〜東南アジアふらふら〜





 あっ、ほら見て! ニコチアナの花が咲いているわ!
 綺麗ね……。ニコチアナの花言葉は、「あなたはまだ一人ですか」

 …………。

 
じゃかましいっ!!!! なんだその人の神経を逆撫でする花言葉はっ!!! 花までオレをおちょくってるのかっ!!! 常日頃オレがこんなに愛でてやっているのに、花の方はオレの愛に対して愛で応えることは出来ないのかよっっ!!!

 ああそうですよ。
まだ一人ですよ。けっ。でもオレは、愛に応えないおまえ(ニコチアナ)と違って相手の悪意に対してすら愛で返せる人間だから。ほら、そんな悪意まみれの君にも愛を込めてお水をあげるよ。たーんと飲んでよく育つんだよ。ペッペッ(唾)。じょーーーー(お小水)
 だいたい、人生は旅のようなものだと言うではないか。バックパッカーなんてほとんど一人旅なんだから、長期旅行者というのは旅と同じで人生も一人で歩んで行く人種なんだよ。オレだけが珍しいんじゃない。旅行者はみんな同じなんだ。
……そんなのいやだ〜〜〜っ(号泣)!! 旅と人生は違うんだ〜〜っっっ(涙)!!!!

 メーホーソンから、午後3時発のバンコクへの直通バスに乗った。またもや窓の開かないエアコンバス。車内の空気は冷たく寒気がするくらいで、換気がされないまま傾斜のきつい山道を20秒に1回急カーブを曲がってグイングイン走る。


 
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ


 当然
乱れ飛ぶ吐しゃ物。各座席にゲロ袋が備え付けられているが、袋の中に吐いたってなにしろ窓の開かないバスは部外者の進入出来ない完全なる密室。飛び散る残虐な匂いは車内の全乗客を刺激、本来はお強い人々もどんどん共犯者となり、もらいゲロという悲劇の連鎖が起こるのである。もらいゲロといっても、もらい猫やもらいものみたいな感覚でお歳暮でゲロをもらったという訳ではない。
 そんなこんなでバスはゲロにより浸水、時が経つにつれどんどん水位は上がって来た。ドリフのコントで、メシを食っていたら雨漏りで部屋が水浸しになり、最後には水槽のようになってプカンプカン浮きながら食事を続けるというのがあったが、まさにバスの中はその状態である。乗客はほとんど
無重力状態で液体の中にプカプカと浮かびながら、それでも懲りずに吐き続ける。そして深夜にサービスエリアでドアが開いた時には、壊れた水族館状態で乗員乗客とゲロが一斉にザザーーッと流れ出るのだった。

 ……あっ、言い忘れてたけど、今の部分だから! 
ここまでの文章は食事中の人は絶対読まないでよ!! いい? ちゃんと忠告したからね!!


途中の休憩で食べた魚(詳細不明)の丸焼き。食べてすぐ吐いた(キャッチアンドリバース)。



 バンコクに舞い戻って来たのは、決してマンガ図書館に通うためではなく、ここを経由して次の国に向かうためだ。つまり、もうこれでタイでの予定は全て終わったわけだ。
 よし、スケジュールを全てこなしたんなら、自分にご褒美をあげるべきだ。アザラシやペンギンなんかは、芸をしたらその都度エサを与えられるじゃないか。オレだって夜行バス17時間の苦行で散々ゲロゲロゲーッ!!
ゲーをしたんだから、ちゃんとエサをやっておかないと次から反抗的になってゲーをしなくなってしまうかもしれない。それはみんな困るだろう。子供たちだって楽しみにしているんだから。
 ということでエサのマンガを読みふける、いや、日本が世界に誇るサブカルチャーを外国人に質問されてもすぐに受け答えができるように、研究して知識を習得しようと粉骨砕身している作者。








 まあ一応出かける時は出かけて、ウイークエンドマーケットなどに。


双頭の犬






歌う若者






 ある日、マンガ図書館で「ベルサイユのばら」を一気に読み切った後、感化されて目にいくつも星を浮かべてキラキラさせながらオレには場違いな男むさい宿の部屋に帰ると、隣のベッドの南海の黒豹さんが40℃の熱を出して死にかけていた。
 南海の黒豹さんというと、なんだ、おまえマレーシアのジャングルから豹を連れて来たのかよっ、あんなに怖がっていたのにいつのまにそんな肉食獣と仲良くなっていたんだよっ、と思われるだろうがこれは本物の豹ではなく日本人旅行者の彼のあだ名である。その容姿がK−1ファイター“南海の黒豹”レイ・セフォーに似ているためにこのように呼ばれているのだ。
 日が変わっても南海の黒豹さんの熱は下がらず、南海の女豹からしまいには南海の迎えが来た老豹へと変化して行くのがハタから見ていてありありとわかったため、同室の暇な(いや、暇じゃないけど、これは友情なんだ!)オレともう一人、ロビ太くんで病院に連れて行くことにした。
 だいたいオレが体調の悪い他人の面倒を見るというのは、かなり
究極のどんでん返しだ。同じ部屋に10人の宿泊者がいて、その中で「誰かが誰かを病院に連れて行く」というイベントが発生するならば、一般的にオレが連れて行かれる方の人間になるはずだ。アフリカのスーダンで10代のアホのTガミくん(仮名)に助けられて泣きじゃくっていた、腹痛マスターまたの名を「下痢ーズブートキャンプのゲリー隊長」と呼ばれるオレの姿を思い出す人もいるだろう。
 その点は、実際のところ旅を重ねる中でオレが成長したのだと思ってもらって構わない。オレが強くたくましく頼もしく、自分には厳しく他人には優しい理想の男性に進化したと
思ってもらって構わない。そんな作者さんと付き合ったらきっと毎日が楽しく夢のような日々が過ごせると、思ってもらって構わない。
 そんなわけで旅行保険の冊子を見て大きめの病院を探し、早速タクシーで老豹を連行した。病院に着いてまず驚いたのは、受付の時点で担当が
若い日本人の女性だということだ。ここは外国なのに、病院の受付が日本人の若い女性なのだ。若い日本人の女性なのだ。女性の若い日本人なのだ(しつこい)。

 ところがもっと最高に驚いたのが、黒豹さんが入ることになった病室だ。ちなみに、彼は
デング熱という感染症にかかっていたことがわかりしばらく入院することになった。マラリアと同じく、蚊を媒体に感染する病気だ。
 で病室までナースのヒップからウエストラインを追いかけていやらしくついて行ったのだが、日本人(VIP)が入院するその部屋は、オレが旅の中で滞在したどのホテルの部屋よりも豪華であった。エアコンにテレビは当たり前、巨大な冷蔵庫に、ふかふかのソファーまであるのだ。さらに、窓の外にはこの部屋専用のバルコニーが付いていて、
穏やかな風を浴びながらバンコク市内が一望できる。ソファーにテレビにバルコニー……。デング熱で40℃の熱出して重体の病人にそんなもん必要ないだろっっ!!!
 しかもそれだけではない。病室の中になぜかもうひとつドアを発見したので開けてみると、それはそれは
見事なバスルーム。キラキラ光るTOTOの水洗トイレに、ゆったりとしたバスタブ。オレは思わず、「ちょっと風呂入って行っていいですか?」とベッドで死んでいる人に無理矢理尋ねて、同行者のロビ太くんに制止された。
 あの、ちょっと黒豹さん……、
あなたどこでデング熱に感染したんですかっ!! どこで蚊に刺されたんですかっっ!!! 教えて下さい!! 刺してっ、オレも刺してくれっ!! オレも旅行保険に入ってるんだ!!! VIPだぞっ!!! なんならあんた(黒豹)、あんたの体からそのままオレに輸血してくれ!!! デング熱のウィルスごと血をよこせっ!!! 入院させろっ(涙)!!!!

 海外で体調を崩して辛くなって病院に行って病院の貧しい設備を見てまた不安が倍増して体調が悪化するという
地獄の連鎖を知っている立場としては、これはかなり悔しい。ほとんどヒルトンホテルである。日本人スタッフはいるし最新設備だしアメニティは充実しているし白衣のナースは優秀そうだ。おさわりも受け入れてもらえそうである。こんなことじゃあ……、病気が治りそうじゃないか。だってスーダンなんて、公共のトイレで検便を採ろうとしたら流れないトイレ前の奴の出した物がそのまま残ってたんだぞ……。いや、スーダンと比べてはいけないが……でも、オレもどうせ病気になるならバンコクでなればよかった……(涙)。
 そうだ、せめて、
せめてあの時初心者のTガミくん(仮名)がバンコクのこの病院までオレを連れて来てくれれば良かったんだよ!! こんなに環境が整ってるんだから!!! なんでスーダンの病院なんかに連れて行ったんだ!!!! Tガミ(仮名)のバカッッ(号泣)!!!

 結局、南海の黒豹さんはカオサンの宿(オレの隣のベッド)と比べてあまりにも居心地が良かったせいか、10日ほどそのヒルトンホテル、もといバンコクなんとかホスピタルに入院していたのであった。

 ……さて、もう十分休んだな。それではそろそろタイを出よう。

 いよいよ出発の日の早朝。オレは長らく同じ屋根の下で過ごした何人ものルームメイト、旅の友の面々に、やや涙ぐみながら別れのあいさつをしようと思ったら全員まだ寝ていたので(用も無いのに早く起きる人間などカオサンにはいない)、
「薄情者(号泣)!!」と捨て台詞を吐いてガスコンロの栓をいっぱいに開き、そのままそそくさと宿を出た。タバコを吸うときには注意してね。爆発するから。
 バンコクから、長距離バスとワゴンを乗り継ぐ。国境を越え悪路の振動で尻を割りながら、東へ16時間(いちいち移動が長いんだよテメー)。その日の深夜に到着したのは、カンボジアの町、シェムリアップだ。
 さてこの町、町の名前自体はあまり知られていないと思うが、観光客の数はカンボジアで1番に多い(というかここしか来ない)。というのはなぜならば、この町はアンコールワットのお膝元であるからだ。アンコールワットというのは一つの仏教寺院の遺跡であるが、これを中心にして広がるアンコール遺跡群が世界遺産に指定され、拠点の街であるここシェムリアップから、たくさんの旅行者が観光に出かけるのである。
 やはり知名度が違う。多くの世界遺産を見て来たが、今までの中でアンコールワットはキザのピラミッドに次ぐビッグネームではないだろうか。東南アジアという場所からしても、今や日本国内での知名度はものすごく高いと思う。
オシリーナ(秋山莉奈)よりアンコールワットの方がずっと知名度が高いと思う。……いや、でもオシリーナをなめちゃいけないよ。ラジオなんか聞いてると、彼女はお尻だけじゃなくトークもシャープなんだから。

 ……ところが、このアンコール遺跡群を観光するにあたり、オレの前に大きな大きな障害が現れた。これだけ有名な世界遺産、大観光地を前にしてあまりにも残念なことで、こんなことになってしまい本当に悔しいのだが……。
 実はオレは……、
仏教遺跡に飽きた。古くはパキスタンのタキシラにタフティ・バーイのガンダーラ遺跡、インドのサルナートにエローラにアジャンタ、ついこの間はタイのアユタヤ遺跡にスコータイ遺跡。だいたいアユタヤとスコータイだけで、「崩れかけたもしくは辛うじて残っている石でできた遺跡」に20カ所は行っている。別に今になって飽きたわけではない。もう3カ所目くらいからとっくにやっつけ観光になっているのである。
 正直仏教遺跡にたいして興味がない立場としては、これは苦しい。例えるなら、格闘技に全く興味がないのに今週は新日本プロレスの興業に、来週はプロレスリング・ノアに、その次は全日本プロレス、そしてみちのくプロレス、バトラーツパンクラス大阪プロレス埼玉プロレスと毎週毎週続けて観戦に行くようなものだ。こんなの、
プロレスファンのオレでも辛い。せめていつかの大日本プロレスのように折れた蛍光灯がレスラーの背中に真っ直ぐ突き刺さったり、いつかのアジャコングのように金網から飛び降りたら盲腸の手術跡が開いて血まみれになったりするようなおもしろハプニングでもないと、集中力が持たないだろう。

 ということでオレはアンコールワットに入場したはいいが、ろくに観光もせずに物売りの子供から笛を買って、一人で作詞作曲して寺院の頂上で演奏していた。

黄昏のアンコール 詞/曲:作者 演奏:作者






 はい……、そんなわけでアンコール遺跡の観光は、
これで終わりです。
 また次回の旅行記でお会いしましょう。ヾ( ̄◇ ̄)ノ))





一応これがアンコールワット。






西部警察






屋台でケンカ売ってるおばちゃん(劇団員風)





今日の一冊は、妙に笑える病院の実録マンガ 病院のないしょ (1) (ぶんか社コミックス)






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