〜成都:陳麻婆豆腐への道〜





2コママンガ


ポリポリ












グゴーー


2コママンガ:終わり




 中国語は難しいというか、だいたいエジプトトルコパキスタンインドと世界各地のマクドナルドで
狙ったバーガーを逃さずモノにしてきたオレ(ジゴロバックパッカー)だが、英語が通じないマクドナルドはここ中国が初めてである。また、スマイルが売り切れているマクドナルドも中国が初めてである。入荷予定も無さそうだ。
 むしろ客であるオレの方がポニーテールの若い女性店員を見て
ニヤニヤとスマイルを振りまいており、これではどっちが客なのかわからない。むしろ店員がうまく笑えないのであれば、業務提携ということでオレのニヤニヤスマイルをこの店舗に置いて0円で販売してもらっても構わない。オレのいやらしいスケベ笑顔が少しでも世の中の役に立つなら本望だ。多くは要求しないので、売り上げの30%だけをオレにバックしてくれればそれでいい。結局0円だけど。
 ともかく、スタッフは中国語にしか対応しないものだから成都のマックでオレはマックシェイクを「チェイコチェイコ(これこれ)」と言いながら指さし注文したのだが、すると店員が
「サンペイ?」と聞いて来た。もちろんオレは三平ではないが、もう面倒くさいので「そうそう、さんぺいで〜す」と適当にあしらったところ、なぜかマックシェイクが3個出てきた。
 ……どうやら「サンペイ」というのは3杯という意味だったようだ。いったいどんな流れで店員が「サンペイ?」とオレに聞くことになったのかは定かではないし身に覚えがないが、「さんぺいで〜す」と答えてしまったのはたしかにオレだ。裁判で戦っても負けは見えている。だから、今さら返品は出来ない。仕方なくオレはキンキンに冷えたストロベリーシェイクを一人で3杯飲み干すと、
見事に下痢になった(号泣)。なんで「サンペイ?」って聞いて来たんだろあのお姉さん……。持ち帰りならまだしも、ここで飲んで行くって言ってるのに3杯も一人で注文すると思うか普通……(涙)??







 でも、下痢にも負けず夜は四川省名物「川劇」の会場に行ってきました。写真の1番左で歌っているのが僕です。


 さて、翌日は1日中近所の子供達とサッカーをしていたので、とても腹が減った(オレは世界のどこでも、サッカーをしている人々を見かけたら飛び込まずにいられないんだ)。噂によるとこの成都には、「陳麻婆豆腐店(ちんまーぼーどうふてん)」という有名なレストランがあるらしい。なんでもこの「陳麻婆豆腐店」は、日本でもポピュラーな、
誰でも知っているある中華料理世界で最初に開発した店だというのだ。さあみんな、いったいそれは何の料理だかわかるかな? ※ヒント:店の名前
 答えは、あんまり早く明かしてしまうと面白くないので、まずはこれから一緒に陳麻婆豆腐店を目指す仲間たちを紹介しようじゃないか。
 まず一人目。宿の受付を手伝っていた留学中の日本人。あんまり馬があわなそうなので詳細不明。
 そしてもう一人。中肉中背の大学生の旅行者・K山くん。大学で中国語を専攻しており、中国旅行経験も豊富だそうだ。カタコトの中国語会話でそれなりに現地人と喋れてしまうのが凄い。
 そして3人目はこのオレ。中国語は全くだが、「中国にメイドカフェを作ったら、
これがホントのメイド・イン・チャイナなんつってぐふふふっっ……」などと常日頃中国の発展について考えている頼もしい好青年。俗称は「引きこもり王子」。

 ……という面子で、宿から歩いて10分の陳麻婆豆腐店へ歩を運ぶことになった。これはワクワクするじゃないか。
なにしろこれだけ個性の強い3人が、一時的とはいえなんの因果か同じ目的に向かって行動することになってしまったのである。そりゃあ到底一筋縄でいくわけがない。読者の方々も、ハラハラしてしまって気が気ではないだろう。
 ともあれ、3人で宿を出て他人行儀な話をしながら(なにしろお互いに今日が初対面なので)歩くこと9分。順調に進めば残り1分で陳麻婆豆腐店へ到着ということになるが、「宿から歩いて10分」というのはあくまで適当に「10分くらい」という意味であり正確に誰もが宿の敷地を出た瞬間から数えて10分00秒00のタイムで店に到達するということではない。そのあたりの誤差はどうかご容赦願いたい。でも、もうすぐなことはたしかだ。豪放磊落(ごうほうらいらく)なこの3人が酒を飲んで「誰が1番強いか決めようぜ〜!」なんて話になって殴り合いでも始めない限りは、もう間もなく陳麻婆豆腐店へ無事至ることであろう。

 そんな時、オレたちの前に最後の砦として1本の道路が現れた。片側2車線ほどの広い幹線道路であるが、横断歩道まで行くと面倒くさいため、ここはうまく交通の隙を狙ってタタッと横切ろうということになった。ここさえ越えればもう、オレたち3人の聖地であり、
お互いの利害や小さなしがらみを忘れて共に目指して来た目標の地、陳麻婆豆腐店が目の前なのである。果たしてこの「陳麻婆豆腐店」が発明した、日本でもポピュラーなある中華料理とはいったい何なのか。その答えを皆さんにお知らせする時も近づいて来たのだ。 ※ヒント:店の名前をよく見ると……?
 オレたちは今、道路に沿って設けられている歩道におり、車道を窺いながら今か今かと車の列が途絶えるのを待っている。もちろんその時(車の列が途絶えた時)には車道を横断して向こう岸まで渡ろうとしてるわけだ。尚、安全のためこの歩道と車道の間には、ガードレール代わりに鉄柵が設けられている。いや、鉄柵というか、ただパイプのような長細い鉄の棒が、地面から50cmもないような低い所に横向きに設置されているだけだ。公園にある鉄棒(逆上がりとかするやつ)、あれがめちゃめちゃ低いところ、リンボーダンスの世界記録くらいの低位置にある状態をイメージしてもらえばいい。この鉄柵は人間が車道に出るのを防ぐために備え付けられているのだろうが、結局膝の高さほどしかないために
赤子でもない限り余裕でひとまたぎである。こんな低い鉄棒で、人々の横断を防げるわけがねーだろうがっ!!!! このちゃちな柵すら市民が越えられないと思うなんて、侮るのもいい加減にしろよ成都の役所とかで働いてる人たちっ!!!! 人間に備わった運動能力をなめんなっ!!!! 思慮が足りないんだよおまえらはっっ!!!

 と憤っている間に100メートルほど先の車道の信号が赤になり、車の列がピタッと止まった。よし、じゃあゆっくり渡ろう。余裕を持ってね。
 オレたちは膝の高さの鉄棒をあらよっと跨ぎ、むしろオレなどは足が長すぎて柵は足首ほどの位置にしか来ないため、目をつぶってお茶の子さいさいで乗り越え、車道に出た。車はまだまだま〜〜〜ったく来る気配が無い。
 すると、その時だった。



「うおっ!」



 声を上げたのは、K山くんだった。振り返って見てみると、なんと彼は跨ごうとした
ほんの膝の高さの鉄棒に引っかかってバランスを崩しているではないか。……コラコラ。何をやっているんだキミは。ふざけてないで早く来なさいよ。
 ……しかし。誰もがK山くんはすぐに体勢を立て直し道路横断に復帰すると信じて疑わなかった、その場面で。
彼は引っ掛かりから抜け出せずに無言でぐり〜んと裏返り、そのまま尻から背中を道路に叩きつけるように、ダヨ〜ンと倒れてしまったのである!!!

 こ、これは……。

 
そこからおそらく3秒にも満たない時間だっただろう。オレの旅行記はスポ根マンガの進行を参考にしているが、まさにここで流れた時はマンガの中で次藤くんを踏み台にした立花兄弟が空中に飛び出して浮いているシーンのごとくスローモーションであり、まるで数十分に感じられるたった3秒の間にオレの頭には様々な状況認識への努力と疑問と仮説が超高速で渦巻いた。
 どうして今、K山くんはオレの目の前の道路に転がっているのだろうか。……決して子供ではない。彼は
男子大学生だ。いうなれば、人間の生のうちで最も身体能力が高まる年齢を今まさに過ごしている若い邦人男性だ。もちろん彼は極端に運動神経が悪いというようなことはなく、逆に中国をはじめ世界のあちこちを一人で旅しており、むしろ平均的な男子大学生よりも運動の能力値は優れている。運動も勉強も一生懸命頑張る、青春を力いっぱい生きている立派な男子だ。それが、引きこもり王子のオレですらなんの危うさも見せずに簡単に跨ぐことが出来たほんの膝下、地面から50cmにも満たない高さの鉄棒に引っかかって、まだここに引っかかったとしても普通の人間ならば一瞬よろめいた後にすぐ元の体勢に復帰出来るであろう簡単で陳腐な柵に、若い身空、男子大学生のK山くんは、ただつまずくだけでなくそのままぐり〜んと裏返って地面にまで倒れ込んでしまったのである。
 足が短いわけでもない。確実に5頭身以上はある。視力が悪いわけでもないし、必要以上に勢いをつけたわけでもない。ただのんびりとゆっくりと余裕を持って鉄棒を越えようとしただけなのに、
どうして彼はこんなにも体表の多くの部分を成都の幹線道路と接地させてオレの目の前で悲しげに宙を仰ぎ仰向けで倒れているのか。汝、いづくんぞこの低い鉄棒が跨げずに転ばんや。
 ……しかし、
今は原因の追究よりも先になすべきことがある。K山くんがまさに1メートル先で横たわっているこの状況でオレはどういうリアクションを取るべきか?? それを優先して思考するべきである。どんな対応が彼にとってそして我々にとって、ひいては我々の家族も含めた関係者にとって最善であるのか。この判断を誤ってはならない。今こそアフリカから多くの人々にふれあい旅を重ねて来たオレの人間としての器量が問われているのである。 ※ここまで考える間3秒

 そして……



「大丈夫ですかっ!?」


「は、はい……」



 オレは、
人として正しい道を選んだ。目の前で転んでダヨ〜ンと倒れている男子大学生に対して、「大丈夫ですか」と声をかけたのだ。もちろん、肩を貸そうとすることはしない。そこまでの大袈裟なフォローを見せてしまっては、K山くんも逆に屈辱を感じるはずだ。老人ではないのだから、しかもオレより7つも若い現役の男子大学生が、ただ転んで起き上がるために他人の力を借りるなんてそんなことは国家公安委員会委員長が許しても彼のプライドが許さないはずだ。
 もう一人その場に一緒にいた受付の日本人留学生くんは、何も言わず黙っている。彼と比べたら、対応のうまさは年長者としてオレが一歩リードだ。少なくともオレは、見て見ぬフリもしなかったし、ちゃんとK山くんを気遣って「大丈夫ですかっ!?」と
ねぎらいの声をかけている。思いやりを見せている。しかも、オレの方がだいぶ年上にもかかわらず敬語で喋っているのである。
 この「敬語」は、人が人に出会う時の当たり前のマナーではないだろうか。たとえ自分の方が年長だとしても、もちろん親子ほどの明らかな年齢差があるならまだしも、その日に会った初対面の相手に対してはまずは敬語でやりとりをするというのが人としてのあるべき道であろう。もはやオレも30歳を前にし、若いバックパッカーの手本となり後進を育てる義務を担う身。こういう場だからといって、礼を欠くことは出来ない。
人生の、また旅人の先輩として、今まさに自分の恥ずかしいハレンチでなおかつふがいない姿を初対面の人間に見せているK山くんに、少しでも楽になってもらうよう年長者のオレが最良の優しさと思いやりで接してあげなければならないのだ。

 もちろん心に傷を負ったかもしれないが肉体的にはケガもなくピンピンしているK山くんは、自分の力で(しかしオレの心遣いに背中を支えられるように)鉄棒を掴みやや照れながらすっくと立ち上がり、再びその両の足の裏で中国の大地を踏みしめた。

 そして…………、
同時にオレは我慢の限界を超えた。



 く……ぶ……




「ぶぼっっ(遂に吹いた)!! くくく……あっ、あ、あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっっ(大爆笑)!!! おおお〜〜〜〜っ(涙)!!! ごはははははっっ(号泣)!!! な、なんで〜〜〜っ!!! なんでこんなところで転ぶのキミ〜〜〜っっ(爆笑)!!! だって……K山くん……これ見てっ!!! 膝より低いんだよこれっっ!!! どうやったらこの棒でコケられるのっっ(笑涙)!!!! 有り得ない(涙)!!! そんなバカなぶぼっっ(号泣)!!!!」



「…………」



「ひ〜〜〜〜ひっひっひ(涙)!!! おっほ〜っほっほ〜っっ(号泣)!! ごめん、笑ってゴメン、でも堪えられない……おおおお〜〜〜〜あ゙はははははへへへへえ〜え〜え゙〜〜(笑いすぎて低い声)」





 
だだだだっっ、ダメだっっ(笑涙)!!! 笑ってはいけないとわかっていても、もうこの突き上がる本能からの笑いの欲望を理性で抑えることが出来ないっ(爆笑)!! がははははっっ(涙)!!!!! だって、だってスネまでしかない高さなんだぜっっ???? そこでそんな最後まで転んじゃうっ?? おかしいよっっ!!!! 絶対おかしいっっ!!!! だってキミはカタコトの中国語が喋れるじゃないかっっ!!!! 筆談以外は全く中国語がダメなオレでもこんな余裕で柵を越えられているのに、中国語を喋るキミがなんで中国で転んでいるんだっっ!!! おおおっっ、ひ〜〜〜っひっひっひっひ(号泣)!!!!!



 …………。




「あ〜あっ(笑)……ハァ……ハァ……苦しい……。じゃ、じゃあ行こうか。ごめんね、本当にごめん。だってK山くんが転ぶから……(笑涙)。麻婆豆腐食べに行こうぜっ」


「…………」



 いつの間にか、オレはK山くんに対して
タメ口になっていた。初対面とかそういうの関係ない。こんなに笑わされたのに、今さら鉄棒にひっかかって転んだK山くんに敬語で話しかけるなんて、そんなことしたらますます笑えて息が出来なくなる〜〜〜〜(涙)。オレが悪いんじゃないよっ。オレはいつだって礼儀を重んじる男だ。でも桑山くん、あっいかんいかん名前出しちゃいかん、K山くんが転ぶからいけないんだ〜〜〜っっ(笑)!! オレのせいじゃないんだ〜〜〜〜っっ!!!

 ……そしてこれを機に、
3人は仲良くなった。笑いの力って凄いね。さて、それでは心を新たに団結した3人で陳麻婆豆腐店へ入店だっ!!!

 これが今から100年以上前に陳婆さんが開発した元祖麻婆豆腐。めちゃめちゃ辛いが、山椒の香りと独特の粘り気が最高だ!! 本当に美味しいっっ!!!!








「ぐぼばっっ(豆腐噴出)!!!! ああやややばい〜〜〜ひひひ〜〜〜おお〜〜〜〜またさっきのK山くんの姿思い出しちゃった〜〜〜ぐぶぶぶっっっ(涙)!! ぐひひひっ(笑)!!! ひ〜〜〜っ、ひ〜〜〜〜ひっひっひっひ(号笑泣)、助けて〜〜〜っ、思い出させないで〜〜〜っいひい〜〜っっ(涙)」



「…………。汚いなぁもう……」



 おそらく、オレが数年前に初めて旅に出てから、
旅先で最も激しく苦しく笑ったのが今日この日の出来事、K山くんの転倒であろう。もしオレの中にがん細胞があったとしても、今ので消えたんではないだろうか??
 オレは食事の最中も5分に1回はあの柵のところで彼が
ぐり〜んと反転して倒れ行くシーンを思い出してしまい、その度にぼばんっっ!!! とバーストした。おかげで陳婆さんが開発した元祖麻婆豆腐が、息苦しくてほとんど食えなかった(涙)。

 K山くんは散々オレに笑われたあげく、帰国後は新宿の陳麻婆豆腐店で1回だけメシをおごられる代わりに書籍「三国志男」の中国語監修をやらされ、なぜか巻末に出版社の社長と並んで大々的にフルネームを掲載されるのであった。



これが、K山くんが越えようとしてダヨ〜ンと転んでしまった現場。およそ成人男子が引っかかる高さではない。(K山くん本人撮影)(あまりにも笑われたため記念に撮ったそう)






今日の一冊は、
戦争の空気感が伝わって来て、止まらなくなる力作 卑怯者の島 戦後70年特別企画










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