〜カイロ・サファリホテル〜





 夜行列車で明け方カイロに到着したオレは、そのまま地下鉄でサファリホテルへ向かった。ガイドブックには乗っていないが、カイロの観光名所としてピラミッドと共に挙げられるのが、世界で最も濃い日本人宿と言われるサファリホテルである。
 エジプトから南下してきた旅行者に会うとだいたい話が上った、アフリカの四天王と呼ばれる4つの話題が、強盗の話とエチオピアの悪口、そして
住血吸虫(肌を食い破って人間の体内に入り込み血を吸って生きる虫)とサファリホテルだ。このサファリホテルの評判については良いものと悪いものがあるのだが、統計を取ってみるとだいたい赤西くんのKAT-TUN脱退と同じで、賛否両論だがどちらかというと反対意見の方が多いというような状況であった。
 だが、どちらにしろこれだけ噂になるということは、何か人をひきつけるような
大川さんや福永さんや池田さんのようなカリスマが、どこかにあるに違いない。オレの体は、意識しているしていないに関わらず、カイロに着いた瞬間サファリホテルへ向かっていた。10%増量中という文字が書かれているスナック菓子を見ると必ず買い物カゴに入れてしまうのと同様の、反射的な行動である。
 ほとんど廃ビルのような、
ビルを爆破解体しようと思ったけど火薬の量が少なくて倒れなかったのでそのまま使っているというような薄暗い怪しげな建物の、ひたすら階段を上った6階にサファリホテルはある。一応エレベーターもついているのだが、どう見ても乗った瞬間に落ちると思われる、ラムセス2世が建造したのではないかという程の年代物のどす黒いワイヤー1本で吊る下がっている恐ろしい姿のため、冒険野郎でなければ誰も利用できない。

 この宿は一泊100円のドミトリーにも関わらず、朝から
チェックインをするために順番待ちの列が出来るという、銀だこや移動式のメロンパン屋も顔負けな存在であるのだが、その人気の原因になっているのがサファリのカリスマであり落ち武者である、アモーレ丸山氏である。
 ここはごく普通のアラブ人経営の宿であり、別に丸山氏はスタッフでもなんでもない。
普通のバックパッカーである。ただ旅の途中でカイロを通りかかり、たまたまこの街に見所がありすぎて数年間宿泊し続けてしまっているだけだ。まあ、ある意味住人であるのだが。
 ちなみに氏は
頭頂部はスキンヘッドなのになぜか全体的にはロンゲという、何本もの矢を体に受け瀕死の状態になりながらも、城が落とされたことを本国まで注進に来てそのまま息絶える武士のような歴史的なスタイルをとっている。ゆえに落ち武者と呼ばれるのも必然であろう。
 ただもちろん丸山さんの髪型を見に世界から旅人が集まるわけではない。そんなことでカリスマが身につくのだったら、今頃日本のヘアサロン業界を
落ち武者ブームが席巻していることだろう。芸能界にもこの髪型が大流行し、全員野武士スタイル武士シックスなんていうアイドルグループが出来るかもしれない。

 では、バックパッカーは何を目当てにこの宿に殺到するかというと、それは
アモーレ丸山ディナーショーである。日本人の旅人にとってその知名度は鳥羽一郎ディナーショーと匹敵すると言われるほどの、すさまじい人気(なのか?)のショー&アクティビティーであった。
 ちなみに、アモーレというのは丸山さんが
勝手に名乗っている名前であり、日本とイタリアのハーフとか、現代人と落ち武者のハーフとか、そういうわけではない。しかし他の人間がきっちりアモーレという名前を認めているのは、翻って丸山さんという人物自体を認めているということである。彼はそれだけの、真の侍のような魅力を持っているのだ。

 そうそう、ハーフといえば、丸山氏と同時にこの宿を有名にしているのが
おかまパッカーのもりまちゃん(仮名)である。おかまパッカーというのは「おかま」と「バックパッカー」を合わせた造語であるのだが、その珍妙な言葉は一般的なバックパッカーの間にはもりまちゃんのおかげですっかり浸透している。彼女or彼は正真正銘の男と女のハーフ、ニューハーフなのである。もりまちゃん(仮名)については、丸山さんと違ってどちらかというと危ない噂を聞くことが多い。南アフリカで会った旅行者も、サファリホテル滞在時に寝ている間にベッドに進入されて危機一発だったと話していたし、人づてに聞いた話では、ある男性旅行者が朝方妙に気持ちいいので目を覚ましたところ、ふと見ると股間にもりまちゃ(以下自粛)ということだ(号泣)
 男性旅行者はもりまちゃんに気をつけよう、というのがアフリカ旅行者の合言葉になっていたのだが、もりまちゃんの好みはワイルド系であり、オレは
見向きもされなかった。とりあえず女にも男にもモテないということで、オレがモテるのは人間ではなくて、せいぜい犬くらいのようだ(涙)。帰国したら、動物王国に就職します。

 オレがチェックインした日は、幸いにもアモーレ丸山のディナーショーが開催される日であった。ディナーショーはあまりにも人気があるため、
週4回ほど開催されている。このあたり、そんじょそこらのディズニーランドのキャストよりサービス精神豊富だ。
 その日は、夜行列車で当然寝られなかったこともあり観光に行くなど
もっての外、ただスーク(市場)をひたすらうろついて夜を待った。これだけ夜が楽しみなことは旅に出て初めてだ。もしかしたら、まさみちゃん主演のセーラー服と機関銃とバッティングしても、オレはアモーレディナーショーの方を選んでしまうかもしれない。そのくらい、アフリカのバックパッカーにとって丸山さんは長澤まさみより沢尻エリカより、涼宮ハルヒよりも人気がある、落ち武者アイドルなのである。





 ←カイロのイスラム地区にあるモハメドアリ・モスク
(関係ない写真を挟むことにより時の経過を表しています)




 夕方になると、共同キッチンにどこからともなく宿泊者が集まってくる。これから、アモーレ丸山氏の指導による料理大会が始まるのである。全員で分担してイモの皮を剥き野菜を切り、バケツで米を洗い、そして
炎の料理人丸山ニセシェフが食材をまとめ調理する。料理監督をする時のアモーレ氏は、オシムや落合でもここまで的確で素早い指示は出せないだろうという素晴らしい指導力を発揮するのである。
 そして、丸山さんが派手に打ち鳴らす鐘の音により夕食の時間が告げられる。オレのカイロ初日のアモーレ夕食は、日本風カレーライスであった。

 
オレは、死ぬ時に、今までの人生で食べた一番美味かったメシとして、この丸山さんの夕食を思い出すであろう。

 この食事が一般的に言ってどのくらいのレベルの物なのかは想像がつかない。丸山さんは別にプロの調理人ではなく、
バックパッカー(いわゆるダメ人間)である。しかし、これほどの食事、口に入れた瞬間舌が食材と一体化し、そのまま全身頭のてっぺんから足の先まで食べている物と同化して蕩けて行くような、ああ、蕩けてって何て読むかわからないだろうけど、なんか難しい漢字を使うと説得力があるかなと思って使っただけで、別に自分でもこの漢字を知っていたわけではなく「とろけて」って入力してスペースキーを打ったら出てきたから使ってるだけなんだけど、とにかく美味かったのだ。
 しかし大げさなようだが、たとえサド侯爵に「少しでも声を出したら、おまえの尻をこの棘のついた鞭で力いっぱい叩くぞ」と脅されようとも、
棘が尻に食い込み肉をむしり取られながらも「うめーーーー!!!」と叫び続けるだろう。
 このアモーレ食堂のメニューは和風スパゲティ、ビーフシチュー、とん汁と日々変わっていくのだが、あまりに尋常ではない感動だったため、毎回我を忘れて食いまくり、必ずその5分後に身動きが取れなくなり
う、やばい、胃が破裂するかも……真剣に不安になるほどだった。
 
尚、カイロにある日本食レストランで10ドルも出してカレーを食べたのだが、アモーレ丸山のディナーを食べているおかげで日本食レストランのカレーは全然うまいと思わなかったということを付け加えておこう。

 さて、しかしこれだけで終わってはディナーショーではなく、
ただの給食である。氏のエンターテイナーとしての力が発揮されるのはまさに食事の最中。狭い共有スペースで全員が食事を始めたその時、アモーレ丸山歌謡ショーが開演するのである!!!!
 彼はおたまをマイク代わりにし、
自身で作詞作曲を手がけたバックパッカーの歌をアカペラで激しく唸るのである。ギターを持って弾き語っている旅人はそこかしこで見かけるが、アカペラでバックパッカーの歌を歌うアーティストは初めてである。そしてなおかつ、丸山氏を囲む観客は、ディナーショー初参加の者を除いてメシに夢中で誰も聞いていない。
 しかしショータイムは歌だけでは終わらない。フルコーラス歌い終わると、今度は
自作のパネルを使った丸山さんのアラビア語講座が始まるのだ。ある時は数の数え方、ある時は買い物でよく使う会話、またある時はしつこいエジプト人に絡まれた時に使う言葉をわかり易く説明していくのだが、このあたりになると初参加の者も含めて全員食事に夢中で誰も聞いていない。しかし、それでも丸山さんは毎週毎週旅人のために料理監督をこなし、皆が食事をしている間自分は何も食べずにディナーショーを続けるのである。週4日のペースで。
 正直、
このアホらしさを日本人が作り出せるということがオレにはかなりの驚きであった。日本にも、バカバカしさでインド人に対抗できる人がいる。これは我々が日本人として誇れることであり、時々隠蔽しなくてはならないことであろう(涙)。

 このショーは、序盤は丸山さんのエンターテイメントを楽しみ、その後はその歌や講義を
誰も聞いていないという事象を楽しむという二重構造となっている。観客の興味を絶やさないために非常に良く考えられた演出だ。しかもそこで出るディナーは、特にアフリカを上って来た旅行者にとっては、無人島に流れ着きタニシや木の根を食べて飢えを凌いでいたところある日突然回転寿司屋がオープンしたような、食べるということは義務ではなくて楽しみなんだと思い出させてくれる最高の品である。なおかつ、客の負担は材料費だけ。買出しから調理監督、脚本、主演、音楽、衣装まで全てアモーレさんの好意で行ってくれているのである。彼が落ち武者アイドルとして信望を集めるのも当然のことであろう。

 しかし、これだけのアホパワー(しかし正のパワー)を持ってしても、この宿には賛否両論の否の部分が大きな存在感を示している。
 それは、ある信頼できる旅行者に言わせると「日本人の悪い部分が最も顕著に出ている」といい、また別の女性旅行者はあまりの怒りに宿の中でひと言も口をきく気がしなかったという、その正体は何かと訪ねれば、丸山さんの周りでグループを成している、別の長期旅行者達の存在である。
 前述の通り、この宿は丸山さんのおかげで世界の日本人宿の中でも最高と言われるほど居心地が良くなっているのだが、その結果、
いつの間にか何ヶ月も宿にいついてしまっているという宿泊者が、独自のグループを形成している。そして彼らのその態度こそが、この宿に良い印象を抱かない旅行者を数多く作り出しているのである。

 まあ噂ね。噂。
そんな僕自身は悪いイメージは持ってないんだけど。僕は敵より友達を作りたいから。
 でも、噂に頼ってばかりではダメなので、ここではとりあえずオレが体験した
事実だけを述べようと思う。

 例えば、ある日オレは共有スペースのテーブルで、ロビーにあった本を読んでいた。すると、長期グループが各自キッチンで作ったラーメンを手にこちらへやって来た。その時オレは本に夢中で彼らに気付かなかったのだが、その中のある年配(じいさんとも呼べるレベル)の日本人が突然オレに
「なあおまえ、みんな今からラーメン食うんだから席譲ったらどうなんだ!?」と脅しをかけてきたのである。何の前触れもなく、初対面にも関わらずである。

 また別の日、オレはグループの若い男に「あのー、宿泊費って夜に支払うのでも構わないんですかね?」と実ににこやかに聞いた。するとその男は、いきなり
「チェックアウトは12時です」とだけ答えた。当然オレは「な、なに言ってんだこいつ??」と思ったが、同じ宿にいる日本人としてにこやかさは無くさないようにポカンとしていると、その方は今度は「宿泊費は朝支払うのが、世界のホテルの常識です」お述べになられたのである。

 ちなみに、オレの知っている世界の宿(ホテルじゃないんだけど)の常識は、『支払いの決まりなんて宿によって違う』というものである。そして実際、この男の回答がアホっぽかったため通りかかったアモーレ氏に確認をとってみると、あっさりと「え? 夜でもいいよそんなの」という答えが返ってきたのである。まあ、
世界の安宿の常識として、そりゃそうだ。

 このあたり、2つだけの出来事だがどうだろうか? どちらかというと、良いイメージは決して抱かないのではないだろうか。よしんば本当にオレが見当違いなことを聞いていたとしても、「世界のホテルの常識です」ではなく、「あ、ここは朝支払わないといけないみたいですよー」だろう。それが初対面の会話の、
世界の大人の常識ではないだろうか。
 アフリカで会った数多くの旅行者が語っていたことからして、おそらくこういうちょっとした腹の立つ出来事は、この宿の日常的な光景なのだろう。

 なぜなのかわからないが、世界のいくつかの日本人宿では、長く滞在している方が偉いという意味不明な価値観があり、そこに長くいる旅行者は新しい旅行者に対して上記のようにめちゃめちゃ横柄な態度を取ることがある。
 もちろん、他の国の宿では実に謙虚にしている長期滞在者もおり、むしろ雰囲気の悪い宿を探す方が大変であるとは思うが、残念ながらこのサファリホテルはその居心地の良さが逆に原因となり、むしろ
ダメ人間なのになぜか偉そうな態度という長期旅行者のグループを生んでしまっていた。

 この宿は大部屋がいくつかに分かれているのだが、夜中は毎日長期滞在者がマージャンをするため、その近隣の部屋にいる者は
うるさくて寝られないというのは、今まで何度も他の旅行者から聞いていたことだ。オレは幸い逆方面の部屋に寝ることが出来たのだが、ある深夜は長期グループがロビーでセリアAの試合を絶叫しながら見ていたため、とても寝れたもんじゃなかった。こんな時も長期滞在者は、自分は長期滞在している分だけ他の旅行者より偉いのでこのくらいの騒音は出してもよいと考えるのである。もしくは少し脳の容量がお粗末で、周りに迷惑をかけているということを考えるスキルを持っていないのか。

 ちなみに、彼らにカイロのこと、エジプトのことで何か質問をすると、恐ろしいことにこのように説教される。


「情報ノートに書いてあるから、聞くよりも自分で調べてね♪」


 情報ノートというのは、その宿を利用する旅行者が自分の知っている有益な情報(観光、両替、交通、etc.)を書いていく寄せ書きの集大成のようなもので、このホテルにも何冊も揃っている。たしかにこれだけあれば、どのノートのどこに書いてあるかわからないが、
何時間かつぶして必死に探せば欲しい情報も書いてあることだろう。
 しかし、
なぜすんなり教えないのか?? 「ノートを見てね」と言われてノートから情報を探すより、その場で教えてくれた方が1000倍早く済むではないか。
 宿泊者同士で持っている情報を交換したり、知っている者が知らない人に教えるのは旅行者として日常的なことである。お互い簡単ではない旅をしているのだから、
助け合うのは当たり前ではないだろうか。長く滞在していれば、もちろんたくさんのことを知っているだろう。同じことを何人にも聞かれたら面倒くさくなる気持ちもわかる。しかし、彼らは、他の国に行き今度は自分が初心者になった時、絶対に他の旅行者に質問をしないという覚悟があるのだろうか??
 他の旅行者と情報交換をするということは、むしろ
旅の一部である。旅人は、旅の間中ずっと自分の知っている情報を与え続けなければならないのである。だから自分も貰えるのだ。たとえギブ&テイクが出来ずギブだけになってしまっても、いつか見知らぬ大陸を旅した時は自分がテイクだけになるかもしれない。そうやって順繰りに順繰りにみんなで助け合っていくものだ。オレなんて、いったい何十人にジンバブエのことを聞かれて「マシンゴにある○○って宿、そこのシングルに泊まってたら全財産盗難に遭ったから(号泣)、行く時は十分気をつけてね!!!」と語り続けてきたと思ってるんだ。何十人もの旅人に聞かれたら何十回も同じことを説明する、それが旅行者の務めではあるまいか?? 「何度も同じことを聞かれるのが面倒くさい」って有名タレントかおまえは!!!! 来日中のハリウッドスターでも何度も何度も同じ内容のインタビューに答え続けてるんじゃ!!!


 ……。

 
おおっと!!!
 いかん。悪いイメージは持ってないと言っておきながら、若干
褒めてるっぽくない書き方になってしまったかも。しかも長くなっちゃったし……。一応、褒めてるつもりなのに。敵より味方を作りたいのに。

 でも(すぐ戻る)、普通の旅行者は、みんな時間が無いのだ。長期滞在者にはわからないかもしれないが、たいていの人は一生懸命スケジュールを調整して旅をしているのである。それに対して長期グループは
毎日マージャンをやるほど時間があるのだから、その場で答えて済むことならば、答えてあげて欲しいと思う今日この頃である。そして、自分たちが日本で居場所が無いために仕方なく海外の安宿で威張っているということを、認めた方がよいと思う。そのことを受け入れることが出来、謙虚な気持ちになった時、初めて他人にも自分の存在が受け入れてもらえるのではないか。
 他の宿にいるという有名な長期旅行者や、この宿のアモーレ氏(長期グループの中にも感じのいい人もいた)も、同じ長期にも関わらずきちんと他の旅人に受け入れられているどころか人気があったりする。そこはまさに心の有りようの違いであろう。

 結論からして、今まで幾度と無く聞いていたサファリホテルの良い噂、悪い噂、賛否両論、これを実際に滞在し検証してわかったことは、
アモーレ丸山さんのメシは美味かったということであった。
 それだけでオレは
賛成論者になった。





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