〜成都(チョンドゥー)〜 現在時刻は午前10時。成都到着まであと4時間ほどだ。 徹夜で立ち尽くし疲労困憊していたとはいえ、神経質なオレが硬座で座りながら寝られたのはほんの3時間であった。ましてや、今はオレの荷物の領空を中国人乗客の口から吐かれるおぞましい毒液(汚染物質)が右へ左へ蝶よ花よいくよくるよと飛び交っているのである。おちおち寝られたもんじゃない。 だいたい、全日本プロレス時代の永源遙のたった一人のツバ攻撃ですら観客は傘や新聞紙を持って防御していたのに、それが今は通行人含め無数の中国人のツバ機銃掃射が行われ、それを我がバックパックはヒラリマントも持たずに丸腰の状態で右から左へ受け流し続けているのである。これはセコンドに就いているオレが寝ている場合ではない。持ち主のオレが心をこめて励まし、あわよくばドスで胸に「闘」の文字を刻んで「オレもいつでもおまえと一緒に戦っているんだぞ」という決意を見せてやらなければ(男塾名物・血闘援)、バックパックも気持ちが折れてしまうではないか。 ……なんだ。何か文句あるか。なに? 前回の章の最後では、「目が覚めた時には、もはや夢の成都はオレの眼前20kmに迫っているのであった」と書いてあるって?? もうほとんど到着してたはずなのに何で時間が戻ってるんだって?? だから、夢の成都は目前まで迫っていたけど、目が覚めてみたら現実の成都はまだ全然遠かったんだよっ!!! そう簡単に着いてたまるかっ!!! 章が変わったら一気に時間が進むと思ったら大違いなんだよ!!! オレの旅行記はスポ根マンガの進行を参考にしているから、2時間の出来事を描くのに平気で3ヶ月くらい引っ張れるんだっっ!!! 会話だって1秒間に3往復分ぐらい成立させることが出来るんだぞっっ!!! 「キミは、これから成都へ行くのかね?」 「はいおじさま。その通りです。僕は四川省の省都である成都へ行くのです」 「そうか。キミは学生かね? 成都の学校へ通っているのかい?」 「いえ、そうではありません。成都へ行くからって生徒なわけではありませんよ(笑)。僕は観光旅行に来た日本人なのです」 「なに、日本人だったのか! それにしてはそれなりにいろんな中国語を知っているじゃないか」 「そうなのです。僕はいろいろなことを知っているのです。日本では80年代にこんなコーヒーのCMがありました。『さくら剛は知っている……。(ソプラノで)ダバダ〜ダ〜ダ〜ダバダ〜ダバダ〜♪ ダバダ〜〜ダバダ〜〜ダ〜〜〜〜〜〜♪』」 「さすが違いのわかる男」 ※ここまでの会話、経過時間1.17秒 ……ダバダ〜♪の部分はもちろんおなじみのねつ造会話であるが、それでも他の部分それなりに隣のオジサンと話が噛み合っているのは、だいたい中国人との会話がパターン化して来たからである。 オレが老若男女様々な現地の方々に話しかけられる際、大抵聞かれるのが、「おまえは学生か?」である。「学生」の発音は「シュエション」なので、出会いしなに相手の口から発せられた文章の中に「シュエション」という言葉が含まれていたら、必ずそれは「おまえは学生か?」と聞かれているのである。オレは「学生が休み時間にシュエション(連れション)に行く」、という語呂を考えて見事にこの単語をマスターしたのだ。 そもそも、文字で表した場合「学生」は中国でもそのまま「学生」だ。右から左に流れるニョロニョロした文字が落書きにしか見えなかった遠い国から旅をして来たオレからすれば、これはもの凄いことである。つまりは世界で唯一日本と同じ文字を使う国が中国であり、唯一中国と同じ文字を使う国が日本であるのだ。そんな家族みたいな国同士なんだから、もっと仲良くすればいいのになあ。納得いかないことがあったら、まずは話し合おうよ。オレたちは家族じゃん。いきなり家族の食べる餃子に毒を盛るとか、やめてくれよなっ。伊達政宗の母親じゃあるまいし。 ちなみに隣のこのおじさまは筆談で職業を聞いてみると「司机」、辞書で調べたら「運転手」ということだが、物腰柔らかで教養のある口調が物語るように、いっさい唾を吐かないお人だ。要するに所かまわずペッペッとやるのは別に中国の常識という訳ではなく、中国人の中でもマナーや道徳をわきまえている人はそんなことはしないのだ。 ただ、悲しいことにそのマナーの良い人の割合はもの凄く少ない。「プロ野球珍プレー好プレー集」の番組の中での、「好プレー」が放送される時間くらい少ない。結局中国人も珍プレー好プレー集の番組構成と同じで、ほとんどは珍プレーな人間ばかりなのである。 それではとりあえず、メシを食おう。もう昼前のいい時間だ。 中国で移動の時に食べるものといえば、何をおいてもカップラーメンである。中国のカップラーメン、これも稀に運が悪いと劇薬が入っていて食べた人間がバタバタ死んだりするが(なんでだよ)、そこに当たらなければ非常に重宝な代物である。そのあたりは悩んでいてもキリがないので、貧乏人は「死んだらその時はその時だ! ええい、ままよ!!」と踏ん切りをつけて食べ始めなければならない。 中国では宿の部屋に必ず熱湯の入ったポットが置かれているし、電車の中にもどこかに熱湯が用意されているらしく、そこかしこの乗客がこぞって方便面(カップラーメン)をすすっている。 オレはカップラーメンを持参していたがどこに行けばお湯が貰えるかわからなかったため、あたりの様子を伺いながら虎視眈々と待機し、蓋の開いたカップめんを持ったガキが通ったところでおもむろに後をつけ、ガキの真似をすることで無事に車両後ろの給湯器から熱湯をゲットすることができた。いやあ、電車に乗っているガキも、ストレス解消のためにひっぱたいて泣かす以外の使い道もあるんだなあ。初めて知ったぜ……。 あっしのカップ面。致死量の劇毒が入っているかどうかは、食べてからのお楽しみ☆ さて、そろそろ3分間経ちましたね。なにしろついさっき窓の外の石山で怪獣と戦ってたウルトラマンが、胸をピコピコさせて慌てて帰って行ったからな。 あついあつい!! でも、うまいね〜! これぞ古里の味!! 日中友好の味!! 「カ〜〜〜ペッ! カ〜〜〜ペッ!!」 …………。 オエ〜〜〜ッ(涙)。 通路を挟んだ反対側の座席のおばちゃんの面々(珍プレー軍団)が、タンを吐きまくっている……。ラーメンを食っているオレのすぐ隣の通路の床に、ベチョ〜ンとした、ネッチョ〜ンとした、ラーメンを食いながら観察するのには全く適していない粘着質の物体の数々が……。勘弁してくれよ〜。食欲無くなるだろ〜〜っ(涙)!!! なあ、ここは本当に孔子がいた国か?? なあ、2000年経って孔子の末裔のこいつらの行状はなんだっ!!! どいつもこいつも君子には程遠い姿じゃねえかっ!!! 春秋戦国時代よりこの車両の乗客の方がよっぽど乱れているんだよっっ!!!! ……ところが、オレがしばらく乱れる漢民族の惨状を憂いていると、不思議なことが起こった。車両の通路はとにかくひっきりなしに乗客が行ったり来たりしているのだが、なんと最初は床の上にその形をしっかりとデロンととどめていたおばちゃん産の汚物、その汚物が、通路を500人くらいの中国人が通過した後は、跡形も無く消滅しているのである!!! 凄い!! これは中国の気功師による物質消失の奇術だろうか!? それともテレポーテーションか?? オエ〜〜〜〜〜〜〜ッッ(号泣) ということでオレが一気に箸が止まりチンタラと麺にスープを吸わせていると、向かいに座っている角刈りのおっさんもカップ面を作り出した。お湯を入れて体内時計で3分間待ち、そしてフタを開けるとおっさんはいきなり……、液体スープと粉末スープを袋のど真ん中から思いっきり裂き、そのまま袋ごとラーメンの中にドバーンと放り込んだ。 ……おい、ちょっと待て待てっ!! なにをやってんだあんたっっ!!!! 作り方間違ってるぞっ!!! 普通さあ、スープの素の袋を開ける時は、なるべく端っこの部分を小さく切るだろう? それでその小さなスペースから液体なり粉末のスープを絞り出すだろう?? ど真ん中から真っ二つにして、しかもそのままカップに投げ入れてどうするんだよっ!!! チマチマした作業が苦手なのかっ!!! 豪快な海の男かあんたはっ!!! それじゃあスープがうまく溶け出さないから、絶対この人「なにアルかこのラーメン! 味が全然しないアルよっ!!」と嘆くことになるぞ? ちょっと見ていようっと。 オレが心の中で完全におっさんを嘲笑しつつ動向に注目していると、おもむろに彼は袋ごとカップ麺をかき混ぜ始めた。 …………。むむむむむむっっ!!! するとどうだろう。1周麺を回すごとに徐々にお湯に色がつき出し、何巡目かには見事なラーメンスープが出来上がったではないか!! そして最後におっさんは空になったスープの袋を取り出し、ポイッと捨てている。 …………。 ガクッ。 ま、間違っていたのは、オレの方だ。 そうだ、スープの素を端っこから切って搾り出すと、どうしても最後の何滴か、もしくはいく粒かの粉は、袋に付着して出てこないままその役割を終えることになる。しかし、彼のように中央から大きく切り広げて袋ごとお湯に浸せば、スープの素はお湯に侵食されて残らず溶け出すのだ!! つまり彼の方法の方が、日本式すなわちオレのやり方よりも確実にスープの素を使い切ることが出来ているのである!!! おおお……、なんということだ……。オレは、中国4000年の歴史を侮っていた……。さすがラーメンを発明した国。本場のラーメン道というのはなんて奥が深いんだ……(涙)。おみそれしました(号泣)。 あっ。 成都に着いた!!!!! もう書くのが面倒くさくなって一気に成都に到着したっっ(涙)!!! さあ降りよう。 隣に座っていた教養のあるおじさま(マイリャオさん)は、「お世話になりました」と手を差し出すとわざわざ立ち上がって両手でオレの手を握ってくれた。オレは感動したぞ。この人こそが君子じゃないか。たしかに、珍プレー軍団に混じってこのように時々はちゃんとした君子な人もいるんだなあ。マイリャオさん、これからも君子同士、力を合わせて世の中を良くして行きましょう。 午後2時40分、四川省の省都、かつて「三国志」の時代には蜀の国の都であった大都市・成都に着いた。昨日の朝、麗江の宿を出てから約32時間。もう……、疲れた。もう何もかも嫌だ。アイドルなんてもうウンザリだっ。オレだって普通の男の子みたいにオシャレや恋を楽しみたいんだよっっ(号泣)!!! この期に及んで市バスに乗りセコセコと移動し、安宿界ではその快適さで名を馳せる「シムズコージーゲストハウス」へ。ドミトリーへチェックインするとオレはベッドに抱きついて頬ずりをした。ああ……かわいいベッドちゃん……会いたかったよ〜〜(涙)。おお……やわらかい……、白いっ!! 清潔(泣)!! 初々しい(涙)!!! ベッドちゃん大好きだ〜〜〜〜っ(号泣)、ん〜〜〜むチュッ☆ ベロンベロンベロンッ!! ぐが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(爆睡) おはようございます(5時間後)。 あ〜良く寝た。生き返ったって感じだよ。そうだよ、ここに到着したときのオレは死んでたんだよ。だって体中に死斑が出来てたもん。口の中から蛆が湧いてたもん。全部食ったけど。 隣のベッドの東洋人「グッドモーニング!」 オレ「はろー。アーユージャパニーズ? 一見中国人ぽいけどバックパッカーをしているということはジャパニーズ?」 「ノー。アイムチャイニーズ」 「なにっ!! 中国人バックパッカーの方でしたかっ! 珍しい!! ひょっとしてあなたはお金持ですね?」 「そんなことないよ。プレイステーションを3台持っているけどそんなに金持ちではないよ。ねえ、よかったら今から一緒に夕ご飯を食べに行かないかい?」 「行こう行こう! 生き返った記念に美味いものを食べに行こう!!」 「ところで、キミはジャパニーズだよな。ひとつ聞きたいことがあるんだがいいかい?」 「いいよ。国家機密以外は何でも話しちゃう」 「ハマザキ○ユミって、整形してるっていう噂は本当?」 「それは国家機密だからちょっと答えられないかな。というか、知らんがなそんなもん。すごいワールドワイドな噂なんだねそれ」 なぜかいきなり日本の闇の部分を暴く質問をして来た隣のベッドの若者は馬くん(マーくん)といって、国内を一人で旅している中国人青年であった。彼は北京の航空会社に勤めるパイロットの卵で、今は休暇を利用して国内を旅しているらしい。やはりパイロットとして、今まで幾人もの女性に好き放題操縦されポイッと乗り捨てられて来たオレというプロペラ機に興味を感じ、声をかけてきたのであろう。 たしかに、最近自分でも少しプロペラ機の自覚は出て来た。マレーシアのジャングルで「チンブラヤッホー♪」と叫びながらイチモツをプロペラのように振り回していた時などは、自分でもあまりの迫力ある旋回ぶりに「このまま仰向けになったら、空を飛んでジャングルから脱出出来るのではないだろうか?」と思ったほどである。ジャングル上空に現れる卑猥な未確認飛行物体だ。 ということで、一緒にというか馬くんにおんぶに抱っこで連れて行ってもらった中級レストランで適当に頼んだのは、麻婆豆腐に麻婆茄子に鶏肉とナッツの炒めたの。さあ、食うぞっ!!! 鬼のように食ってやるっ!!! がばっ! がばがばっ!! ガホオオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!! か、辛いっっ!!!! 死んじゃうっ!! ちんじゃうっ(涙)!!! ちんじゃうロースっ(号泣)!!! ドバドバドバドバ〜〜〜〜〜(発汗) 「お客さま〜、大丈夫ですか〜? タオルどうぞ〜〜」 「シェーーー!!! 謝々!! ありがとうございます(涙)。意外と優しいんですね(号泣)。中国人なのに(偏見)」 そうだった。ここは四川省だから、出て来る料理は全て激辛四川料理なんだ。日本では3日に1回は昼メシをカラムーチョで済ますカラムーチョ愛好家のオレだが、それでも本場の四川料理は舌を焼き千切られるような破壊力である。 同じ中華料理のメニューでも、雲南省で食べていたものと辛さが全然違う。カラムーチョのマスコットキャラクターのヒーおばあちゃんなんかカラムーチョを食べたくらいで火を噴くんだから、激辛四川料理なんて平らげた日にはすぐさま胃と喉をやられてお旅立ちになられるに違いない。 ドバドバドバドバ〜〜〜〜〜(発汗) ちんじゃうっ(涙)!! ちんじゃうロースっ(号泣)!!! だが……、それでも美味いぞ(号汗+泣)!!! 滝のような汗をお店の人が貸してくれたタオルで拭きながら、オレはご飯を4杯食べた。 やっぱり四川料理は本場に限るね! だって日本では本格四川料理なんて高くて食べられないからなっっ!!! 四川料理+馬くん 今日のおすすめ本は、三国志小説の王道 三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33) |