〜ミイラと仮面〜





 屈折ピラミッドを見て、いざ帰ろうとしたところ道に迷った。なんとなく人の気配がする、
村っぽいものが遠くの方、砂漠を下った森の先あたりに見えるのだが、ところがぎっちょんそこまでの道が無い。
 しかしこんなところで帰れなくなって砂に埋もれ、
吉村教授の早稲田隊によって遺体が発掘されるのもイヤだ。現在クフ王のミイラを捜索中の早大生も、「あっ、なんかミイラみたいなのを発見しました!!」と喜んだはいいが、掘ってみたらファラオではなくただのホームページ作者の死体だったなんてことになったら、学術的になんの価値もないもので、実にぬか喜びだろう。しかもオレはそいつに取り憑く。そして代わりに早大生として合コンに参加し、大学生活を謳歌してやるんだ。
 とにかくオレは村に向かって一直線に砂漠を突き進むことにした。こういう場合は下手に迂回して進もうなどと考えると、目標を失う場合がある。そもそもオレの方向感覚は
テポドン2号にすら劣る貧相な精度だし、人生の目標など物心ついた頃にとうに失っているため、せめて今回はこのささやかな目標を見失いたくない。あの植草教授も、迂回して普段と違う路線に乗っていたせいで警察の陰謀に巻き込まれ痴漢で逮捕されてしまったことだし、余計な回り道をせずにまっすぐ家に帰るということはとても大事なことなのだ。

 ということで砂の上をあくまでもまっすぐ進むと、
さすがエジプトだけあって、古〜い墓の大群のようなものや、崩れかけたピラミッドのような謎の物体が次々と出てくる。墓の中を通って行く時などは、いきなり砂の中からズガッ! とミイラの手が出てきて足を掴まれるんじゃないかとやや真剣に想像した。そして実際に声に出して「ひょえ〜〜怖いよ〜」と言いながら通ったのである。墓場まで持って行きたいような、誰にも知られたくない恥ずかしい姿だ。
 たとえ手は出てこずとも、こうして無意味にズカズカと墓に入りまくっているわけなので、もしかしたら今夜あたりいきなりオレの人格が変わり、
「うわっははは。この体は我(われ)が乗っ取らせてもらった。おろかな人類どもよ、貴様らに我の墓を荒らした罰を与えようぞ!!」と叫び出し、そして宿の女性旅行者を触りまくるかもしれない。でもそれはオレではなく、オレに取り憑いた古代の人のやっていることで、あくまで墓を荒らした罰だから。なので女性たちは触られても甘んじて受けなければなりません。それで世界が救われると思えば、我慢できるはずです。




 砂漠の途中で見かけたピラミッド風建物。
 さみしい……




 というように墓を荒らしたおかげで
ナイスな作戦(コードネーム:砂漠の植草教授作戦)を思いつき、実行の可能性と逮捕の可能性を探っているうちにめでたくオレは村にたどり着くことが出来た。
 しかし。
 オレはここでエチオピアのど田舎と同様、世界で最もやっかいなのは
普段外国人を見たことが無いガキどもだということを思い知らされることになった。
 あ、あともうひとつやっかいなのが、レンタルビデオ屋で「こっちは何があるのー?」と
アダルトコーナーにいるオレを指さしながら母親に向かって聞き始めるお子様ね。あれほんとやっかいでたまらんね。ちなみにそういう場合すぐお子様は焦った母親に連行されて消えて行くが、気まずい空気はいつまでも残るんだよね。特に自分1人じゃなくて他のお客さんが(おじさんとか)一緒にアダルトコーナーにいると非常に気まずいんだよ。でも借りるもんは借りるけど。

 まあそれはともかく、オレが大通りを求めてひたすら村の細い道を歩いていると、いつの間にやら20人くらいの子供が後ろについて来ているのだ。しかも「ハロー」とか「髪切った?(コージー富田風)」とか声をかけてくるわけでもなく、
クラスの問題児を参観日で初めて見たお母さんたちと同様、ただ仲間内でヒソヒソやっているだけだ。ハタから見たらオレはたくさんの取り巻きを引き連れており、一見来日したマイケルジャクソンのようにスター風に見えるだろうが、オレの場合は守られるどころかむしろ取り巻きに嫌がらせをされているといった状況である。
 そして好奇心が抑えられなくなったアホは、今度はいよいよ順番にオレに
触ってきた。オレが前を向いていると、後ろからケツやカバンにパッとタッチして逃げて行くのだ。集団痴漢ともいえるこの行為は、体に触るだけでなくかなり神経に触る、悪逆非道な犯罪である。
 オレは触られた瞬間に振り返って、ガキどもを睨み付けた。どいつがやったかわかったら、確実にそいつを捕まえて
爪をはがして尻をライターで燃やしながらしばくのだが、集団に紛れてしまってどれが該当のカスガキだかわからない。まあもしかしたら、これもガキの体を利用して古代人がオレに墓を荒らした罰を加えているのかもしれない。そう考えるとボディタッチも甘んじて受けなければならないのかもしれないが、触る方ならいざ知らず、自分が触られるとなると許せん。オレは常に触る側の人間でいたいのだ。

 しばらくの間、そうやって触られては立ち止まり立ち止まってはガキを睨み、怒りが蓄積されいつ暴発するかわからない北朝鮮軍部みたいになってきたところで、今度は前からやってきた高校生くらいのガキが、すれ違いざまにオレの髪にスーっと指を通してきた。
 もしオレが女だったら
「えっ? な、なに? 出会ったばかりだっていうのになんで私こんなにドキドキしてるの……?」と自分は外国でならモテるということに気付いて、それいらいどっぷり旅にはまり海外で出会った現地人と結婚してしまったりするかもしれないが、残念ながらオレは男なので、ドキドキはせずに見事に暴発した。
 オレはそいつの腕を捕まえ、前田日明ふうに眉を剃り落として迫った。



「おいなんじゃテメェわれ。コラ。なに勝手に人の髪にさわっとんじゃこの古代人が。なめてんのかこのやろおお!!! なんだおい!! なんじゃテメーボケぇっ!!!」



 さすがにナイルと共に5000年の歴史を持つエジプトのガキも、外人といえど
怒る時は怒るし、モテない時はモテないということに気付いたようで、たじたじとしだした。オレは早速包丁を取り出して悪さをしたそいつの指を切り落とす準備を始めたのだが、しかし残念ながら、近くいた他の若者がすぐに「ソーリーソーリー」と謝りながら仲裁に入ってきたために発射しかけた魔貫光殺砲を中止せざるおえなくなった。指詰めも中止である。けっ。運のいい奴め。
 だが「ソーリー」くらいで怒りが収まるはずもなく、とりあえずオレは面白そうにこっちを見ていた他のガキ軍団に
「なんだオラぁぁぁっ!!!!」とボクサーのK兄弟の父親ふうにヤクザ顔負けの凄みを利かせて向かって行った。するとメダカのようにガキどもはあっという間に散っていった。
 くそ……田舎もんどもが……
 おまえら、
いくらオレの髪がファラオの財宝を思わせるような黄金の輝きを放っているからといって、勝手に触るとはなんだ。このマナー知らずどもがウラぁっ!!!
 たしかにオレは日本人だ。きっとこいつらは同じ日本人ということで、昔、
資生堂のマイルドシャンプーのCMで小泉今日子が「さわってもいいよ」と言ってたのを思い出したのだろう。だが、キョンキョンのあれはあくまで日本的な社交辞令なのだ。いや、むしろ仕事で言わされていただけだ。もしその社交辞令を鵜呑みにして本当に触ろうとして近づいたら、SPに取り押さえられ当局に引き渡されることだろう。
 
だいたい、同じアイドル顔の日本人として区別がつかないのはわかるが、あれはあくまでキョンキョンであって、オレは触ってもいいとはひとことも言っていない。それに、もう20年近く前の話だ。これを読んでいる人も半分以上はなんのことだかわかっていないのに、よくおまえなんかの年齢で覚えてるな。

 さて、なんとかバスを捕まえることができたのだが、勇気を持って集団痴漢と戦ったせいでオレはすぐに寝てしまった。1時間後に料金係のにーちゃんにいきなり「おい、着いたぞ!!」と起こされ、寝起きでフラフラになりわけのわからないまま徐行運転のバスから飛び降りてみると、そこは普通に
片側3車線の大通りのど真ん中であった。もし後ろから車が来ていたら、おもいっきりはねられてナイル川まで飛ばされていたであろう。何千年も前の人間を大事にミイラにして保存しているわりには、結構ここは現代人の命を粗末にする国である。勘弁してくれ。

 さて、オレが着いたところはエジプト考古学博物館である。吉村作治教授いわく、この博物館は
世界一楽しい場所であるということだ。まあ作治教授ほどの人ならキャバクラ的な楽しい場所もたくさん知っているだろうが、その教授が世界一と言うからにはここでは本当にキャバ嬢やソー(以下自粛)よりも魅力的なものが迎えてくれるに違いない。

 まず最初にキャバ嬢の代わりにオレを歓迎してくれたものは、キャバ嬢と同じくらい魅力的な数々の
ミイラたちであった。古代エジプト人は、人間だけでなく実に様々な動物をミイラにしているのだ。

 例えばこれは、見てそのままのワニのミイラである。この通り、ミイラにしては人間のものと比べて非常にかわいらしい。目までかわいく描かれているではないか。作ったのは古代の女子高生か?
 同じガラスケースにはネコや犬や鳥など他の動物のミイラも入っており、この箱全体的にミイラというより
アジアン雑貨のお店のショーケースのような、ちょっと旅好きOLが喜びそうな素朴な手作り風の雰囲気である。

 しかし犬やネコはペットとして将来生き返って欲しいのはわかるが、ワニはいったいなんのためにミイラにしているのだろうか。ワニ本人(本ワニ)としては、
生き返ってまでまたワニをやりたいとは思わないのではないだろうか? もしオレがワニだったら、ワニとしてはもう死んで構わないので、もうちょっといい生き物(せめて哺乳類)に生まれ変わりたい。いくら復活しても爬虫類では、女の子に近づいてもキャーキャーと逃げられ悲しい思いをするだけだろう。

 もちろん動物だけでなく、ここでは人間、しかもファラオのミイラがごろごろと展示されている。なんと
ラムセス2世のミイラまであるのである。ツタンカーメンと同じく3300年以上前のファラオであるが、ここではガラスケースに入っているだけで、30cmの距離に接近して見ることができるのだ。3300年前の歴史上の大人物である。こんなの信じられるか?? いいや到底信じられないね。
 このミイラ展示室に並ぶファラオからしたら、卑弥呼や項羽や劉備やキリストですら
1000年以上後に誕生する未来人なのである。もし日本で卑弥呼とか中大兄皇子のミイラが発見されたら、吉岡美穂とIZAMの結婚に並ぶ空前の大ニュースになるはずだ。それが、エジプトでは卑弥呼より1500年以上も前の歴史上の人物、命は無いとはいえ実際にその肉体がここにあるのである。オレはいつまでもラムセス2世の死体から目を離すことができなかった。完全にミイラに魅入られてしまったのである。
 ……今わかった?
 完全に、
ミイラにミイラれてしまった。
 ほら! この旅行記は、真面目な話をしているようでも
随所にギャグがちりばめられているんだよ。

 いやー、しかし彼らも発見されるまで
3000年以上棺の中、やっと発掘されて世に出られたと思ったら今度はショーケースの中でかれこれ数十年、トータル3300年以上同じ状態で、いったいどれだけ退屈なことだろうか。たとえ60GBのiPodに詰められるだけ曲を詰めたとしても、3300年ももたせるのは不可能であろう。オレだったら到底耐えられないことである。おそらくオレがミイラとしてショーケースに陳列された暁には3日も経てば我慢も限界に達し、自分を見ている客をガラスを突き破って捕まえ、「おまえが代わりに入れ〜〜〜っ!!」とガラスの中に投げ入れ交代するであろう。

 さて、ミイラに付き物なものといえば包帯と透明人間と財宝である。
 考古学博物館は2階建てになっているのだが、
2階のフロアの半分のスペースを埋めているのが、ルクソールの王家の谷にあったたったひとつのごくごく小さな墓から発見された、時価200兆円とも言われるツタンカーメンの財宝の数々である。
 もうこれはとにかく黄金。あれもこれもとにかく金である。カーメンさんの座右の銘は黄金である。


 これは黄金の椅子だ。
 あ、なんかこういうの
オレ欲しい。最近腰痛がひどいから、肘掛け椅子が欲しいなと思ってたんだよね。
 いくらこれ。
5000円くらいなら買うけど。どう? ダメ? え? 100億?? それはちょっと予算オーバーだな(号泣)。


 そして、これがツタンカーメンが入っていた黄金の棺。







 
黄金にもほどがある。














 そして、棺を開けるとさらに本人はこんなのを被っていたのである。


 うーん。金ピカ先生も真っ青の黄金づくし。たしかにこれなら門番にも勝っている。これであれば、十分ファラオとしての威厳を保っているといえよう。
 むしろ一番貧相なのは、これを被っていたツタンカーメン自身なのではないだろうか。これだけのマスクを被る肝心のカーメンさんは、もう乾燥して
ワカメレベルのヒョロヒョロ具合なのである。それでも、死んだばかりのツタンカーメンに家来がこれを被せているところを想像すると、鳥肌が立つくらいロマン輝く光景なのだが……。

 これだけの金色の光を放っているならば、もし
仮装パーティなどでこの黄金のマスクを被って行けば、相当な注目を浴びることができるのではないだろうか。ハロウィンの時期などに、ぜひ貸し出しサービスを行ってもらいたいものだ。1日1億円くらいで。でも、もし重すぎて落として割るようなことがあれば10兆円くらいの賠償が発生するので、扱いには注意が必要である。そしてハロウィンで子供がこれを被っていたら3秒以内に誘拐されることであろう。

 ツタンカーメン王は、8歳か9歳で即位して18歳で亡くなったのだが、その死の原因として他殺説が根強いという。そのせいか、発掘を手がけたカーナヴォン卿はじめ、
関係者がツタンカーメンの呪いにより次々に死亡したとか言われたこともあったようだ。上岡龍太郎が聞いたら激怒して退場してしまってもおかしくない話であるが、さすがにこの仮面に3300年の歴史があると考えると、むしろ呪いがあった方が面白いのにとも思う今日この頃である。
 とりあえず、この後オレがスポーツジムのランニングマシーン(ベルトコンベアみたいなのの上で走るやつ)の上でコケて倒れて運ばれて、そこにいた
全スポーツマンの注目を浴び体の傷と同時に一生残る心の傷を負ったのも、ツタンカーメンの呪いのせいだったと思う。





今日の一冊は、仮面と言えばこれです…… ジョジョの奇妙な冒険 (1) (ジャンプ・コミックス)






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