〜アガスティア〜 オレたちは夜の闇の中を元の場所、いつものところに戻って来た(どこやねん)。どこやねんと言うと、バラナシ旧市街のターニングポイント、ゴードウリヤー交差点近くのなんだかわからないごちゃごちゃした店の前がシワ改めムンナの活動地点である。 「じゃあおにいさん、さっき話していたサイババの一番弟子、アガスティアさんのところに行きますか? この時間なら外国人が行けばすぐに見てもらえますよ」 「行きたいけど、今日はもう残り体力があと僅かなんだ。明日とかどう? 一緒にエロ映画館に行ったから、約束どおりムンナさん一週間は無料でガイドしてくれるんだよね」 「でもアガスティアさんは2日前にバラナシに来て、とても忙しい人ですから明日はもういないかもしれないです。話を聞くだけはタダですから、行きましょう」 シワ改めムンナの金欲が非常によく伝わってくる。なにが「とても忙しい人」だコラー! そんなに忙しい大人物ならそもそも貧乏旅行者の相手をする暇なんてあるかアホッッ!! だいたいオレは、金の話をしているわけじゃなく体調が悪いと言っているのである。それなのにオレの体などどうでもよく、とりあえず「話だけならタダです」と定番の金欲トークだ。この極悪人が。ボケカスッ!!! DV男!!! ED!! おまえはEDだ!!! ガンガーを泳いで渡ろうとして河イルカに足を引っ張られて溺れて死ねっっ!!!!! 大きな買い物をしようとまとまった金を持ち歩いている時に強盗に遭えっっっ!!!! 2,3箇所刺されろっ!!! 自分で自分の内臓を見るようなことになれっっ!!!! ※このように激しく怒っているのは、実はここに至るまでにかなり真剣にムカつくことがあったからですが、それを書くと雰囲気が面白おかしくなくなってしまうので深くは述べないようにしようと思いまする。 ちなみにムカつくことというのは、エロ映画がエロくなかったということではありません。だって、エロなんて好きじゃないもの。よく見る映画のジャンルは、フランス映画とかロシア映画だもの。あまりに長すぎてレンタルビデオだと2巻組とかになってるやつね。 というように珍しく意味深なことを述べておいて、まあとりあえず顔を見るだけ見に行こうかなアガスティア……。断ってしまって明日以降ムンナを見失ったらもう会えないだろうからな……。 「わかったよ。話すだけなら本当にタダだね? すぐ帰ってもいいんだね??」 「もちろんです。あなたが、彼のことを信用できないと思ったら帰ってもいいです。でもアガスティアさんはサイババの一番弟子ですし、占いもものすごく当たるんです。なかなか無い機会なので、観てもらうといいですよ」 うさんくさいなあもう。というよりよくそんな口からでまかせが出るよねあんた。ただの近所の一般人を占い師だと言い張るだけじゃなく、サイババの一番弟子にまで祭り上げるなんて。まるで、発掘!あるある大事典で「驚き!ミートホープ社の牛肉コロッケで健康的に痩せる!」という特集を検証データ無しで組むような、2重の捏造だ。 さて、ムンナの後をついてしばらく商店街を進むと、ほんの3分ほどでアガスティアの家についた。ここは……、違うな。ライババの家じゃない。ライババの話はこちらからしばらく 中に入ると、そこはおそらく日中はシルクでも並べて売っているのではないかと思われる商店風のやや広く長細い部屋であり、正面に低い引き出しつきの机、そのへんに適当に数人のおっさん&若者がいた。しかし、その中にはアガスティアなる人物はいないらしい。 ムンナと並んでしばらく待っていると、入り口に中年のごく普通の商人タイプ、口ひげインド人のオッサンが姿を現した。その瞬間、ムンナが「あっ、来ました! 立ってください!」と大げさに促してきたので、オレは礼儀正しく起立し、ムンナの動きを真似て手を合わせ「ナマステ〜」と言いながらアガスティアを迎えた。 商人タイプオッサンは我々の前を威厳の無い猛スピードで通り過ぎると、偉そうな態度で机の前にどっかと腰を下ろした。 「彼がアガスティアさんです。まずは会ってくれたことにお礼を言いましょう。ダンナワード」 「旦那ワード……」 いやいやいやいや!!!! 誰がアガスティアだっ!!! どっから見ても裏路地で石を投げたら当たる通行人の量産型インド人だろうがっっ!!!! というか、昼間はこの商店の主人のシルク屋じゃないのかこいつはっ!!! 見た目40歳くらい。ライババとは全くの別人であり、若い分動きが素早く説得力の無さは筋金入りである。テレビ番組の催眠術特番に出演し、番組の都合で見事に催眠状態に陥った芸能人でも、アガスティアが出てきて「私がサイババの一番弟子です」と名乗ったら「そんなわけあるかよっ! あははっ(笑)!!」と催眠状態のまま否定しそうである。 オレが言うのもなんだが、こういう場合騙そうとする方は若々しく登場してはダメだ。白髪のカツラでもかぶって、杖をついてヨレヨレと出てきた方が絶対雰囲気が出ると思う。むしろ間寛平くらいのヨタヨタさで杖を振り回しながら出て来たら、少なくともオレはその先のコントが見たくなって金を払うだろう。 しかし3年前にサイババの一番弟子としてバラナシに君臨していたライババはどうしたんだろうか。死んだんだろうか。なんだかバラナシの詐欺業界の栄枯盛衰を感じさせますな……。 というふうにオレが尊敬の眼差しでアガスティア様のご尊顔を拝謁していると、尊師はついにお口をお開きにおなりになった。 「ナマステ。まあ座りなさい。キミは旅行者だね?」 「ははーー(平伏)」 「私に占いをしてもらいたいということだが……」 「いや、別にそんなこと言ってませんけど(心の声)」 「知っていると思うが、私はサイババの弟子であり、サイババとともにインド各地にホスピタルやスクールを建てておる」 ←大ウソ 「ははーー(平伏)」 「だからキミにもインドの病人や子供のために協力をしてもらいたい。全て困っている人のためだ。すなわち、外国人の場合は、占いの料金として4500ルピーをもらっている」 「ははーー(平伏)」 「この料金でよいな? 問題ないな?」 「ははーー(平伏)。しばしお待ちを。おい、ムンナ! こらムンナてめえ! さっき話すだけならタダって言ってたんじゃねえのかおい」 「そうですこうして話すのはタダです。でもアガスティアさんを見て信頼できそうな人だと思いますよね。そのお金は病院や学校のために使われるものです。たくさんの人が助かるのなら、あなたにはそんなに高いお金ではないと思います」 「そうか。日本円に直すと、1万5千円くらいかな。たしかに、それで多くのインド人が救われるんだもんね……今まで僕にこんなに親切にしてくれたインドの人々が」 「では4500ルピーでいいな? 払えるな??」 「ははーー(平伏)。……さて。じゃ、そろそろ帰ります」 オレが腰を浮かすと、アガスティア様は聖人らしくなく慌てた様子でお口をお開きにおなりにおなさった。 「ウェイトウェイト! この料金じゃあ払えないのか」 「はい! 払えません!!」 「ではこうしよう。キミは今はお金が無いかもしれない。それなら、日本に帰ってから病院に寄付をしなさい。帰国して、お金が出来てから近くの病院にお金を持って行けばよい」 「おおっ!! なんたる意表をつく提案!! 本当にそれでいいのですか!?」 「もちろんだ。だから、それはそれとして今この場ではいくらまでなら払えるか言いなさい」 「そうですね〜、なんといいましょうか、強いて言うのであれば、ノラ犬に噛まれて血だらけになって病院に運ばれろっ!! むしろ氏ねテメエっっ!!!」 「なにっ、ウェイト! 待ちなさい! ホスピタル! 困っている人を! お〜い!!」 オレは帰ろうとしたりやっぱりやめたりして料金を下げようとも一切思わず、アホの発する叫びを聞きながらしごくあっさりアガスティア宅を出た。だって、まあ最初からいきなり金の亡者なのは他のインド人と同じだとしても、面白そうじゃないんですもの……。オーラが無いんですもの……。量産型の通行人なんですもの……。 後から出てきたムンナさんは、見越していた利益が上がらず非常にご機嫌斜めな様子であった。 ええい、サイババの一番弟子は、アガスティアなんかじゃないんだい! ライババさんなんだい!! そんなわけで、とりあえず本日はふてくされるムンナを置いて一旦撤退することにした。一応、ガイドをしてもらうということで明日夕方6時半に再び会う約束をして。安心したまえ。まだキミは金づるを失ってはいないよムンナ。 宿に帰ると、オレは明日に向けての作戦を練った。宿に置いてあった日本人旅行者専用の情報ノートをペラペラとめくってみると、僅かながら「アガスティア」そして「ライババ」という占い師に会ったという記述を見ることが出来た。ほほう。ライババは死んではいなかったようだな。 それならば、出来ることならライババにもう一度占ってもらって、ちゃんと3年前と同じことを言うかどうかチェックしてやりたいんだよな。もしあの時と寸分違わぬ内容の占い結果が出たとしたら、それはライババの力が本物であるという証明になるじゃないか。 しかし、いったいどうやって引っ張り出せばいいんだろうか。ムンナにとっては、今回「2日前にたまたまバラナシに来たサイババの一番弟子の占い師」というキャラクターを、もうアガスティアとして紹介してしまっているわけだ。つまり、設定が全く同じ人物であるライババというのは、こちらがアガスティアを知っている限り存在自体が完全なる矛盾になってしまうのだ。仮にオレが「同じくサイババの一番弟子でついこの間バラナシに到着したライババという人に会いたいんですけど……」と希望したとして、「いいですよ」とムンナが言うということ、それはアガスティアと昨日の自分の言動を両方とも否定することになるのである。これは困ったな。 まあ、結局は金の気配さえチラつかせれば道理は引っ込むと思うが……。 オレはその夜、明日のムンナとの会話を脳内で何度もシミュレートしていてほとんど眠ることが出来なかった。ああ、ベッドの中で思い浮かべるのがムンナとライババのことなんてイヤだ……(涙)。恋しているわけでもないのに。むさ苦しいよ〜〜 そして翌日。昼間は「サルナート」という、釈迦が初めて説法をしたという町に観光に行き日本寺などを見たのだが、日本人のオレが改めて日本寺を見せられても今更特に意味は無く、そんなものは釈迦に説法だぜ。 …………。うまく文章がまとまりませんでした(涙)。じゃあ書くなよ。 今日の動画 サルナートでさとうきびジュースを飲む。そして最後に子供連れの物乞いに見つかる。この衛生状態のジュースを飲めるオレの胃腸の成長ぶりを讃えよ!! ということでまとまらない文章と動画のおかげで時の経過を表すくらいのひと段落はついたので、まあサルナートから帰って来た時はうまく夕方になっていたわけだ。 オレはまず宿の部屋に貴重品を全て置いて、財布からも一定額を残し金とカードを抜き、身ぐるみ剥がれても最小の被害で済む装備にしてから、約束の時間にいつもの店の前に向かった。 無防備に待っていると、やや遅れてシワの登場だ。 「おにいさんどうも。では今日はどこに行きましょうか」 「こんばんワイン。すみません、ちょっとド忘れしちゃったんですけど、お名前なんと仰るんでしたっけ?」 「ワタシはムンナです」 「チッ……つまらん。そうそう、シワ改めムンナさん。じゃあ今日は、旧市街を散歩したいです。いろいろガイドしてくれますか?」 「そんなところ歩いても、お店ばっかりで面白くありませんよ」 「いやあんたどこでも無料ガイドするって言ったじゃねえか……。じゃあ、ホスピスを見に行きたいです。死を待つ人の家を、野次馬感覚で」 「ホスピスはもうやってないですよ。5時半で閉まるんです」 「ふ〜ん。じゃあもう行くとこ無いやんけ……」 「それなら、今日はまた昨日と違うエロ映画やってると思いますよ。またエロ映画館に行きましょう!」 言うが早いか、シワ改めエロムンナは既にエロ金を求めてエロエロしく歩き出している。なんやねんこいつはっ!!! どこでも無料でガイドすると言いながら、金にならないイベントはイヤなだけだろうっっ!!! なに人の希望を無視してエロ映画館に行こうとしてるんだよっ!! だいたいその「エロ映画館」という日本語は誰から教わったんだコラっ!! 不自然な上に露骨なんだよっ!!! 大通りに出たところでサイクルリキシャの車輪に巻き込まれて一緒に回転しながらドゥルガー寺院まで行けっ!!!! 「待って待てムンナさん! もう映画はいいです!! エロくないエロ映画になんて1円たりとも払う価値は無いです!!! 大学時代、ポストに入っていたチラシを見て裏ビデオを注文して、代引きで受け取ったらモザイク入りの粗悪品(画質最悪)だったあの悲しい経験のせいでエロに払う金にはシビアになっているんです僕は!!」 「映画行かないんですか」 「はい」 「…………」 オレがエロ映画を頑なに拒むと、しばらくの沈黙の後、ムンナはやはり例の話題を持ち出した。 「じゃあどうします、アガスティアさんのところには行きませんか? アガスティアさんは、お金が無ければ日本に帰ってから寄付をすればいいと言っていました。だから別に今は持っているだけお金を払えば……」 「キタッ! そうそう。その話なんですけどね。昨日宿に置いてある情報ノートを見たら……」 そう言いながら、オレはわざとらしくメモ帳を取り出した。 「あの、情報ノートにはね、アガスティアさんの占いはやっぱり料金が高いって書いてあったんです。でも、実は他の占い師さんのことも書いてあったんですよ。えーと、たしか……」 オレは、たどたどしい雰囲気を出しながらメモ帳を読むフリをした。いや、一応仕込みとして「ライババ→安い」などと書いておいたので、本当に読んでいるのだ。 「そうそう、『ライババさん』とかいう占い師のことが書いてあったんです。知ってますかムンナさん?」 「ライババですか……」 「でもね、アガスティアさんと違って、ライババのことは何人もの旅行者が定期的に書いてたから、多分ライババさんはずっとバラナシにいる人だと思うんですよ(誘導)。アガスティアさんと違って、特にサイババとは関係ないけどよく当たる占い師だってことだと思うんですよ(誘導)」 「まあ、そうですねえ。ライババのことも知ってますよ」 「えっ、知ってるんだ! でね、ほら、僕の書いてきたメモを見てください。このように、情報によると、ライババさんはそんなにお金を取らないけれど、安いけどよく当たるそうなんです。そうですよねえ(誘導)??」 「…………(ちょっと考えをまとめている)。はい、たしかにそうです。ライババは、アガスティアさんとは違って、職業で占い師をやっている人です。だから、別に病院とか学校を助けていない分料金も少し安いんです」 「ああ、やっぱりそうでしたか。情報ノートに書いてあった通りだ!」 …………。 上手くいった。ものすご〜く狙い通りの会話になったな。アガスティアとのサイババ一番弟子バッティング(競合)も、オレがうまく矛盾が出ないように設定してやったぞ。ついでに料金交渉へ向けた布石も打っておいた。見事に自分で安いと言ってしまったねムンナ。 というか、あの〜〜。 3年前ライババはほんの数日だけバラナシに滞在してたんじゃないんかいっっ!!! いや〜、わかりきっていたとはいえ、あの時は特に確かめたわけじゃないから、まだ「オレは3年前数日しかバラナシにいないライババさんに超グッドタイミングで会えた説」が完全否定されたわけではなかったのに。なかったけど、今された。完全否定が。やっぱりオレは騙されていたんだなあ(しみじみ)。 「じゃあ、おにいさんライババに会いたいのなら、今からライババのところに行きましょうか(かなりご機嫌な様子)」 「おおっ!! なんと!! いきなり訪問出来るくらいまだ現役バリバリの病気もせず引退もせず用事もなくウェルカムな状態なんですかっ!!」 「アガスティアさんと同じですね。昼間はインド人専用の時間なんですけど、夕方から夜は外国人が占ってもらえるようになっているんです。だから、今行けば大丈夫です」 「そうですか、それはよかったです。…………では、行きましょうか。そのライババさんとやらのところに」 そして、オレはムンナについて旧市街の木の枝のような路地を、ライババの家を目指して進んだ。懐かしいあの人は、ムンナと同じくお変わりなくバラナシで暮らしているのだろうか。そして、オレの顔はうまく忘れてくれているだろうか?? というか、覚えられていたらいろいろと困る。 まあ、とりあえずこの章の締めは初心に帰って当時の旅行記をコピペしよう。 果たしてサイババの一番弟子であるライババとは、そしてその能力とは。オレの過去、そして未来の運命は全て暴かれてしまうのだろうか? 一体、どーなってしまうのか(今は無きガチンコ風に)!! 今日の一冊は、子ども向けと思いきや、大人も面白いです 不思議の国のアリス (角川文庫) |