〜階段と屈折の謎〜





 カイロには、毎日宿でマージャンばかりしているため、滞在数ヶ月になるのにピラミッドも博物館も行ったことが無いという、
愛人とラブホテルに行ってカラオケだけ歌って帰ってくるような、なかなか旅人としては理解の及ばない奇特な旅行者がいる。
 だからと言って、別に夜中にマージャンをやって
他の客に迷惑をかけているのでなければそれは一向に構わないことだ。カイロにいる人間はピラミッドを見るためだけにそこにいるわけではない。例えば、京王線の八幡山駅周辺に住んでいるからといって、誰もがカルチャーステーションにZARDのレースクイーン時代のセミヌード写真集や広末涼子の等身大パネルを見に行かなければならないなんてことはない。ましてや今は誰もが携帯電話を持つ時代、別にここでプレミアつきのお宝テレカを買わなくとも、電話をかけるのには不自由しないことだろう。
 そもそもお宝テレカを使って公衆電話で電話をかけるというのは、
書き損じた文字をキン肉マン消しゴム(しかもバッファローマンなどのレアもの)で消すような、本来の使い方であるはずなのに間違った行為である。そんなことはしてはいけない。もし誘拐犯に山奥に監禁されて、隙を突いて脱出して近くに公衆電話を発見、助けを求めようと思ったはいいが財布を見たらお宝テレカしか持っていなかったとしても、絶対にそれで電話をかけてはいけないのだ。本当のアイドルファンだったら、そこまでして助かりたくなんか無いだろう。
 というわけで、八幡山には週刊プレイボーイやスコラのバックナンバーを掘り出しに来る人もいれば、ヤマダ電機やドンキホーテに買い物に来る人たちもいる。だから、マージャンをやりにカイロに来たという人は、とことんやればいい。ただし静かに。

 まあつまり、結局オレがここで何を言いたかったかというと、簡単なことである。
お宝テレかは使ってはならないということだ。言ってるでしょう? だいぶ心を込めて。ただ、それとは特に関係なく、オレは到着翌日から早速観光に出かけたのだ。
 そんなふうに、オレはローカルバスでカイロから南へ向かっていた。


「なあ、おまえエロ雑誌持ってるだろ」


「ないよそんなの」


「知ってるぞ。日本人はエロ雑誌持ってるんだよ。ホテルに隠してあるんだ」


「……」


「なあ、エロ雑誌くれよ。いっぱいあるんだろう。1冊くれ」


「……」


「おい、聞いてるのか。エロ雑誌だよエロ雑誌。日本でたくさん売ってるだろ、エロ雑誌。俺もエロ雑誌欲しいんだよ」


「エロ雑誌エロ雑誌うるせーよ!!! このドーテーズ永久会員がっ!!! よく挨拶もそこそこに初対面の外国人にそんな話ができるな!!!」



 素晴らしく頭が悪そうな話をしつこくしてくるのは、隣の席に座ったローカルエジプト人であった。
 朝も早くから、そんなふしだらな話はよしてもらいたい。オレはもうエロ業界からはとっくに足を洗ったのだ。ゲームだって、ときめきメモリアルやトゥルーラブストーリーのような純愛ものしかプレイせず、決して18禁には手を出さない
硬派な男なのである。エロ雑誌とかそういうオタクみたいな話に巻き込むのはやめて欲しい。



「いいじゃないかよー。おまえの持ってるエロ雑誌にはピー(エロ用語)あるか? なあなあ。なあ、おまえピー(エロ用語)知ってるか?」


「知らないんだよそんなもん」


「なんだよ、おまえの英語は貧弱だなあ。こんなのもわからないなんて」


「お……ま……え……なかなか近頃そこまで度胸ある発言できるやついねーぞコラ……。おまえの貧相な頭を窓から出して対向車で削ってやろうかおい……」


「日本人と、朝鮮人とどっちが頭がいいと思うおまえ?」


「時々おまえと同程度の低次元なやつもいるけどなあ、そんなのは個人差なんだよ。別にどっちが頭いい悪いとかないんだよ」


「違うな。朝鮮人の方が優れてるんだよ。だって朝鮮人は核兵器持ってるじゃないか。核兵器を作れるんだから朝鮮人の方が頭いいんだよ」


「……そうか。じゃあおまえは死ねよ。
いいから死ねって。何も言わずに今すぐ死ね



 
がー! なんだこいつはっ!!!!
 おいおい、大丈夫かエジプト人?? 今までバスや電車で隣の人間と話したことは数あれど、ここまでしょーもない奴と相席したことはさすがに記憶にない。温厚なオレが思わず死ねなんて言ってしまったじゃないか。……こんなこと言ったの、
アタシ初めて。


「おーい日本人! サッカラについたぞー!」


「はい。やっと到着ですか。隣にIQ20程度のバカがいるため苦痛でございました。おおっ!! 階段ピラミッドだ!!! 階段ピラミッドが見える!!!!」



 オレはバスを降り、遠くに見えるピラミッド目指して歩いた。それは紀元前2700年、今から
4700年前に造られた、形の残る最古のピラミッドである。ギザのピラミッドよりも100年ほど遡るものである。






 上の写真を見るとだいたい
犬2匹分の大きさしかないように思えるが、これでも底辺は100m以上あるのである。まあちゃんと見ればわかると思うが、決してピラミッドが小さいわけではない。犬が大きいのである。そう、この犬は体長50mくらいの巨大犬なのであった。オレは人間にはモテないが犬にはモテるためなんとかペロペロやられるだけで済んだが、食われているエジプト人も何人もいた。
 階段ピラミッドとはその名の通り、四角錐ではなくて階段状にできあがっているピラミッドである。なぜこのような形になっているかというのは、
特別な理由などはなく単なる技術不足によるものであろう。まだこの頃は、斜面を滑らかに造ることが出来なかったのである。大体人間の作るものは全て1作目より2作目の方がうまくできるもので、スーパーマリオブラザーズは画面がスムーズにスクロールするが、マリオブラザーズではスクロールなしで自分で段を上がっていかなければならないというのはみんな知っていると思う。あれと同じことだ。
 そして、階段の次の段階(ややこしい言葉)だと思われるのが、10キロほど南下したダフシュールというところにある
屈折ピラミッドである。
 読んで字のごとくこのピラミッドは途中から屈折しているわけであるが、途中から屈折しているといっても、別にある年齢から親の愛情を拒むようになったり、
猟奇殺人事件に異常に興味を示したりするようになったわけではない。もしかしたらそれもあるかもしれないが、ここでの屈折は単純に形の屈折という意味である。
 見事に、地上50mほどの地点でコロッと角度が変わっているのがわかると思う。






 尚、これも写真を見ればわかると思うが、このあたりには観光客どころか
人間がいない。よって、砂漠の中、4600年以上前に造られたピラミッドと自分と2人っきりになれるという、超絶級の不思議な時空体験が味わえるのである。
 片や4600歳のピラミッド。片や生れ落ちたばかりの、
輝き、光出ずる(いずる)新しい命。ああ、なんという美しさのメランコリー、シンメトリーなカタストロフィー。奔る時との聯携、そして尽瘁……その僥倖に長嘆久しく、ただ眼底に一涙成すのみである。
 え? へんな文章だって? 
だって意味わかって書いてるんじゃないもん。まあいいじゃん。へんでも。別に作家でもないんだから。

 しかし、なぜこの屈折ピラミッドは、虐待を受けていたわけでもないのにこんなに屈折してしまっているのだろうか? 興味の無い人にとってはどうでもいいことなのかもしれないが、実際に紀元前2600年という時代に生きていた人たちが一体どんな思いでこれを造ったのか、オレにはめちゃめちゃ興味がある。オレは、
現代の人とのコミュニケーションより、1人でそういうことを考えている方がずっと楽しい。

 この屈折の理由については現在3つの説があるらしい。1つ目は、最初はそこそこの急角度で造り始めたのだが、そのままの角度で行ったら
なんか崩れちゃいそうな気がしてきたため、負荷を抑えるために変更したという説。もう1つは、建設途中で王が死にそうになり、完成時期を早めようと角度を緩くしたという説。最後は、そもそも最初からこういう形のものを造ろうとしたというものである。
 なんか最初の「このままだとうまくいきそうもないからプランを変更した」という説は、女優志望のタレントの卵が、普通に勝負しても到底メジャーにはなれないと気付いたため
途中からAV女優に転身するような感じで、なんだか少しマヌケである。
 ちなみに吉村作治教授の説は2番目と3番目を足したようなもので、王はそれぞれ自分専用の角度を持っており、途中で製作担当の王がフニ王という王からスネフェル王という王へ交代したために、必然的に角度も変わってきたというものだ。フニ王というのは、
ふにふにした感じがファラオとしてはちょっと威厳が足りず不適格だ。

 だが今となってはその正式な理由を明らかにするのは非常に困難であり、ミイラが生き返って語りでもしない限りこの謎は永久に謎のままになることだろう。そこで……

 途中からシャキーン! と変わるこの鈍角を見ながら、オレも屈折の理由が何か無いかなと考えてみた。上の3つの理由の中に必ず正解があるとは限らない。そのどれにも当てはまらない、第4の説もあり得るのではないか?
 それを考え出せば、もしかしたらエジプト考古学界で
名が轟いちゃったりするのではないだろうか。そしてその後は屈折ピラミッドの屈折の理由は大きく分けて4つあります、と世界中のガイドブックに書かれるのではないだろうか。

 ということでオレは考えた。
 こういう時に必要になるのは、逆転の発想である。
 今まで出た3つの説に共通しているのは、なぜかみんな「最初は急角度で造り始めて、途中から緩やかに角度を変更した」と思い込んでいるところだ。……まったく、
これだから学者は頭が固いと言われるんだ。
 違うんだよ。(ここから作者の考案した、学会に波紋を呼ぶ第4の説)このピラミッドは途中から角度を変えたのではなく、最初はごく普通の、一直線の斜面を持つピラミッドだったのである。
 下の図を見ていただきたい。

 この通り、くっせつピラミッドは、最初は赤い線の部分の形、きちんと二等辺三角形になっていたのである。それが、図で言うと灰色の部分、角のあたりが削られて現在のような姿になってしまっているのである。

 では、なぜ最初の状態のままではなく、角が削れてしまっているのか?
 もちろん、オレの説は
その疑問にもキチンと答えているよ。細かいところまで、当事者しか知らなかった4600年前の事情までしっかり赤裸々に明らかにしている。研究者たるもの、真実を求める時は重箱の蓋の裏まで徹底追及しなければいけないのだ。

 この屈折ピラミッドを造ったのはスネフェルという王である。造ったといっても別にスネフェルさんが1人で石を一生懸命運んで組み立てたというわけではないが、この屈折ピラミッドの主であるスネフェル王の息子が、
クフ王である。つまり、ここから数十km北のギザにあるクフ王のピラミッドは、このスネフェル王の屈折ピラミッドからほどなくして建設されたのだ。
 きっと、今から4550年前、クフ王のピラミッドを建築している途中に、王と建築担当者のヘムオンとの間にこのような会話が行われたに違いない。


 ほわんほわんほわん…………(回想シーン:紀元前2550年)



「おお、ヘムオンよ、私のピラミッドの進展具合はいかがかな?」


「げっ、クフ王……」


「なんじゃ、せっかく王としてねぎらいの言葉をかけてやってるのにその渋い顔は。この世界最大のピラミッド建築という喜ばしい偉業を前にして縁起が悪いではないか」


「あ、あの、クフ王さま、なんというかあの、まことに申し上げにくいのですが……」


「え? どうかした?」


「いや、その、まあたいしたことは無いと言い切れないことも無く、ご報告しないならしないでも別にいいかもしれないなんてそんな感じなんですけど」


「なに? なによ? そんな言い方されたら余計気になるじゃん! 言ってよ。とりあえず言ってみなって」


「はい……。実は、スネフェル王のピラミッドなんですが……」


「うむ。父上のピラミッドがどうかいたしたか?」


「あの、我々ギザまで石を運ぶ時に、いつもそのお父様のピラミッドの脇の国道を通るんですけど」


「わかっておる。あの国道出来てから、ダフシュール〜カイロ間が2時間で結ばれるようになったんだよね」


「実は、今回4tトラックの運転を入ったばかりの若いもんにやらせてたんですが、その、ウトウトしてたらしくて、お父さんのピラミッドをトラックでちょっと擦っちゃったんですよ。で角が結構削れちゃって……」


「ちょっと!!! それ本当!!!!」


「すみません、なんか、昨日歓迎会があって朝まで飲んでたらしくて……」


「そんな細かい理由なんてどうでもいいよ!!! どうしてくれんのよ!!?? お父ちゃんに怒られちゃうじゃんよ!!!!!」


「え、でもお父様もうとっくに亡くなってますし、そんなに気にすることないんじゃないかなって」


「何言ってんの!! 生き返るじゃんよ! なんのためにお父ちゃんミイラになってると思ってるの!!! 時が来たら復活するんでしょうが!!!」


「そ、そうでした……。ミイラになってたんでした……」


「当たり前じゃんよそんなの!!! あんたよくそれでエジプト人やってられるね!?」


「も、申し訳ありません」


「生き返って、自分のピラミッドの角が欠けてるの見たらお父ちゃん絶対怒るって!!!」


「うわー。たしかに……」


「どうしよう。お父ちゃんが復活してくる前になんとかしないと。もうサソリのお仕置き部屋に入れられるのはいやだよお」


「……」


「……よーし、わかったよ!!!! ヘムオン、こうなったら、もう他の角も全部削っちゃってよ!!!」


「ええっ!! なんでそんなこと!!」


「角を削ったら形を整えて、こんな感じのカクッカクッとしたピラミッドにしちゃうのよ!!」



「うえー、それは大胆な……」


「で復活を遂げたお父ちゃんがなんか言ってきたら、『あれ? 最初からこういう形でしたよ?』とかみんなでとぼけるの」


「うまく騙せますかねそんなので」


「大丈夫だって。どうせミイラにする時、脳は全部捨てちゃってるから」


「あ、そうか」


「だから、『さすがスネフェル王は発想が斬新だなあ。途中から角度を変えるなんて、他のファラオじゃあちょっと思いつきませんよ』とか言っておだてとけば、なんも考えずに喜ぶよきっと」


「おおお!! クフ王、あなたはなんと深謀遠慮にたけた大人物であらせられることか!! あなたほどの鬼才、きっとこれから先のエジプトにももう見ることはないでしょう!」


「あはっ、なによー、そんな大げさな。そこ褒めるとこじゃないし。ただ悪知恵が働くだけだって」


「いやいや、その頭の良さをファラオ業にも活かす事ができれば、すっごく民衆に慕われると思いますよ」


「もお、それ褒めてんのけなしてんのどっち??」


「あはっ! すいません!」


「じゃ、よろしくっ!」


「わかりました! 早速削っときますね!」



 ほわんほわんほわん…………(回想シーン終わり) 
回想なのか??


 ……こ、これは。
 恐ろしい。我ながら、
ピラミッドに関する今までの学説を根底から覆すような、奇抜で衝撃的な新説を思いついてしまったのではないだろうか。
 屈折ピラミッドだけに、まさに
今までとは違う角度から切り込んでいる。これを書いてしまったら、おそらく吉村作治教授もオレにコンタクトを取らざるをえないのではないか。ビートたけしや雨宮塔子のエジプトのスペシャル番組で、次回あたりオレもゲストで呼ばれそうな気がするぞ。今のうちからドーランの塗り方とか勉強しておかないと……。

 うーむ。
 余計なこと考えてたら、
他のことを書けなくなってしまった……。しかし、あまり人が訪れない無名のピラミッドでさえも、古代のロマンは尽きないものである。






今日の一冊は、マンガ「種の起源」 (マンガで読む科学の名著シリーズ)





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