんな事情があり、そこで「派遣社員」というバイトの延長のような立場でオレたちは働いていた。 その職場で働き始めて数ヶ月目。業務の伝達のため初めて彼女と言葉を交わしたその時のことは、今でも鮮明に覚えている。なんといったらいいか、会ったばかりの女性に対してこんなにも心が熱くなっているのが信じられないというか、なんというか、恥ずかしいんじゃこのボケッッ!!!! こんな赤裸々な話書いてられるかっっ!!!! 死ねテメエッッ!!!!! ……い、いや、こんなところでうろたえてはいかん。もう少し耐えたまえオレ。だって、はっきり言って恥ずかしくなるのはまだまだこれからなんだから(号泣)。 まあとにかく、中略でオレはとてもとても彼女を好きになってしまって。生まれてから今まで、自分の気持ちがこんなアワアワした状態になるなんてことは一切無かったくらい好きになってしまって。それで、それから、まあいろいろと……。 …………。 ところでこの旅行記を読んでいる皆さんなら容易に想像が出来ると思うが、当時のオレというのは、もう今よりもさらに輪をかけて軟弱で貧弱で子供で頼りない男(むしろ幼児)であった。 もちろん、普通に考えるとそんな人間が好きな女性とお近づきになれるわけが無いのだが、ただオレには、必殺の演技力があった。きっと子供の頃からウソをつくこと、人を騙すことを繰り返し自分を偽ることに慣れていたから、自然にそんな演技力が身に着いたのだと思う。って誰がかわいそうな子供なんだよっっ。……よくわからない。何を言っているのか。 まあ理由はどうあれ、他人とまだそれほど深くなっていない関係の中では、表面的にではあるが軟弱さや頼りなさは演技で取り繕うことが出来るものだ。大切なのは計画性。彼女と会う時、喋る時には必ず事前に会話内容を考え箇条書きにメモしておき、さらに何度もイメージトレーニングを行なうのだ。驚くなかれ、実際にそうすることにより、見事な戦略を繰り広げたオレは彼女とめきめきと仲良くなることが出来たのである。めきめきメモリアルだ。 いや〜〜〜〜、オレもなかなかやるじゃないか。クラスメートから無視され机を窓から投げ捨てられていた学生時代から考えれば、誰もが目を見張る成長ぶり。まさか自分が、他の人間ではないこの自分が、好きになった女の子と、言葉を交わすどころか仲良くなれてしまうなんて。そして……、告白して、OKをもらえるような人間になったなんて。 そう、何度かのデートを重ねたのち、オレは彼女に決死の告白をした(明確な死ぬ覚悟を持って)。そして、たしかにyesの返事をもらったのだ。 どうだ。奇跡の展開だろう。う〜んもしかしてオレは、いつの間にか一人前の男になってしまったんじゃないだろうか? そして彼女の口からOKが出たその伝説の日から、ほんの数日間オレはわけのわからないくらい有頂天になっていた。通勤途中の道端に咲いている花にも、ちゃんと気付いてあげられるようになった。太陽の光を浴びられることを幸せに思えるようになった。 しかし!! そもそも、オレは無理して表面だけを一人前の男の姿にし、ただひたすらまともな人間を演じていただけなのである。オレは、中身など何も無いまま身の丈に合わない前進をしていたのだ。まるで、危ういバランスを取りながら、自分で組み立てたトランプタワーの山を登るかのように。 だが、トランプタワーをかろうじて登りきりなんとか頂点に立ったとしても、結局そんなスカスカの土台ではほんの僅かな身動きで山は崩れ、一瞬で振り出しに戻ることになるものだ。そんな風に、オレが有頂天という見せかけの頂点に立ったその直後ほんの数日後に、彼女は「あのう、話があります。実は、来月から中国に留学することにしたの。作者さんとはもうこれ以上つき合えません。バッハハ〜〜イ♪」と明るく告げ、あっと言う間にいなくなってしまったのである。ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン(号泣)!!!! …………。 オレは、悔しかった。なんなんだオレはと思った。自分の中身の空っぽさを、ひたすら何とかしたかった。そしてもちろん、彼女を諦めたくなかった。好きだから。……だから、中国に行くことにした。 オレは中国に行って、もう一度彼女に告白をしたかった。そして、今はスカスカな自分の中身を埋めて彼女に会うには、遠くから中国を目指さなければいけないと思った。そして、世界地図を眺めて「うん、やっぱり1番遠くは南アフリカね。ここからにしよ〜っと」とほんの10秒で決断した。その結果彼女にフラれてから北京にたどり着くまで何年もかかってしまい、もはや時間が経ち過ぎてオレのことなど彼女の記憶からとっくに消えただろうと思われるという、現在今しがた(北京にて)の時点での状況なのである(涙)。いやあ、なんという間違った決断をしたのだろうかオレは。 ……まあそんな経緯があり、オレはとにかく中国までやって来た。目的の地へ。そして、今この北京で結論を出すのだ。 正直、彼女がまだ中国にいるとは思えないし、そもそも中国のどこに行ったのかもわからなかった(なに〜〜!)。しかし、これをやらなければ、この旅は終わらないのだ。いや、アフリカの旅も、アジアの旅も、こんなオレがかろうじて乗り越えることができたのは、全てこの時のためであった。 オレは、宿泊中のユースホステルのネットカフェから、どこにいるかわからない彼女、Mさん宛に、久しぶりにメールを打った。北京にやってきました。僕はまだあなたが好きです。もう一度、会ってくれませんか? 中略。僕は、北京駅前で、12月○日から3日間、Mさんを待っています。どうか来てください。 書き終えると、今までの旅を少し振り返りながら、オレは自分の文章を読み返した。 そしてオレは、渾身の願いを込めて、「送信」ボタンをクリックした。 …………。 ぬお恥ずかしいっっっ!!!! 恥ずかしくてもう書けんっ(涙)!!!! 最終回だろうがなんだろうが、恥ずかしいぞっっ!!!! 自分の恋愛のことを真剣にホームページに書くなんてバカげてるっ!!! これ以上恥ずかしいことがあるかこの世界に?? 熱い!! 首のあたりが熱いっっ!!! あまりにも恥ずかしすぎてっっ!!!! 死ぬための器具をください誰かっ(号泣)!!!! …………。 ええいここまで来たんだ。あと少し踏ん張りやがれ。 終わらせよう。もう、終わらせよう。これが、オレの長い旅を終わらせるメールなのだ。このためにオレは……。 それから北京で観光しながら1週間を過ごし、オレは遂にその日を迎えた。オレだけしか参加することが出来ない、この旅の、最後で最大のイベント。もちろん結果はわかっている。喜びもない、意味もない、しかし自分には意味のある、そういうイベントだ。 その一方的に作った約束の日・第1日目から、オレは北京駅前で待った。 今回はシリアスな内容なので忘れているかもしれないが、今の北京は氷点下の世界である。1日の最高気温ですら氷点下だ。そして北京駅前は当然のごとく屋外。朝から晩までこんなとこにいたら、死んでまうがな(涙)。 ああ、なんで夏の間に北京に着かなかったんだオレ。無駄に季節を費やしやがってよ。おかげで最後の最後まで辛いだろうがっっっ!!!! ていうか、北京駅前でじゃなくて「ユースホステルの○○号室でゴロゴロしながら待っています。来てください」にした方が良かったのでは? ……いや、ダメだっ!! それじゃ締まらない!!!!! ダウンジャケットの襟元に顔の半分をうずめニット帽を深く被り、はっきり言ってこれでは百万が一彼女が来てくれてもオレだとわからず通り過ぎるだろうというような目元しか出ていない格好で、午前中から太陽が沈むまで、なんだかんだ言って結局ずっと待っているのではなくちょくちょく駅前のファーストフード店などに避難しながら(そうしないと意識が無くなりそうなんだよっ)、時には駅前でジョギングをして、寒さと戦いながらオレは待った。頭の中に思い描くのは、あの頃の彼女の姿と、アフリカからの旅の思い出だ。いろんなことがあったな……。 1日が過ぎ、2日が過ぎた。そして、3日目も寒かった。 午前中から駅を行く人々を眺め、昼ご飯を食べてまた駅に戻り体を動かしながら待機する。人の数が多い。ハチ公もこうやって来ない人をずっと待ってたんだな……気持ちがわかるぜオレには……。 そして、そろそろ陽が傾きかけた午後4時頃。オレは寒さを少しでも紛らわそうと、人ゴミを避けながら駅前の広場を大きく丸を描くようにぐるぐると歩いていた。 ……なにか、オレと同じように全身を厚い防寒着で固めた若い女性の前を、通り過ぎたような気がした。 その直後。 後ろから、右の肩を軽くトントンと叩かれた。 もう頭も回転しないくらい寒さに凍えていたオレは、何も考えずに、わけもわからずに、彼女の方へ振り返った。 そこにいたのは……、 よくわからんプラスチックのおもちゃみたいなのをいくつも抱えた、物売りのおばちゃんだった(マジで)。 「ニーシーチューチーコレカウカ!?」 「…………」 「…………コレカウカ??」 「じゃかましいっっっっっっっっっっ(号泣)!!!!!!! どうして今このタイミングでオレに話しかけるんだよあんたはっっっ(涙)!!!!!!! 今の一瞬の間にオレの心臓がどれだけ爆裂に動いたかわかるかっっっ!!!! 人の人生を左右するようなぬか喜びをさせるんじゃねえよこのっっっ!!!! バカアっっっっ(号泣)!!!!!」 …………。 ため息しか出ませんがもう。 肩に感触を感じた瞬間に、本気で心臓と脳が震えましたよ僕は(涙)。ええ本当は「何も考えずにわけもわからず振り返った」じゃなくて全身全霊で考えながら振り返りましたよ。全身の細胞という細胞が「まままままままままままままままさかっっっっっ!!!!!!!!!」と声をあげてましたよ。本当に。頼むから邪魔しないでくれるかな人が1年以上の旅の締めくくりを迎えているときに(号泣)?? そしてあっさり日は暮れた。 ……こうして、地球の反対側から始まったオレの長い中国旅行は終わったのである。 当然であるが、3日間冷気に体を晒していたため、締めくくりにふさわしくオレは下痢になった(涙)。思えば、下痢に始まり下痢に終わる旅であったなあ。ここまで下痢を極めたオレのことを、みんなこれからは下痢ソムリエと呼んでほしい。なかなか世界でも下痢ソムリエの資格保有者は希少な存在だよ? ああ寒い(涙)。おなかいたい(号泣)。 その2日後、オレは北京首都国際空港から日本へ帰った。 オレなんかに、よくこんな旅ができたなと思った。
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