アジアンビューティー〜世界が嫉妬する髪へ〜





 あの
伝説の「じゃっかんマンゴちゃんの歌」のおかげで、翌朝にはもう体の痛みはほとんど引いていた。ああ……、歌って、なんて素晴らしいんだろう。地獄の鬼たちも、じゃっかんマンゴちゃ〜ん♪と歌って踊るオレの明るさに負け、「ひい〜っ、こんなに楽しそうな奴にはとてもついていられん〜!」と退散して行ったようだ。
 さすがに丸1日ダメージを受け続け、
25mプール3杯分のお下痢水を出したマイ大腸はまだ腫れてパンパンであるが、これはフォロースルーのようなものだ。……というふうにフォロースルーなんて言ってしまうと、「投げた後、打った後にどう動こうと関係ないじゃないか!」とまだスポーツを始めたばかりの若い人たちは言うかもしれないが、決してそんなことはない。こうして正しいフォロースルーを取っているおかげで、お下痢の弾道は常に便器にストライク(たまにホールインワン)だったのだ。今度、機会があったらNBAプレーヤーやプロゴルファーの動きをよく見てみるといい。オレのようにその道で一流の選手は、みんなフォロースルーをしっかり取っているのがわかるはずだ。
 まああまりうんちくばかり垂れていると後輩に嫌われてしまうのでそんなことはともかく、腹痛マスターのオレには、現在食中毒菌はもう9割方消滅しているというのがよくわかる。これはかなり完治に近い状況だ。
完治の状態がアルベルト・スギ氏の絵画だとすれば、今のオレは和田義彦画伯の絵だ。それは近いというよりほぼそのものであるが、今さらあまり蒸し返すのもかわいそうだからみなまで言わずにいてあげよう。

 ここまで回復したからにはもう普通に外に出て、歩き回って食べて飲んで体調不良を忘れた方がいい。さーて、起きるか! おおっ!!! バターン(転倒)
 くぬぬ……。いかん。脱水症状で頭がフラフラだ。もう体の中の水分は100%流れ出て行ってしまっているからな……。
 これだけ水分が無くなると体重はそろそろ10kgを割り
ひと桁に突入していると思われるが、ひょっとすると背も相当縮んでしまったのではないだろうか?? そういえば、なんとなく天井が昨日より高くなっている気がする。ふと比べてみると、キンチョールの缶がオレの胴回りより太い。これはまずいぞ……。ドラえもんの道具に、水をかけると大きくなる幽霊の干物みたいなのがあったが、まさにオレの今の状態がそのひものゆうれいだ。おそらく手近なところでガンガーに浸かれば水を吸収して元のサイズに戻れるだろうが、しかしそうすると体の水分が全部死体と体液と排泄物とゴミのミックスジュースになってしまう。主成分がガンガーの水である人間になるくらいなら、オレはひものゆうれいとして生きていく人生を選びたい。
 それならばとオレはもう干物ゆうれいになりきることにし、額に三角巾をつけ「うらめしや〜」と宙を浮きながら、ヨレヨレと宿の外に出た。

 …………。

 
あぢ〜〜〜〜〜〜(号泣)。オレは、すぐさまUターンして部屋に戻った。
 うう……。
干物が活動できる気温じゃないんですこれは……。干物は太陽が大嫌いなんです。どうして、バラナシはこんなに太陽が近くにあるの?? もしかして、インドは日本と太陽を直線で結んだちょうど真ん中くらいにあるんじゃないの??
 ちょっと温度を測ってみよう。オレは、温度計つきデジタル時計を持って再び「うらめしや〜」と宙に浮きながらバラナシの路地に出て、キャーキャー怖がられながら水だけ買ってすぐさま宿に戻った。すると部屋の前まで階段を上がったところで、オーナーの父親であるじいさんに見つかった。



「あっ! 干物が浮いてる!」


「おじいさんこんにちは。僕は干物ではありませんよ。宿泊客です」


「そうか。でもおまえそんな幽霊みたいだったっけ?? この前見た時はもっと『Hey!Say!JUMP』みたいな若々しい感じだったような」


「これにはディープリーズン、つまり深いわけがあるのです」


「どんなわけ?」


「食中毒で下痢で水分が全部なくなりました。それで水を買ってきたんです」


「なんだ。水ならうちでも売っているんだから、言ってくれればよかったのに」


「ええっっ!! そんなシステムあったのっっっ!!」


「小銭を稼ぐために商売の一環として売ってるんだよ。うちなら冷蔵庫に入って冷え冷えなのに」


「ガーン!! なんてことだ……わざわざしぼんだ体にムチ打って、何度も血反吐を吐きながら外にぬるい水を買いに行っていたのに……」


「シャワーでも浴びて、早く元のサイズに戻った方がいいぞ」



 そうだった!! よく考えたら、別にガンガーの汚物水に浸からなくても、部屋でシャワーを浴びればいいんだ。ということでオレは早く幽霊から卒業すべく部屋に戻った。
 まず外で晒していた温度計をチェックしてみると、
摂氏46度であった。……そりゃ暑いわ(涙)。だいたい日本だと、35℃を超えると何人か人が死ぬよな。バラナシに住む人々は、摂氏46度でも問題なく毎日普通に生活してるんだろうか。だとしたら、なんか地球温暖化がたいした問題に思えなくなってきたぞ。
 よく考えてみれば、オレはほんの1ヶ月ちょっと前には室温ですら摂氏2.5度のところにいたのだ。1ヶ月でいきなり
気温が20倍になっているのである。イソップ童話の「北風と太陽」ではどちらが旅人のコートを脱がせるかを競っていたが、今度は雪山と太陽がオレをサンプルにしてどっちが旅人をより苦しませることが出来るかを勝負していると思われる。人をそうやって実験台みたいに使うのは、やめてほしい。
 しかし2度から46度まで、1ヶ月で40℃以上変動しているのに、それでもオレの体温は変わらないというのがすごい。どうやら、オレは
恒温動物だったらしい。普段はなかなかこうやって検証する機会が無いので、変温動物の可能性も捨て切れなかったのだが、パキスタンとインドに来たおかげでようやくハッキリした。それにしても、オレは別に体温を調節する技術を師匠について学んだわけじゃないのに、体や内臓が勝手に仕事をして温度を保っているというのが凄い。実はこんなに凄い能力を持つ人間だったのかオレは。

 とりあえず、再びアミノバイタルをミネラルウォーターに投入し最速吸収させ、すかさず2日ぶりにシャワーを浴びた。するともう、シャワーの水を吸って体が
膨らむ膨らむ。僅か3分で干物からHey!Say!JUMPに戻ったと思ったら、そのまま水を吸収しすぎて元の状態よりもだいぶ巨大に、いつの間にか安田大サーカスのクロちゃんサイズになってしまった。
 (高い声で)
クロちゃんです! もーおっ! こんなに大きいのは本当のボクじゃないーっ!!

 ということでやや軌道修正して、
よく絞ってようやくオレは2日前までの作者サイズに復活した。これでやっとまともに出歩くことが出来そうだ。オレは2日ぶりに衣服を身に着け、宿を出てバラナシの裏路地迷路へ繰り出した。 ……2日ぶりに衣服を身に着けということは、さっきのオレは全裸だったのか。干物だったからシワシワして服を着てると思われたんだなきっと。
 にしても、暑いなあ……。これからインドでは毎日こうなのだろうか? 
できればこの熱さが、松田聖子とジェフ君の関係のような一時的な火遊びの熱さであって欲しい。



「スリー! ツー! ワン! 
ハッスルハッスル!!


「…………」



 いきなりガキどもが来た。
バラナシ名物『日本のギャグをよく知るガキ』である。おまえよー、46℃あるんだぞ? ハッスルしてる場合じゃねーだろうよ。



「ゲッツ! 間違いない! 
残念!!


「おまえら本当よく知ってるなそんなのっっ!!!」


「ねえねえ、うちシルクショップなんだけど、ちょっと見てかない?」


「いや、見てかないけど、おまえも大変だなあ。そのギャグ、
3つともおそらく来年にはもう日本人は忘れていると思うから、毎年新しいの覚えなきゃいけないよな」


「だっちゅーの!」


「それは3年前も聞いたけど、
もはや終戦直後の古さだぞ。だいたいギャグで気を引くのはいいけど、シルクショップへの繋がりが不自然だよな。ゲッツとシルクショップは関係ないだろう?」


「じゃあどうすればいいの」


「そうだなあ、じゃあこのヘイセイジャンプのおにいさんが、
日本で今最も流行っている、しかも客引きに使えそうなギャグを教えてしんぜよう


「おしえてーおしえてー」


「まずひとつ目だ。これうちの社長のモノマネね。
『ユー来ちゃいなよ。ユーうちのシルクショップに来ちゃいなよ』。これでまず店に誘うんだ」


「幽鬼チャイナよ」


「そうそう。そしてまた次が
最新のギャグな。『うちのシルクのクオリティーは、バッチリチリ足!!』


「バッチリチリチリアシ!!」


「それだけ
タイムリーなギャグを言われたらもう日本人旅行者は土産を買うしかないぜ」


「どうもありがとう」


「じゃあオレは行くから。またな」


「待って!」


「なんだ」


「ユー来ちゃいなよ! バッチリチリ足!」」


「古いんだよそのギャグっっ!!! 誰が行くかっ!! 今時坂下千里子になぞトキメかねーんだよっっ!!」


「ねえちょっと来てよ! 見るだけでいいから!」


「見るだけなら行く意味ねえだろうがっ!! 他の客を当たれっ! 教えたギャグを駆使して!!」



 いったいこいつらは、いつもいつもどこから最新ギャグを仕入れているのだろう? バラナシの商工組合から、
毎年視察団を派遣して日本のギャグをリサーチしに行っているのだろうか?? そして町内会で報告して、みんなで「ゲッツ!」「ゲッツ!」と復唱しながら覚えるのだろうか。※尚、この翌年バラナシでは「欧米か!」「そんなの関係ねぇ! はい、オッパッピー!」見事に流行ります。



「あら? あなた、アウランガーバードで会わなかったかしら?」



「おおっ!!! 突然背後から声をかけてきてそう言うあなたは、たしかアウランガーバードのジュース屋で僕と相席した韓国人女性ですね? たしかソンさんですね?」


「何をやっているの? ipodとカメラなんて持っちゃって」


「盗撮、いや世界が羨むアジエンスを……まあ詳しく説明すると日本語でも長くなりそうなので英語では到底無理です」


「あらそうなの。でも奇遇ねえこんなところで会うなんて」


「いや、奇遇というより、神様が何らかの意図を持って僕たちを再会させたのではないでしょうか。
会うべくして会ったのではないでしょうか


「じゃあ今晩一緒にお食事でもどう?? もしかしてもう何か予定ある??」


「あるわけないでしょっっっ!!!!! たとえ2000人のインド人と先に約束していたとしても予定は無いと言おう!!! そしてがんばって2000人全員にキャンセルの電話をかけよう!!!」



「それじゃあ、このガートを上がったところの楽器屋さんの隣のレストランでいい? 7時ごろ待ってるから」



「オーケー! パチッ!(親指を立てながらウィンク)」 ←ものすごくかっこつけている


「ウフッ。じゃあ後でね!」


「か、かわいい……旅先なので若干贔屓目に見てかわいい……」



 やった……(感涙)。すごい。禍福はあざなえる縄のごとしとは
よく言ったものだ。やはり地獄の後にはこんな天国が……官能と肉欲の世界が……。
 食事だけなのになにが官能だ肉欲だという意見もあるだろうが、基本的にオレは、いや
男というものは。男というものは誰でも、女性と2人で食事に行く約束ができたなら、その約束をした瞬間頭の中には食事とは一切関係ないめくるめく妄想が広がるものである。はっきり言って、人間の3大欲求の中で、食欲なんて一番どうでもいい欲求だ。やましい妄想もさせてくれないんだったら、そもそも女性と食事なんて行く意味ないねっ!!! っていうのはよくない考えです。そういうのはいけませんよ。

 さ〜て。

 一度部屋に帰って再びしぼんだ体に潤いを与え、
ただベッドに横になり妄想をすること2時間。約束の時間になった。
 …………。オレがただゴロゴロしながらいやらしい妄想をしていたこの2時間の間にも、ウォール街の投資家は億単位の金を動かしているんだろうな……。
 よーし! 時間だ。出かけるぞ!! そうそう、
もし食事の後に向こうの部屋を訪ねることになった時のために、いろいろ持って行くことにしようっと。
 オレは、先に行って待っているとなんか期待している感じが伝わりそうでイヤだったので、
あえて3分ほど遅れてレストランに行った。すると、さっきのコリアンガール・ソンさんと、他に日本人旅行者の男とかいろいろ一緒にいた。

 おまえ……、
ソンよお……、グループの食事会なら最初にそう言えよっっっ(涙)!!! それはそれで楽しいかもしれんが、心構えの種類が全然違うんだよっ!!! 今は違う心構えで来たからめちゃめちゃ落胆しただろうがっ!!! 男の気持ちというものを察しろよてめえっっ!!!



「あっ! 来た来た! こっちこっち!」



「あはっ、どうもみなさんはじめまして。日本から来た作者です」


「こんにちは〜」


「こんにちわ〜」



 オレは仕方なく暗い笑顔でグループの輪の中に入り、自己紹介をした。まあいいや……こういうのはこういうので楽しいしな……。噂では、
一人で食べるより誰かと一緒に食事をした方がおいしいって言うし。本当かどうかはわからないけど。とりあえず、こうなったら日韓のそして日本人旅行者同士の友好を深めることにしよう。
 オレは全く美味くない激安チーズバーガーを頼み、あーでもないこーでもないと旅の話をしながらそれなりに他の旅行者と語り合った。ところがしばらくすると、そんなそれなりの盛り上がりに水を差すように、ソン女史がオレに説教をしてくるのだ。



「ちょっと、あなた食べるのすごく遅いわねえ。チーズバーガー1個にどれだけ時間をかけているの?」


「な、なんだよっ。しょうがないじゃないか一人っ子なんだから食べるのが遅いのは。というか、あんたなんてカレー定食のご飯を一粒も食べてないでしょうがっ!!」


「私は今回はチャパティでカレーを食べたからいいのよ。ご飯は食べないことにしただけなの。あなたはチーズバーガーだけを頼んだのに、私がご飯以外を全て平らげている間にもあなたのチーズバーガーは3分の1しか減っていないわ」


「うるさいなあっっ!!! なんだよっ、オレがチーズバーガーを早く食わなかったらガンジス川が氾濫でもするのかっ!!! 日韓関係が悪化でもするのかっ!!」


「でも男ならもっと男らしくガツガツ食べなきゃダメよね。なんか女の子みたいよ」



「いつもはガツガツ食べるけど、今日は食中毒から回復したばっかりだからしょうがないんだよ。本当は男らしいんだから」



 オレは適当にソン女史の説教を
心に5箇所ほど刺し傷を作りながらやり過ごし(やり過ごせていない)、チーズバーガーから人々の目を逸らそうと話題を変えることにした。ちなみに、会話の中で触れた通り今回ご飯を一粒も食べていないソン女史であるが、オレが今まで見て来たところでは、韓国人旅行者の方々は彼女のように食べたくないものや気に入らないものは一切手をつけずまるまる残すことが多い。食べなきゃ悪いと思って中途半端にイヤイヤ手をつける日本人と違い、ハッキリしていて個人的にはいいと思う。
 さて、何度か繰り返し述べているが、オレは以前の職場でよく「イ・ビョンホンに似ている」と言われたことがあり、
それが現在の自分を支えるアイデンティティとなっているため、せっかくコリアンガールもいるのだからとこの場でアピールすることにした。



「ソンさん、これは別に自分で勝手に主張しているわけじゃないんだ。だって何人にも言われたんだから。ビョンホンそっくりだね〜って」


「…………」


「そりゃあ一人だけに言われたならまだその人の気のせいかもしれないよ? でもその人だけじゃなくて、他にも幾人かのおばさまの方々から言われたから、それはもうやっぱり共通してそう思わせる何かがある。
そう言わざるおえないと思う。認めるのが妥当だと思う」


「ねえ、コユキ知ってる? コユキ」



「コユキって、小雪? 日本のアクトレスの?」


「そう。そのコユキ。マツジュンと一緒にドラマに出てた人。私、コユキに似てるってよく言われるのよねー


「ウソつけっ!!!! 全然似てないよ!! 影も形も無い!! そんなこと言ったら小雪に失……いや、とにかく似てない!!」



「そりゃそうでしょう」



「……なんですかそのしたり顔のリアクションは」


「あなたがイビョンホンに似てると言っているのは、つまり今みたいに私がコユキに似ていますと言い張るようなものなのよ。あなた、イビョンホンがどれだけハンサムか知ってるのっ!! ネバー! Never say such a thing(二度とそんなこと言うのはよしなさいっっ)!!!」



「そこまで本気で否定しなくてもいいでしょうがっっっ!!! ただ、僕はただ場を和ませようとしただけなのにっ!!! 『似てないよ〜!』『やっぱり〜(笑)?』『あっはっは!』と、ある程度自分を犠牲にしてひとつの笑いを作ろうとしていただけなのにっっ!!!! ほらっ! あんたがあまりにリアルに否定したもんだから誰も笑ってないじゃないかっっ(号泣)!!!!」


「あっはっは!!」
「わっはっは!!」




 …………。
 おおっ。よかった。
リアルに否定されたことを嘆いたことによって笑いが起きた。一応狙いとは違うところだったけど、傷の大きさもだいぶ予想を上回ったけど、まあ場に笑いをもたらしたということでよしとしようか……(涙)。
 まあなんだかんだ言ってオレは
心からかなりの量の血を流したが、最終的にはそれなりに会食は盛り上がって終わった。オレは宿に戻り、念のためにと思い持って行っていた洗面用具などをリュックから出しながら、今後は『イビョンホンに似てるって言われた』などとは、韓国人相手には決して言わないようにしようと決めた。でも日本人には引き続き言っていこう。





今日の一冊は、さすが自己啓発本の中でも頭いくつも抜けています 夢をかなえるゾウ






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