〜ブラワヨービクトリアフォールズ〜





 一連の騒ぎは遂に終わったのである。
 昨日貴重な1日をかけて、ジンバブエの土地を守る神であらせられるスピリッツ様のありがたいご神託を仰ぎ、マシンゴでの盗難関連のイベントはここに全て終了したのだ。思えば、
実に無駄な時間だった。当初の予定なら、今頃はとっくにマラウィでマラマラ言っているはずなのである。まさかその代わりに山奥でトミーとマツのような変身っぷりを見せつけるばあさんの一人演芸を見せられるハメになろうとは、某アイドルの早稲田退学とは違って全く予想だにしなかったことだ。マジで腹立つ5秒前である。

 マシンゴのバスステーションで再びバスに乗り込み待っていると、物乞いが順番にバスに乗ってきて、歌を歌いながら小銭を稼いでいる。子供を背負った母さんがオペラ調で優雅に舞ったり、目の見えないおっさんの物乞いが3人でゴスペラーズも真っ青なハモリを見せたりして、思わず財布を出してしまう見事なテクニックである。とってもとっても好き好きダーリンとか言ってるだけの
某早稲田中退アイドルとは大違いだ。
 たとえ悪口は言っても、アイドルは好きである。そんなわけで、これからオレは東へ向かう。まずこのバスで5時間くらい、ブラワヨという街まで行く。・・・なんちゅー名前だ。いかにもアブとかブヨがウヨウヨしていそうで、文明の落とし子たるこのオレが行くような場所ではないような気がする。いや、しかし名前だけで中身まで判断してはいけない。「名は体を表す」という諺がたいして的を得ていないというのは、
プリティー長嶋を見れば明らかではないか。
 ブラワヨに到着後は、夜になるのを待ち夜行列車に乗ってビクトリアフォールズへ向かう。そして、次の国であるザンビアとの国境はすぐそこだ。

 ブラワヨには昼過ぎに着き、駅で夜行のチケットを買った後はふらふらと博物館へ行ったりして時間を潰したのだが、その昔親に「絶対ちゃんと勉強するから!」と約束して申し込んだ
驚異の記憶術のようにあっという間に飽きてしまい、仕方がないので早々と駅へ戻って読書でもしながら待つことにした。ちなみに余談ではあるが、驚異の記憶術に関しては、嬉々として勉強を始めて約3ヶ月で申し込んだ記憶すら無くなっていた。
 しかしアフリカで博物館に行くというのは実につまらないものだった。何しろあまり展示物と外の世界に差がないのである。もっと言うと、
スピリッツを見たり雨と晴れの境目に立った次の日に鳥の剥製とか普通に見せられても、今更なんの驚きもない。
 尚、オレが今回旅の供に持参した本は、吉川英治の三国志である。アフリカで三国志・・・一見、
某アイドルと早稲田大学くらい不釣合いな気がするが、何をおっしゃるうさぎさん。あくまでもこの旅は中国旅行だ。まさに非常にテーマに沿ったタイムリーな選出ではないか。たしかにブラワヨで読む本ではないかもしれないが、まあどうせ周りは黒人ばかりなので、三国志を読もうが六法全書を読もうが「牝奴隷への扉 新妻秘書・麗子」を読もうが、違いなどわかるわけがないのだ。
 そんなわけで、ホームの壁際のベンチで黙々と読書をしていると、突然
上空から黒人が降ってきた。

ブワサッ!!


「なんだーーーーーっ!?」



ななな、なんなんだこりゃ!!!!

オレの目の前に着地した黒人は、すかさず体勢を立て直し物凄いスピードで走って行く。
・・・。
 そういえば天気予報で、今日は晴れ時々曇り・
ところにより一時黒人って言ってたような気が・・・。いやいや、よく思い出してみればそんなこと言ってない。どうやら、この黒人は背後の壁をよじ登って入ってきたらしい。それにしても、あの急ぎようは一体なんだろうか。静かに読書をしている人の邪魔をしないでもらいたいな。

ブワサッ!!


「ぎゃあーーーっ!!!!!」



 今度は、
警官が降ってきた。なんだ??やっぱり今日の天気は晴れ時々曇り・・・いや、違う。よく見ると、警官が最初に降ってきた男を追いかけている。どうやらこれは、6時のニュースで見るような生の犯人追跡シーンらしい。ただ、今のシーンを6時のニュースで放送すると、オレが肝試しの新人アイドルも真っ青のもの凄い形相でビビっている姿が全国のお茶の間に流れることになるので、なんとかそこだけモザイクをかけてもらいたい。
 
そんなことを考えている場合ではない。上空から降ってきた二人の黒人は、ホームを駆けずり回ってリアルなケイドロ(もしくはドロケイ)を繰り広げている。少年の日を思い出させてくれる彼らは、しばらくは追いつ追われつ、ではなくて追いつ逃げつ走り回っていたのだが、ホーム角の第3コーナーに差し掛かったところでいきなり泥棒の方がすっ転んだ。その手から盗品だろうか、カードのようなものが奇麗にパーンッ!!と弾け飛んだ。そして、すぐに追いついた警官がドロに一発キックをかます。
 
勝負あった。
 泥棒の方はキックが効いたのか
公衆の面前でコケたのが恥ずかしかったのか、抵抗をやめて大人しく警察につかまっている。少年の日のレクリエーションと違い、「じゃあ今度はオレが警官な。」とならないのがリアルなケイドロである。
 彼らの周りには次々とやじ馬が集まっている。当然オレも衝撃の逮捕シーンを見るために、降ってきた黒人のところへ向かった。こんな場面に出くわすなんてことは人生でもそうあることではない。
7月中に夏休みの課題を全て終わらす小学生を見つけるのと同じくらい珍しいことだ。
 遠巻きに見守っている観衆の中から、わけのわかってない外人のフリをして警とドロに1歩近づいてみると、何の変哲もないトランプが地面にバラ撒かれているのが見えた。この泥棒は、トランプ一組を求めて盗みを働き、壁を乗り越えて逃亡しあげくの果てにコケて捕まっているのだ。みっともない奴である。こいつが爽やかな笑顔で
「コケちゃいました!」と言っても、バルセロナの時とは違い誰もスポーツマンらしいとは言ってくれないだろう。
 警官が片手でドロを捕獲しながら片手でトランプを拾っていたので、代わりにオレが盗品を回収してやることにした。拾いきったところで、「今ならこれ持って逃げれるよな・・・」などとは
考えず、ちゃんと警官に渡すと彼は一言礼を言って、ドロを連れどこかへ去っていった。
 正義を見た。こんな遠くの国でも、警官は小さな悪も決して見逃さずに全力で闘っている。なんと素晴らしいことだろう。盗難の被害者に対して
「予言者に占ってもらって来い」などというどこかの国の警官とは大違いである。・・・そういえばあれもここの国だった。

 7時を回り、いよいよビクトリアフォールズに向かって出発する時が来た。オレのいる車両は、4人用のドア付きボックス席がいくつか並んでいるものだった。勿論オレは3人の黒人と一緒にボックスに押し込まれ、夜遅くまで質問攻め、そして郷土自慢大会に巻き込まれることになるのだ。しかし、アフリカを旅する中でオレは
あと何回「ジャッキーチェンは日本人じゃないんだって!!」と説明せねばならないのだろうか・・・。
 さて、黒人達も
日本人いじりに若干飽きてきたようで、「そろそろ寝る?」的な空気がボックス内に満ちてきた。一応寝台とは呼べないものの長イスが上段にももうひとつついているため、ちゃんと全員が体を伸ばして寝れるようにはなっている。ただ、プレトリアで出会った日本人女性はこの電車で貴重品をやられているため、あまりリラックスして寝るわけにはいかない。
 ・・・いや、それ以前に、オレが夜行でリラックスして寝れることは無いので、あまりその点は心配しなくても良い。全国の良く言えば繊細、悪く言えば神経質な人達、
我が心の友よ。汗だくになってシャワーも浴びず、外人に混じって硬いイスの上で汚い服のまま熟睡できる豪快なほとんどの旅行者達よ。呪いあれ〜(呪呪呪呪呪呪)。
 そんなわけで、ウトウトしたりやっぱり寝れなかったりの繰り返しで、30回ばかり寝返りを打ったところでオレは対面で寝ているオヤジの
股間から何かが出ているのに気付いた。

 ↓・・・なんだありゃ??
 なんだかわからないが、オヤジの履いているジーンズのチャックの部分から何か透明のチューブが伸びていて、その先がオレのバックパックのすぐ隣にあるビニール袋と繋がっているのだ。うーん、これは一体なんだ?そしてその謎は、しばらく見ていたらチューブの中を
見たことのある色の液体が通過していくのを見るのと同時に解けた。

 オヤジ用横着トイレですな。


 ・・・。


 バカやろーー!!!
 トイレくらい自分で行け!!!第一、わざわざそれを発明して装着する方がトイレに行くよりよっぽど手間がかかるだろうが!!そして装着点は一体どうなっているんだよ!!こいつのは物凄く先っぽが細いのか??
 やばい。そのホースの着水点であるビニール袋に接しているオレのバックパックの命は、もはや風前の灯火である。電車がちょっと激しく揺れようもんならすぐにでも
破水だ。
 だが、もちろんこのまま我が荷物が浸っていくのを座して待つだけのオレではない。すぐに行動を起こす。オレは
たぽんたぽんしている貯水池を刺激しないようにしながら、あくまでも慎重にオレのバックパックだけを引き寄せた。そして浸水しても大丈夫なように、オレの靴とともに高地へ移動させた。・・・はあ、これで安心だ。
 もしオレがどこででも寝られるような豪快な体質であったならば、オヤジの怪しい装備に気付いてこんなしょーもないことに四苦八苦することもなかったんだろうなと思いつつも、やはりオレは
寝れない体質でもいいから小便まみれにはなりたくないと思った。まあそもそもどこででも寝れるような豪快な奴らは、オヤジの小便にまみれるくらい全然気にしないだろうが・・・。





今日の一冊は、たいのおかしら (集英社文庫)






TOP     NEXT