〜じゃっかんマンゴちゃん〜 私は下痢。そして、下痢は私。イゴール・ゲリチャンチン(特に意味なし)。そうだ。今度帰国して仕事を探す時は、履歴書の趣味の欄に「下痢」と書こう。NGOに参加して若い世代に下痢を伝えて行こう。 うぎゃーー(悲鳴)。 最初の一人旅で盲腸になってから早4年。もはやオレが「腹痛マスター」という称号を得ていることは既に皆の知るところとなっているが、マスターなのに相変わらずこんなに苦しいとはどういうことだ(涙)? 普通、マスターだったら場末の食中毒くらい軽くあしらうことが出来るはずじゃないか。マスターだったら旅行中に激しい下痢になっても気にせずパラグライダーで空中散歩くらい出来るはずじゃないか。腹痛の波が来たら、空中でパンツを脱いでシュビョーン!!と下痢を放出、10秒後には衣服を整え元の空中散歩に戻っているはずじゃないか。それなのに、なんでオレはこんなに苦しまなきゃいけないんだっっ!!! …………。 ごめんな。……いや、わかってるんだ。腹痛マスターの称号っていうのはそんな簡単なものじゃないってことは。そう、たしかにオレがマスターになれたのは、どんなにベテランになってもこうして初心を忘れずに苦しめる点が評価されてのこと。他のマスターと違い、どんなに偉くなっても一般の下痢のみなさんと同じ土俵で苦しんでいるということを、IGKつまり世界下痢協会が認めてくれたからだ。 そうなんだ。だからオレがこうして苦しむのは当然のこと。でも、オレだってたまには弱音を吐きたくなることがあるんだ。「オレはみんなが思うほど強い人間じゃない!」って、たまには叫びたくなるんだ。 そうですオレは本当は弱いんです。みんな、知らなかったでしょう。 と、止まらん……下痢が止まらん……。そして、体が痛い。頭が痛い。地獄、地獄だ〜〜〜(号泣)。 旅先での地獄というのは通常の旅行者にはごく稀にしか来ないものだが、なぜかオレの場合は定例行事になっている。そんなに本屋に置いてない「地獄」という雑誌を、オレだけ料金を振り込んで年間購読しているようなものだ。もはやオレは旅をしていてだいたい数週間平和な日々が続くと、「ああ、そろそろ月のものが来るよ。もうすぐ来るよ地獄が。憂鬱だなあ……」と地獄のおかげで女性の気持ちがわかるようになっている。女性の気持ちがわかるのにオレがこんなに女性に避けられるのは、女性というのは自分より美しい存在を認めたくないからでしょうか。だからオレを避けるんでしょうか。……それとも、他の何かがあるからでしょうか。知りたい。それが何か知りたい。 うう……さっきまでの2倍頭が痛くなった。生きるのが辛いの(涙)。 だが脇の下とお尻と口の中で交互に体温を(同じ体温計で)計ってみると、体温は37度5分、自信を持って「高熱が出たよ〜(涙)」と嘆き切れない中途半端な発熱具合だ。ベテラン女性社員だったら「私が入社した頃なんて、38度あっても一番早く出社して、ちゃんと役員全員分の書類を揃えたのよ?」と武勇伝混じりの説教をし出しそうな数字だ。 別にいいだろうがっ。37度5分でも苦しいもんは苦しいんだよっっ!!! いいだろうが37度で大げさにわめいてもっ!!! オレは平熱が32度なんだよっっ!!! ゴロゴロロゴリョリョロロ……ゴロゴロロゴリョリョロロ…… はうっ!!! のそのそのそ……(這いつくばってトイレに向かう音) シャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(説明不要の音) ビチャンビチャン ビチャンビチャン(尻に水をかける音) シャカシャカ シャカシャカ(左手で尻を拭く音) いででっ(涙)!!! 尻が痛い〜〜(号泣)!! 粘膜が剥けたっ!!!! ううう……。そういえばもうかれこれ何十回と尻を拭き、何百往復と左手が尻を擦ってるんだよな……。さすがにオレの未開発な尻では、それだけの摩擦に耐えるのは無理なようだ。もはや、擦るたびにヒリヒリが止まらない。あの俳優さんやあの歌手の尻だったら、どんな摩擦でも破れないほど鍛えられているだろうに。やっぱりゲイは身を助けるんだな。 ど、どうしよう。尻の保護のために、2回トイレに来たらに1回は尻を拭かないようにしようか……。いや、ダメだ。普段だったら問題ないが、尻が剥けた状態で2回に1回放置したら、傷口に汚物が染み込んでしまうじゃないか。白血球もこんな汚いのと戦うのはイヤなはずだ!!! …………。 でもちょっと待てよ。汚物汚物と言うが、下痢水というのは、そもそも汚いものなんだろうか?? ここで少し発想を逆転させてみる必要があるのではないだろうか? この液体はそもそも何だったかというと、つい先ほどオレが飲んだり食ったりしたアミノバイタルやリンゴじゃないか。それがただ、体の中で魔法をかけられて別の物体に変化しているだけである。例えば、水素が燃焼し酸素と化合すると水になるが、科学反応式は2H2+O2→2H2Oであり、外見は変わっても原子レベルで考えれば特に何も変わっていないのである。つまり下痢だって、元々食べられるほど清潔な物が、少し原子の組み合わせが変わって違う物になったように見えるだけだ。ということは、この、今尻から出ている水というのは、実は全く汚くない物なのではないだろうか? むしろ食べたり飲んだり出来るものなのではないだろうか?? そうだ。たしかにそうだ。だって、これ食って死んだ奴っていないだろう?? 山本竜司さんなんか、今までトータルすればバケツ10杯分くらいは食(激しく自粛) ……おお、なんだか、今オレはトイレについての思考の新しいステージに立ったような気がする。今まで海外のトイレで散々汚い汚いとわめいてきたが、トイレの床や便器を汚していたあれらの物は、自分の物か他人の物かの違いだけで、結局は「食べ物がそこに落ちている」というのと全く変わらない清潔な状態なのである。う〜ん、どうして今までインドやエチオピアのトイレであんなにギャーギャー叫んでいたんだろう。ああ、未熟者だった自分が恥ずかしい……。 それでは改めまして。ああ、このトイレ、とってもキレイだ!! 今オレが見ている便器も、ただ食べ物がついただけの新鮮で爽やかな便器なの!! こんな清潔なところには、平気で寝転んだり床を舐めたりできるよ!! 駅のトイレだって電車のトイレだってそうだよ!! …………(リアルに想像)。 オエ〜〜〜〜〜〜〜っっっ(当然だ)。 ちょっと……もう寝ないと……。痛みと苦しみで確実に頭がおかしくなってきた。くく、息が熱い……膝が、腰が、関節が痛くて動けん。でもとりあえず尻に、擦り剥けた尻にマキロンをつけないと……バイ菌が入らないように消毒をしておかないと……。 オレはベッドに這い上がるとバックパックから日本より持参したマキロンを取り出し、マイトイレットペーパーに染み込ませ、土下座のポーズで尻にペタっとつけた。 ぎょえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!! しみるっ(涙)!!!! 焼けるっ!! 尻が焼けるようにしみる〜〜〜〜っっっ(号泣)!!!! うほっ!! うほおっ!!!!(仰向けになり尻を縮め硬直) プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン …………。 虫だ。いつもトイレで見かける、不潔なトイレ羽虫が部屋の中を飛んでいる。くそ、キンチョールで撃滅してやりたいが、関節が痛いし頭が重いし特に今は尻の痛みで硬直しているため微動だにできん。ああくそ、虫がオレの頭に止まっている……。さっきトイレの床にとまっていた虫が……(号泣)。こいつ今までずっとトイレの中でしか見なかったのに、なんで出てきてるんだ……。もしかして、オレがあまりにもトイレに通いすぎているものだから、オレのことをトイレの一部であると勘違いしているのだろうか。オレの存在が、トイレと部屋を長く隔てていた厚い壁を取り払ったのではないだろうか。おそらくこれは、この宿においての歴史的な出来事に違いない。 まだなんとか、オレの天敵の蚊ではないのがせめてもの救いだ。なにしろ現在のバラナシには、暑すぎて蚊がいない。おそらくモスキート級の奴らは現在は渡り虫となって、シベリアあたりに避暑に出かけているのだろう。 トイレ虫と一体化しベッドの上でア゛う゛ーと呻き、ただシングルルームの天井を見つめ続けていると、coco壱番屋のカツカレーにモスバーガー、中華料理屋東秀の茄子丼の大盛り、ファーストキッチンの粉かけフライドポテト、そんな素敵な食べ物たちが次から次へ浮かんでは消えていったので、オレは忘れないように「食べたい物リスト」をノートパソコンで作った。しかしパソコンの画面を1分見ているだけで目と頭が痛くなる。一品書いては休み、一品書いては休み、リストを作り上げるまで30分以上もかかってしまった。しかし、よく考えてみれば作ったからといって別になんの意味も無かった。むしろ心身ともに余計なダメージを受けた(号泣)。 昼から夕方、夜にかけて水を飲んではトイレに行き、リンゴを食っては尻から噴射、もうそろそろ、合計すればバスタブに入れて浸かれるくらいの量の液体が腸から出て行ったと思われる。もはや、流れ出た水量は確実にオレ自身の体積を上回っている。 うううううもしかして、オレの大腸は次元の壁を越えてしまったのだろうか。もしや他の部屋の旅行者の物まで代わりにオレの尻から出て行っているのではないだろうか。そうだ、そうに違いない。同宿の旅行者たちは、オレのおかげでトイレに行かずにすっきりしているに違いない。 そういえば、昨日の今頃、夕食にしゃん亭のキムチそばを食ったんだよな……。幸せそうな顔して。それを食ったら地獄がやって来ることなど何も知らないで。なんで知らなかったんだろうこんな簡単なことを。今日のオレはこんなによく知っているのに。あのキムチが毒だということを、昨日の時点で知っていれば確実に食中毒は防げたはずなんだ。たった1日知るのが遅れただけでこんなに苦しまなきゃいけないなんて理不尽じゃないか。……やっぱり、その日知ること、できることを明日に回す人間には、ちゃんと罰が当たるようになっているんだなあ。これからは、1日1日を大切に生きていこう(涙)。 いかん、もう夜だ。発症から20時間も経ってしまった。とりあえず、なんか食わねえと……。もはや今のオレの体重は、余裕で20kgを割っているはずだ。このまま何も食べなかったら、今度トイレに行った時には内臓どころか、手袋を脱いだ時のように体が全部ツルンと裏返りながら尻から出て行くに違いない。そしてそのままオレはバラナシの下水に流れて行くに違いない。捨てられたボディスーツのようになって。 よし……、最後の食料だ。「1日1個で医者いらず」なリンゴを全て食い、アミノバイタルを最速吸収最速放出してしまい、オレに残されたのは東国原知事おすすめのマンゴーだけ。 オレは1kg分買ってあるマンゴーを、ほぼ意識不明のまま剥いては食い剥いては食った。左手は尻の拭きすぎで腱鞘炎になっている上に、頭がおかしい状態でナイフを使っているので、何本かは指の皮もキレイにクルクルと剥いてしまった。指が裸になって肉が見えてしまったので慌てて巻き治したところ、間違ってマンゴーの皮を巻いてしまい女子高生に好まれそうなフルーティで可愛い指になった。 オレは元々あんまりマンゴーが好きではないのだが、なぜかこの時の40℃ほどに熱せられたホットマンゴーは、甘味が引き立ちめちゃめちゃ美味しく感じられた(おそらく発酵していたと思われる)。そしてマンゴーを食いきったところでオレはパッタリと倒れ眠りに落ちた。 そして数時間後。オレは再び夜中に目が覚めた。ふと気付くと、オレは枕元のナイフに僅かに手をかけ全裸でベッドにうつ伏せになっていた。もしこのままの体勢で体調が悪化し息を引き取っていたら、日本のニュースでは「インドのバラナシで日本人旅行者の変死体が発見されました」と報道され、事件・事故両面から捜査が進められていたことだろう。 …………。 おおっ? …………。 あおっ?? なんか、なんだか、寝る前より若干関節の痛みが引いているような気がするぞ……。うん。たしかに若干楽になっている。まるで若い人のように、関節が自由に動くようになっている。それに、尻のマキロンヒリヒリも若干消えている。それは当たり前だ。 はっ! 虫が、トイレ虫がいなくなっている。トイレ虫がトイレに戻っている!! これは……。そうだ。これはもはやオレがトイレの一部はない、トイレから独立した存在であるということがトイレ虫から認められたということではないか!! や、やった……。食中毒の波が、若干引きつつあるぞ。このままいけば、朝には復活できる!! マンゴーだ。あのマンゴーを食い倒したおかげで、若干オレは楽になったんだ。すごい。マンゴーのパワーは凄いぞ!! これからはリンゴよりマンゴーの時代なんだ。椎名林檎も椎名満檎に改名した方がいいのではないか!! リンゴスターもマンゴスターに!!! オレは「あら、若干マンゴーを食べたら体調が回復したんじゃないの? 若干マンゴーのおかげで楽になったんじゃないの?」と繰り返し思っていたところ、なぜか突然頭の中に譜面と歌詞が閃き、「じゃっかんマンゴちゃんの歌」という歌が出来上がってしまった。 オレはそれから夜中じゅう、一人でじゃっかんマンゴちゃんの歌を歌った。寝たままでも出来る簡単な振り付けも考え、リハビリも兼ねて振りつきで歌って踊った。すると、なんて不思議なの? 歌えば歌うほど、踊れば踊るほど体が楽になっていくじゃない!! もはや、食中毒は完治に向けて一直線である。病み上がりの体で続けてステージをこなし踊り疲れたオレは、再び眠ることにした。もはや、地獄の出口は見えているぜ!! 見たか地獄!! この世にマンゴちゃんある限り、悪の栄えたためし無し!!! ※「じゃっかんマンゴちゃんの歌」は、着メロ配信を予定しておりません。 ↓地獄の真っ只中の体調の時に撮った動画。動画自体には全く面白みが無いが、足が映ってる人がこの時どれだけ死にそうかということを想像して楽しんでもらいたい。 今日の一冊は、うちの父親もめちゃくちゃ褒めていた、名作! 永遠の0 (講談社文庫) |