〜宝鶏(パオチー)〜





 登封から出発する朝、バスを待つ間スーパーマーケットで万引きをしていたら、オレは発見してしまった。あの幻の芯なし2枚重ねふんわりトイレットペーパーを。
 ちなみにふんわりトイレットペーパーを発見する前に万引きした品は、おばちゃんGメンに捕まって「今日が初めてなんです〜〜(涙)。どうか旦那にだけは言わないでください〜〜
おねがいします〜〜〜(号泣)」と罪を逃れるために必死で演技をして、号泣しながら全て返却した。だから結果的に店側に損害は出ていないのだ。商品を返したんだから、元々万引きをしていないのと同じことだよ。
 ってもちろんウソだからね。信じないでよ。それはそうと、6時のニュースの「万引きGメン特集」を見ていると、なぜかお年寄りって
お刺身をよく盗むよね。やっぱり歳を取ると、肉より魚の方が美味しく感じられるのかなあ……。でもさあ、万引きのことはさて置いて、「肉」と「魚」っていう単純な分け方はどうかと思ってるんだよ僕は常々。だって「魚を食べる」というのは、つまり魚の肉を食べるということでしょ? 牛の肉は牛肉、鶏の肉は鶏肉、果物の肉でさえ果肉というのに、なんで魚の肉はただの「魚」なんだ? しかも、魚の肉はただの「魚」のはずなのに、魚肉ソーセージだけ「魚肉」になってるんだぜ?? なんでそこだけ魚の肉なんだよっっ!!!! 魚なんだから肉は付けずに「魚ソーセージ」でいいだろうがっっ!!! なんだよ魚肉って!! 紛らわしいんだよテメエッッ!!!!!

 ……いや〜ん! ちょっと話が飛んでしまったわ。魚肉ソーセージのことなんてどうでもいいのに。
 いかんいかんこれはイカン。「アフリカ大陸からたった一人で中国を目指す」という壮大な旅行記の中で、魚肉ソーセージのようなつまらなくちっぽけなものをテーマに話をするなんて、格好悪すぎるぜ。もっと男らしい、スケールのでかいことを話題にしなければ。
 ということで、気分を一新して今からは
「芯なし2枚重ねふんわりトイレットペーパー」について話すぜ。魚肉ソーセージよりは大分スケールがでかいだろう。直径だけ比べても10倍以上あるぜ。
 もうみんな御存知だろうが、中国のトイレでは他のアジア諸国(左手が紙代わり)と違い、トイレットペーパーを使う。だからして超市(スーパーマーケット)や小さな売店までいたる所で紙が買えるのだけれども、これが実は気に入ったペーパーを見つけるのが結構大変なのである。
 なにしろ常人の13倍の感じやすさを持つと言われる高感度のオレの尻に接触するのに、ごわごわした硬い紙では失格なのである。ごわごわした硬い紙の分際でオレの肛門をケアしようなんて、
100年早いぜ。では合格の条件はというと、高感度の尻に触れても決して暴力的な表現を見せないソフトな手触り、いや尻触りの、それでいてシングルのように薄すぎず3枚重ねとか厚すぎず、加えてできれば最初から芯が抜いてあるユーザーフレンドリーなペーパーが理想なのである。芯については、中国ではトイレットペーパーは備え付けではなく各自持参が原則なので、そもそも芯がある必要が無いのだ。アルデンテである必要が無いのだ。
 もちろん、オレも無知な入国当初は「たかがトイレットペーパーじゃないか」などと、トイレットペーパーの気持ちなど考えずに心ない言葉を平気で投げかけていた。あの頃は、
紙ならなんでも同じだと思っていた。オレは見る目の無い、世間知らずの愚か者だったのさ……。だが、中国に来て数ヶ月が経ち、目と尻が肥え職人のこだわりを持つようになった今、そんじょそこらのトイレットペーパーではオレを満足させることはできないのだ。
 だから町でスーパーマーケットに入るといつもオレはお気に入りの、条件の整ったペーパーがあるかどうか探し回るのだが、なかなか理想的なトイレットペーパーにはめぐり合えない。だからこそ今回のように「芯なし2枚重ねふんわりトイレットペーパー」との奇跡的な出会いを果たすと、たとえバラ売りをしていなかったとしても、買わずにはおれないのだ。だって、次はいつこいつに会えるかわからないんだぜ? もしここで「セット売りの大きなお徳用パックしかなくて持ち辛いから」という理由で購入を諦めて、手持ちの紙が無くなったらどうするつもりだ? 紙無しでトイレに行くのか?? ごみ箱の他人の使用済みの紙を再利用するのか?? 
汚くてこん倒するだろうがよっっ!!! そうなったら責任とれるのかよおまえっっ!!!!!

 だから、オレは移動の直前にもかかわらず「芯なし2枚重ねふんわりトイレットペーパー」を1パック購入した。これでこん倒せずに済むと思えば、ちょっと荷物が増えるくらいなんだ。
一人旅では、こういう計画性が大事なんだよっ!!! わかったかこのド素人がっっっ!!!!

 ……ということで、登封から3時間かけてオレは許昌の町へ移動した。すぐに駅前の大きな宿にチェックインすると、先ほど買って来たトイレットペーパーをパックから出した。



 いやあ。











 
さすがに16個1パックはちょっと多過ぎるんだよな……(涙)。これを1ヶ月や2ヶ月でなくそうと思ったら、尻がいくつあっても足りないぞ? 今年中に使い切れるんだろうか。
 オレはそれからしばらく移動のたびにトイレットペーパー
16ロールを持ち運び、客に呼び止められないちり紙交換屋になった気分を味わうのであった。

 さて、ここ許昌の街で宿泊していた部屋は、値段の割には広くてお得感漂うものであった。こんな感じで。






 こんな感じで値段の割には広くてお得感漂うものであった。で、あるが……。合計でここには5泊ほどしたのだが、どうもオレには不安なことがあった。毎晩毎晩、眠れない。ここに来て急激に寒くなり、体調を崩し喉が荒れて辛いというのも理由のひとつだ。目の前に自分の真っ赤に荒れた喉が出てきたら、
彫刻刀(浅丸刀)でサックリサックリ削って滑らかにしてやりたいくらいの荒れ方だ。しかし、もうひとつ眠れない理由がある。それは、壁にかかった絵が気になるのだ。
 この部屋は昼間でも薄暗く肌寒く、よって夜になると一層心細くなるのだが、そんな中で視界に入るたびにオレの心を惑わす、この「座る女性」の絵。








 帽子を深くかぶっているせいで顔が隠れている。全体的に明るくなく、右手の指先の動きは人間らしくなく不気味だ。
 はっきり言っておくが、オレは心臓が弱い。大学時代に女の子と一緒にディズニーランドに行ったことがあるが、ホーンテッドマンションでオレは突然飛び出て来たオバケに本気で
「キャーーーー!」女性以上の甲高い声で叫んでしまい、ドン引きされたことがある。それほどに心臓が弱いのだ(持病だからしょうがないの)。
 ともかく、部屋にいるとついついこの顔の見えない女性の絵に目がいってしまう。そしてジーっと絵を見ていると、なんだか女性が徐々に絵から浮き出て来るような気がしてならないのだ。寝ている時も同じ。暗闇の中では姿は見えないが、脳裏に焼き付いた絵の中から顔のない女が抜け出し、空中を飛び回っているようなそんな気配が続くのである。

 ところで以前、作家のゲッツ板谷氏の本でこんな記述を読んだことがある。もし宿泊しているホテルの部屋などでただならぬ気配を感じることがあったら、確認のために壁にかかっている絵画を外して裏返してみるとよいそうだ。そして、絵の裏側にお守りが入れられていたら、それはその部屋で良くないことがあった証拠(つまりなんらかの事情でその部屋で亡くなった人がいるということ)であるというのだ。
 実際にゲッツ氏は、仕事で泊まったホテルで夜中に部屋の壁の中から不気味な話し声が聞こえたため絵を外して調べたら、案の定
裏側にお守りがびっしり敷き詰められていたということがあるらしい。それは、その部屋でかなり派手に不幸な出来事があったということを意味するものだ。おおお……わなわな……(震え)

 そんな話を思い出したオレは、眠れない夜に「試しにこの部屋の絵も裏返して見てみようか」という考えが、ふと頭をよぎった。なので、すぐに電気を点けて、改めて、顔のない女性の絵をよーく見てみた。では壁からこの絵を外して、裏返しに…………
 
できないって〜〜〜〜〜〜っ(涙)。だって、触るのも無理だもん(泣)。近づきたくもない。それに、仮に裏返してみて本当にキョンシーを封じるお札みたいなのが何枚も貼られてたりしたら、失神するぞオレ。怖さで失神しながら失禁するぞ。ダップンもするぞ。……でも、お漏らししても16ロールもトイレットペーパーがあるから安心なんだけどね。失禁もダップンもどんと来いってんだ。というのはウソ
 そりゃあ裏返してみて何もなかったらほんのちょっとだけ安心するかもしれないが、しかしあった時のマイナス効果が大きすぎる。お札があったからって仮にフロントに頼んで部屋を変えてもらったって、同じホテルにいるというだけで嫌じゃないか。結局、壁の絵を裏返して見るというのは
何も生み出さない行為なんだよ。そもそもこの話を知ってしまった時点で、「ああ、あの壁の絵の裏にお守りがあったらどうしよう……(号泣)」といらぬ恐怖に襲われることになるんだ。今やもうどこのホテルに泊まっても、どんな爽やかな絵が壁にかかってても怖いもん。裏側にお守りが並んでいる姿を想像しちゃって。みんなも外泊する時には毎回想像しようね! そんな戦慄の光景を。最悪な気分になるから。

 まあでも、5日間その部屋で頑張ったよオレは。というか途中から、なぜか急に怖くなくなったんだ。だって、1人じゃなくなったから。ここはシングルルームのはずなのに、ある時部屋に戻ると赤い帽子を深く被った影のある女性がいて、それから数日は彼女と一緒に過ごしていたから怖くなかったんだ。部屋に篭りっきりで、電気も点けず食事も摂らずにずっと2人で過ごしていたんだぜ……。5日目にホテルの人が掃除のために無理矢理部屋に入って来て、それで恥ずかしがって彼女はいなくなってしまったけど。
 そういえば掃除の人は、なんだかオレを見てチェックインの時とは別人のように痩せているなんて言って驚いていたなあ。それでどこかのお寺の道士を呼んで来て、お祓いを始めたんだ。オレも体にお札をたくさん貼られて叩かれちゃった。ああ残念だなあ。もっと赤い帽子の彼女(悪霊)と一緒にいたかったぜ……。

 さて、チェックアウト後、長途汽車(長距離バス)で5時間先の洛陽へ移動。3泊して今度は7時間で南陽へ。更に2日間かけて9時間半と7時間で西の町天水に行き、それから東に6時間半戻り宝鶏の街へやって来た。ここまで約10日。あちこち動き回ったが、この間の出来事は例によって本に書いているのでここには詳しく記載しませぬ……。

 10日の間で最後に訪れたこの巨大な宝鶏(パオチー)の街、宝鶏は日本語読みでは「ほうけい」だが別に街全体がドームのように覆われているわけではない(大人の話)。ここは「五丈原」という、三国志の有名な古戦場の足場になる街だが、ここのところ連日動き回っていてそろそろ疲れから腹痛+下痢(いつものやつ)に襲われそうな予感がしたため、オレはここで1日、休憩を取ることにした。もはや周囲からは「下痢ーズブートキャンプのゲリー体調」と呼ばれるオレほどの人間になれば、姿は見えずとも気配だけで下痢の接近がわかるのだ。
 休憩日は、基本的にはパソコンをいじりながら宿でゴロゴロする。パソコンとタ○タ○(たまるたまる)をいじりながら、
ゴロゴロしながらコロコロする。
 ところで、ここのところ、夜になっても眠れない日がなぜか続いている。許昌あたりで絵が恐くて寝られなかったのだが、それから場所が変わってもどうしてなのか毎晩毎晩眠れないのだ。呪われているからだろうか? ただでさえ日本ではヒョロヒョロしてると言われていたオレなのだが、ベトナムでの肺炎を経て今は日本出国時のヒョロヒョロよりもさらに体重が10kg近くも落ちてしまっているのだ。毎回旅に出ると痩せて帰ることになるのだが、今回は期間が長いだけに体重の減少も過去最高である。ハリウッドでは、
スティーブンキングの映画「痩せゆく男」の主演をオレにオファーしようという意見もぼちぼち出始めているらしい。
 なので、思う存分タ○タ○(たまるたまる)をコロコロいじった後で、近くの薬局に良く寝られるようになる薬を買いに行くことにした。

 この宝鶏の街は、少林寺の登封はもちろん通過して来た許昌や南陽といった都市よりもずっと都会である。薬局に行く途中には大きなブライダルショップがあり、ウィンドウの向こうに派手なドレスをまとったマネキンが何体も飾られていた。今の時代、中国でもこういう洋風のを着るんだな……。結婚披露宴でウェディングドレスを着た新婦が登場すると、どんなに残念な新婦でも友人(女性)が
「すご〜い! ○○ちゃんキレイ〜〜〜〜〜!!」自動的に叫ぶという茶番は中国でもあるのだろうか? オレは昔ホテルでバイトしていた時に披露宴の給仕を何度もしたけど、どう見ても明らかに絶対的に残念な姿の新婦に対して「○○ちゃん、すっごくキレイよ!」と叫んでいる友人がいると、思わずスリッパで後頭部をおもいきり叩いて「そんなわけねーだろっ!! パコーン!!」とツッコミたくなったものだ。
 …………。今、かなり女性を敵に回しただろうかオレ。まあいいんだよ。どうせ元々オレに味方なんていないんだからさ。

 薬局は、日本のドラッグストアの敷地を何倍にも広げたような中華サイズの店舗であり、なぜか入店するや否やビックカメラやアパレル風に
「何かお探しですか〜?」とおばちゃん店員が声をかけて来た。調べてメモっておいた「安眠薬」という文字を見せると、該当の棚にすぐさま連れて行ってくださったこの現地で働く親切なおばちゃんである。あなすばらし。
 商品棚には各製薬会社の安眠薬がずらりと並んでいるが、オレには違いがわからないし説明してもらっても理解は出来ない。よって、用法だけ見て「1日1次・就寝前」に飲むという薬を購入することにした。よーし、これにしよう。これをレジに持って行こう今すぐにでもっっ!!!



「ウェイ、コーコー(ちょっと、おにいさん)」


「なんだい?」


「それ、プーハオ(よくないよ)」



 オレが手に取った買う気まんまんの安眠薬に対して、なぜか薬局おばちゃんは
「それは良くないよ」というように手を振っている。なに。どうして自分の店の商品を否定しているのかよこの人は。……かわいそうにこの安眠薬。毎日寝食を共にしている店のスタッフにも愛されていないのかキミ(安眠薬)は。なら、なおさらオレに愛される権利はあるよな。



「おばちゃん、これにします。これ下さい」


「それ良くないよ! プーハオ!」



 おばちゃんはすぐ近くにあった別の種類の安眠薬を手に取り、それを指差して手で「まる」のポーズを作った。「こっちを買え」というジェスチャーだ。しかし、どちらも同じような安眠薬の名前であり、なぜか値段も一緒。それなら、1日1次だけ飲めば良いこちらの薬の方が楽じゃないか。オレは楽をして生きて行きたいんだ。勉強も仕事もせず。それでいてモテまくりながら。
 だいたい、楽をした方が出世できるんだぜ? 知ってた? 草だって楽をすることによって「薬」に出世できるんだから(言葉あそび)。



「あの、こっちなら1日1回だけでいいみたいですよ。おばちゃんが持ってるのは毎食後って書いてあるでしょう? 僕、楽な方がいいんです。楽なのがいいんです心から。だから薬も楽なこちらにします」


「プーハオ、プーハオ! ニー、カンカン(ちょっと見てみなさい)!」



 オレの目の前にオレが選んだものとおばちゃんが選んだもの2つの薬を並べて、箱に印刷されている「成分」と「効能」の部分をそれぞれ指でなぞるおばちゃん。
「ほら、これを読んでごらんなさいよ。こっちの方がいいでしょう?」という得意気な顔をしている。そして最後にもう一度、おばちゃんは自分の薬を指先で叩き、親指と人差し指で「まる」のポーズを作った。



「知らんがなっっ!!!! あんたオレと元々言葉が通じてないんだから、中国語の成分とか効能を読ませても無駄だということに気付けよっっ!!!! だいたい客がどの薬を選ぼうと勝手だろっ!! 値段が同じなんだから店の利益はどっちでも変わらないでしょうが!!」


「チッチッチッ(違う違う、と言うように人差し指を左右に振るおばちゃん)」



 するとおばちゃんは、今度は自分が持っている(オレにすすめようとしている)薬の、パッケージ上のある部分をオレにアピールして来た。そこには、その薬を販売している会社のWebサイトのURLが記載されている。



「……なになに? 『ほら見ろ、この薬にはちゃんとホームページがあるだろう』って? ……えっ? ふむふむ、『それに比べて、こっちには(おばちゃん、オレが選んだ方の薬のパッケージをぐるっと1回転させる)、そんなシャレたものは(もう一度おばちゃんおすすめの薬の方のURLの部分を指差す)、ありません(おばちゃん、手を交差させてバツ印を作る)』ですか。そうか〜なるほどね〜〜こっちにはURLも無いのか〜〜
って関係あるのかそれっ!! 別に公式サイトが無くても立派に薬は薬じゃないかっっ!!! 公式ホームページも作れない零細企業の製品も大切にしてあげましょうっっ!!! そもそも中国の会社なんだしさあ、ウェブサイトとか似合わないじゃん!!!(偏見)」



 なぜにこの人は、言葉が通じない面倒くさい外国人に
ジェスチャー問答までして他社製品を買わせようとするのか?? しかもURLの記載があるとかないとかいう薬の質自体とは全く関係ない事情のアピールまでして。
 悩みながら2つの薬を見比べていたら、おばちゃんが一旦奥の方に消え、何かカタログのようなものを手に戻って来た。今度はなんだろう。おばちゃんはそれをオレに渡すと、もう一度ジェスチャーアピールを繰り出した。



「なんですか? ほうほう、『ほら見ろ、この薬にはちゃんとカタログがあるだろう』、って? なになに、それに比べて、『こっちには(オレが選んだ薬を指差す)、そんなシャレたものは(カタログを指差す)、ありません(おばちゃん、手を交差させてバツ印を作る)』。
だから関係無いんだっつーの!!!! カタログも作れない零細企業の薬だっていいでしょ!!! なんでそこまでしてこの薬を買わせたくないわけあなたっ!?」



 オレがまだなびかない様子を見て、続けざまにカタログの中の画像の部分を示して来るおばちゃん。そこには、若い白人の男女のグループが飛び上がったりガッツポーズをしたりとエネルギッシュに動きながら、満面の笑みを浮かべて「ボクたちわたしたちこの薬のおかげで良く眠れて結果こんなに元気になりました」というようにアピールする写真が印刷されていた。



「ほおほお、『(ジェスチャーで)この人も、この人も、この人も、みんな飛び上がって喜んでいるだろう』、って? 『ヤングな白人だってこんなにエンジョイしてハッスルする優秀な薬なんだ』、って? なるほど、それに比べてオレが選んだ薬は……
ってもういいよっっ!!! あんたの言い分はわかったから!!! ちょっと考えさせてくれっ(涙)!!!」



 なんたるおばちゃんのしつこさ。オレはこうなったらとりあえずホテルに戻ってしばらく考えようとも思ったが、どの安眠薬を買えば眠れるようになるのか、自分を信じればいいのかおばちゃんに従えばいいのか、
もうわけがわからなくて夜も眠れなくなりそうだったので、オレは遂に薬局おばちゃんの執念に負け、零細企業を見捨てておばちゃん安眠薬を購入してしまったのである……。
 結局どうしてそんなにおばちゃんが執念深かったのかはわからないままだが、もしかしたらオレが選んだ方の薬には有機リン系の農薬が入っていたり、中国製品だけに
突然爆発したりといったアクシデントが頻発しているのかもしれない。最近中国では携帯電話や圧力鍋やオフィス用の椅子ですら爆発して人が死んでいるので、実はオレもおばちゃんに命を救われていたのかもしれない。参照記事
 というか、だいたい
どうやったら椅子が爆発するんだよ。これからは椅子取りゲームをする時も、自分の席をキープする前にその椅子がどこ製のものかを確かめなければいけないじゃないか。鬼になりたくないからといって、争って中国製の椅子を奪って座った瞬間爆死なんてことになったらたまったもんじゃない。

 それにしても、この広い薬局には、お客さんと同じくらいの数の店員がいる。ひとつの棚に3人も案内役がついているぞ。薬の値段がそもそも日本の何分の1の安さなのに、それでこれだけの人間を雇えるというのは中国では人が余り過ぎて人件費がタダ同然ということではないだろうか。気の毒だ。
 薬局を出るとオレはしばらく街を散歩し、食事を済ませた。Uターンしてホテルに戻る途中に、また先ほどのブライダルショップの前を通りかかる。ガラスの向こうのドレス姿のマネキンがあまりにも綺麗だったのでじーっと見ていると、いきなりマネキンと目が合った。



 うーん。








 
ズガーーーーーーーーーン!!!!!!








 
生身ですっっ!!!! この人たち生身の人間ですよっっ!!!!

 なんてこった……。この人たち、
何時間も前から全く同じ姿勢でマネキン代わりに陳列されている……。本物のモデルを雇って毎日展示する方がマネキンより維持費がかからないって、人件費が安いにもほどがあるぞ。なんか、見ていて辛くなってきた……。いつでもどこへでも自由に動けるバックパッカーとは正反対の立場にいるよなこの人たち。

 さあ、まあそれじゃ安眠薬も手に入れたことだし、これを使って今夜は今までの睡眠も取り返せるように、30錠ほどウイスキーで流し込んで思いっきり寝よ〜〜っと。そのまま死の〜〜っと。






今日の一冊は、読んでてハラハラが止まらない凄いマンガ……! 
ブラック・ジャック創作秘話〜手恷。虫の仕事場から〜










TOP     NEXT