〜おひさしブリバラナシ〜





 バラナシの旧市街の中心、ゴードウリヤー交差点でリキシャを降り、そのままバックパックを背負って歩き出すとものすごい数のインド人が寄って来る。全員、コミッション狙いの宿の斡旋である。こんなにすごい場所は過去訪れた都市でも無かった。こんなの……、
こんなの初めてっ! いやぁ、もう、おかしくなっちゃいそおっ! あはああんっ!! ってテメーらこの野郎っっ!! 変態の真似をさせるんじゃねーよっ!!!
 脅してもすかしても怒鳴ってもわめいても変態を演じても、「おまえの宿にはいかねーんだよっ! 消えろ〜っっ!!」と一人振り払うとまたすぐに一人やって来る。裏路地に入っても、大人子供問わず普通にダラーンと座って喋ってる奴らが、オレという歩く財布を見た途端バッと立ち上がり、「なあ〜プージャーゲストハウスに泊まれよ〜」などと呪いの言葉をつぶやきながらついて来るのだ。
 オレはもう宿泊場所は「フレンズゲストハウス」というところに決めてあったのだが、だいたいバラナシの路地というのは地図と照らし合わせても位置を把握するのが非常に困難である。入った途端方向も現在地もわからなくなるという、孔明の石兵八陣や富士の樹海、サッカラの階段ピラミッドの地下道や精神と時の部屋のような……というか
なんだよおまえはっ!! ついてくるなよっ!!!



「ハロー、ラクシュミゲストハウスに行かない? ヤスイヨー」


「(日本語で)うるせえなあ……」


「(日本語で)うるさいとはナンダヨッ!!」


「なんで日本語がわかってるんだよおまえはっっっ!!! なんか不気味だぞっ!!」


「どうですかラクシュミゲストハウス。ここから歩いてチカクにアルヨー」


「もういいから。行かないったら行かないんだ」


「バーカ」


「お〜〜の〜〜れ〜〜〜〜」



 日本語がわかる客引きの子供は、ひと言「バーカ」とつぶやいて逃げ去って行った。……なあ、インドって、
どういう国?? なんであんな学校も行ってない子供が日本語喋れるの? そしてなんでその覚えたての言葉で初対面の外国人を罵れるの?? 大人のバイリンガルでもなかなかできないよそんな思い切ったこと。
 あっ、く〜〜、また来たよ。今度はみすぼらしい英語おっさんだ。



「ハロージャパニー。ガンガーフジゲストハウス、ユーライク? ベリーグッドな宿だぜ。来い来い」


「いーからっ!! オレはもう泊まるとこは決めてるのっ!!」


「ガンガーフジゲストハウス、ベリーグー。カモン。こっちだ!」


「行かないっつってんだろうがっオイ!! 怒るぞオレはっ!!! もう怒ってるけど!!!」


「来ればいいんだよ。いい宿なんだから。ほら、荷物を寄こせよ。持ってやるから」


「カチーン。オレに触るんじゃねえこのジジイっ!!! 向こうに行けっ!!!!」



 20時間サウナ風電車の中で寝れず、疲労困憊の状態であまりにしつこくされたもんだから、オレは思わず
「向こうに行け!」と言いながらおっさんの肩を強く押してしまった。すると……



「ナニすんだよコラっ!!!」 ドンッ!



 若造にナメられちゃたまったもんじゃないと、
すかさずおっさんもオレの肩を突き返してきた。あっという間に非常に険悪な空気である。…………。


「けっ!」


 オレはしばらくおっさんとにらみ合った後、
別におっさんとにらみ合ってもオレの人生が先に進むわけじゃないということに気づき、怒りを押さえてさっさと立ち去ることにした。もう変人に構ってないで早く宿に落ち着こう。寝かせてくれ。
 ところが、まだ若者にナメられた苛立ちが収まらないのだろうか、
おっさんがオレの後を追って来る。やっかいだなこりゃ……。ケンカは嫌いだよオレは。だって弱いから。威勢はいいけど肉体は想像以上に貧弱なの。
 少々のトラブルの予感とともに止めに入ってくれそうな通行人を探していると、おっさんはオレに追いつき言った。



「なあ、ガンガーフジゲストハウスに行かないか? いいだろう? 安くて快適なところなんだから」


「その話かよっ!!! まだ生きてたのかその営業の件っっ!!! どんだけ気持ちの切り替えが早いんだよおまえはっ!!!」



 なんなんだこいつは……。なあ、
普通これだけ険悪な感じになったら、もうそこで話は終わるだろう? こんな風にやり合ったら、もう宿の斡旋なんて気分じゃなくなるだろう?? へこたれない性格の人だとしても、「ちょっと今回は険悪になっちゃったけど、いつまでも引きずってちゃダメだ。よーし、気分を切り替えて次の人には笑顔で接するぞ!」と通常は次の相手からやる気を取り戻すじゃないか。険悪を全く無かったことにしていきなり話を戻せるか普通?? オレは戻せんぞ。たとえおまえが戻そうとも。
 これはもう性格とか国民性というより、インド人は
脳の構造が日本人とは全く違うと言い切るしかないと思う。オレたちは猿から進化したが、インド人の祖先はウーパールーパーとかもはやそんなレベルの違いだと思う。

 オレはおっさんをとことん無視して歩いた。だいたい見当をつけて歩くと、「こっちがフレンズゲストハウス」という指示書きがそこらへんの壁にちょくちょく書かれていたので、やっとのことで目指す宿へたどり着くことが出来た。というか、そこらへんの壁に
書いちゃダメだろ……。
 シングルルームに無事チェックインすると、オレはシャワーを浴びてしばらくベッドで
死んだ。ああ〜。洗ったばかりの体でベッドに横になれるというのは、なんという幸せなことなんだ〜〜(号泣)。この感動は、きっと旅先でしかわからない。なぜなら、汗だくのままでバスや電車で座りながら夜を越さなきゃいけないことが、旅では頻繁にあるから。もういやだこんな暮らし。もういやだ……怒鳴ったり苦しんだりするのもういやだ……(涙)。いやだ〜〜〜〜っっ!!! 旅なんていやだ〜〜〜〜!!!! もう本当にいやだ〜〜〜〜〜〜〜っっっ(号泣)!!!!!

 オレは泣きながら少し眠った。すると、その時、突然枕元に旅の女神が立ったのである。



女神「作者よ。なにを泣き言を言っているのです。たしかに、この旅は苦しいかもしれません。けれど、くじけずに中国までたどり着けたなら、その時にはきっと今よりももっともっと成長したあなたになっているはずです。だからがんばりなさい。辛くても我慢して、1日1日を乗り越えて行くのです。そうすれば……」



 
グガーー(無視して爆睡)

 …………。
 起きたら午後2時を少し過ぎていた。さあて……、行ってみるか、ガンガーに……。
 この宿は、メインガートにめっちゃ近いところにあった(※ガートとは、ガンジス川沿いに沐浴をし易いように造られた階段状の石畳である)。見覚えのあるクソうるさい未舗装の道に出て水の気配の方に歩くと、3年ぶりに見るガンジス川、ガンガーだ。





 なんか、水量も人の数も妙に少ないような気がするな……。
 つーか、
なんだこの暑さは……。ちょっと、猟奇的に暑いぞこれ。これが川辺の気温か?? いや、ここにはガートがある分、コンクリートが熱を反射して余計熱いような気がする。ここまで暑い場所は今までどの国でも無かったぞ。どうなってんだ一体。これ、もし文章能力の無い奴が旅行記とかでこの暑さを表そうとしたら、


暑 い。


 
とかいうふうにめちゃめちゃフォントを大きくして表現しそうな暑さだぞ。文章能力の無い奴だったら。オレは決してそんなことやらないけど。
 インドは5月が1年のうちで最も暑いそうなのだが、今は
4月半ば。まさにピークに達する一歩手前準ミスユニバースの知花くららさんのポジションの暑さである。できればオレもインド人のように暑さ凌ぎのためガンガーに入りたいが、ここの水は先進国民が飲んだら死亡フラグが立つようになっている。まだ長澤まさみが泳いだ後だったら、「も、もしかしたらこの水が、この水がまさみちゃんのむね、むねにあたった水かもしれない! ウハハあ〜〜っ!!」と叫んで手当たり次第飲み干すかもしれないが、残念ながらまさみちゃんが「ガンジス河でバタフライ」のロケでガンガーを泳ぐのは、まだずっと先のことであった。……ああ、暑すぎてエロいことなんて全然考えられない。



「ハロー。アーユージャパニーズ?」


「ハロー。暑いのに積極的に握手を求めてくるあなたは誰ですか?」



 首からタオルを下げた、風呂上りのようなリラックスした服装のじいさんが握手を求めてきたので、国際人として快く応じるとそのまま手をマッサージされた。
 あああ〜っ、思い出した。バラナシではこんな感じでマッサージ師に捕まるんだよ……。油断して手を握り返してしまうと、そのまま強制的にマッサージを受けるハメになるんだ。ほら、
このように。



「じゃあ続きはあそこのゴザの上でやってやるから。疲れてるんだろう? オレにはわかるんだ。さあ来な!」


「ほえ〜〜〜」


 オレは暑さに負けて抵抗する力を失っていたため、そのままマッサージじいさんに拉致されてゴザまで連れて行かれた。しかしふと見ると、なんだかゴザの上には動物のフンが落ちている。すると、
おっさんは裸足でそのフンをスコーン!と蹴り、「さあ、これで大丈夫だ!」とオレをその上に寝かせようとした。



「ちょっと待ってくださいっっ!!!! 今、フンありましたよね!? あったじゃないですかっ!! 寝れないってこんなところに! 寝れるかっ!!!」



「細かいことを言うなって。ほら、うつ伏せになって。よいしょ!」


「ぎえええええええええ〜〜〜〜〜〜」 ゴローン



 きたね〜よおおお(涙)。マッサーじいさんのこの道40年の熟練の技で
腕を極められ、オレはフンが立ち退いた後のゴザに、フンの次の居住者として転がされた。すると、マッサーじいさんはつい今しがたフンを蹴飛ばした素足で、そのままオレの背中に乗ってきた。

 
ギャーー汚い!!! フンを蹴った足が背中に!! ウオ^−キモい!!! 腹が!! 腹がフンの跡地に強く押し付けられているっっ!!! 腹がっ! 背中がっっ!! 前から後ろからっ!! 前後からフンに挟まれているっ!!! あづーーーーっっ!!!! めっちゃめちゃ下が熱い!!! コンクリートが熱で溶けてんじゃねーのかっ!! ゴザ1枚じゃ全く熱を吸収できてねー!!! ぐえーっ!! 石焼きオレになるっ!!!!



 …………。



 マッサージを受けている気持ちよさは
一切無く、オレはひたすら熱さと汚さに耐えていた。くそ……宿で大人しく寝てりゃよかった……(涙)。さっきまで清潔な体でベッドの上で寝てたのに〜〜っ(号泣)!!!
 そんな時にも、湯気を上げたヤカンを持って通りかかったチャイ売りが、めざとく商談を持ちかけてきた。



「チャイ〜チャイチャイ〜〜(低音で)。おっ、ジャパニーズ。チャイ飲むか? 1杯5ルピーだよ」


「飲むわけねーだろっっっ!!!!! なんで外から内から体を煮えたぎらせなきゃいけねえんだよっ!!! だいたいこの体勢でどうやって飲むんだっ!!! オレがチャイを飲めそうな体位かどうか一目瞭然だろうがっっ!!! 見りゃわかるだろうがてめーーっっっ!!!!」


「チャイ〜チャイチャイ〜(特に気にせず去って行く)」



 ぬ〜〜〜〜〜っ。人の都合を考えない国民め〜〜。



「エッサホイエッサホイエッサホイサッサ。
よ〜し、ここでいいだろう!



 
今度はなんだ〜〜〜!!
 なにやら声をかけながら頭上を通り過ぎた数人の若者が、オレのすぐ目の前に
担いでいたじいさんを寝かせた。なんだかよくわからないが、もうガリガリになってしまって死を迎えるばかりといったおじいさんだ。この近くにあるという「死を待つ者の家」にいる人だろうか?? うーむ。なんでこの人はオレのすぐ前に寝かされたんだろうか。これからどうしようというのか。とにかく、のうのうとマッサージを受けていられる気分ではないんですけど。どんな混沌とした状況なんですかいったい(涙)。


↓マッサージを受けているオレの3m先に寝かされたじいさん。もはやその先にいる牛などは
ごく普通の日常の風景と化している。マッサージを受けている時に牛が見えるというのは、本当はきっとおかしいことなんだろうけど。今は全くそう感じない。




 そして30分ほどが過ぎて汗とその他いろいろまみれになったオレは、200ルピーを請求してきたマッサーじいさんと
怒鳴り合いを繰り広げることとなった。オレは、このマッサージを受けたことにより体も心も汚くドロドロになった。

 さて……、気分を切り替えて商店街の方にでも行ってみるか……。
 ガートはあまりにもコンクリートからの熱がきついので、オレは路地に逃亡してジュースなどを飲みながら一息つくことにした。そしてゴードウリヤー交差点近くの広い道を歩いていると、茶屋の前でたむろっていた黒い人から(みんな黒いけど)
流暢な日本語で声をかけられた。



「おにいさんこんにちは。どこへ行きますか?」


「え? い、いやまあちょっと散歩をしてるだけですが。日本語うまいですねえ」


「ありがとうございます。あなた今日バラナシへ来たんですか?」


「そうです。先ほどジャイプルから電車で」



 ぐわ〜〜〜〜〜っ、懐かしいこの丁寧な口調。
そして懐かしいお前!!!! 出たなテメーシワっっ!!! この変態!! 淫乱!!!!!
 その日本語使いは、紛れも無い、3年前バラナシに初めて来たウブなオレをニセサイババの一番弟子の元に連れて行き見事なチームワークで金を巻き上げた、ゲッツ板谷の「インド怪人紀行」 では
坂上二郎と呼ばれ、さくら剛の「インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも」 ではシワと名乗るインド人詐欺師兼ボディビルダーであった。
 オレは前回最終的にシワにつかまっていた日本人女性を助けようといらぬおせっかいをし、激しくケンカ別れしている。だが、こちらは憎たらしいマッチョな変態としてシワを覚えているが、向こうからすればオレは毎日何十人と見かける日本人変態の一人。
よかった。覚えられてなくて。



「おにいさんどうですか、インドのエロ映画一緒に見に行きませんか?」


「いきなり何を言ってるんですかあんたはっ!!! 初対面の人となんでエロ映画を見に行かなきゃいけないんですか(初対面じゃないけど)!!」


「冗談です。でももし興味があったら言ってください。映画館の場所はチキュウノアルキカタには書いてないですからね」


「(相変わらず)よく知ってますねあなた。でもエロ映画っていっても、インド映画はキスシーンすらないでしょう。どうやってエロ映画を作るんですか」


「そんなことないです。インド映画もそういうのはあります。インドのエロ映画はフェラ○オから入ります」


「路上でなんつー露骨な言い方をするんですかあんたは。おかげで最近子供が見れない旅行記になってきてるじゃないですか」


「もし興味があったら一緒に行きましょう。私が場所知っていますから」


「いや、今日着いたばっかで疲れてますからいいです」


「そうですか。ではさようなら」


「はーいさよなら〜」



 いきなりエロ映画の話からとは、こいつ、
前と比べて相当変態になってるな……。もしくは、前と比べてオレの顔の方が明らかに変態になっているからそれに合わせてエロの話を出したのか。とにかく、他のしつこいだけのワンパターンの奴らと違って、シワは頭がいいためこうしてあっさりさよならと言うのだ。そして「あれ? なんか簡単に解放してくれたな。もしかしてこの人は他の奴と違って信用できる人なんじゃないだろうか??」と思わせて次の展開に持っていくという。そして結果的に他の奴らとは桁違いの金額をボッタくるのである。
 ふっふっふ。しかしおまえの正体を知っている限り、オレはその手には乗らんぞ。
 オレはシワ(仮名)と別れ、また涼を求めて裏路地をさ迷い歩くことにした。その手には乗らんぞといいながら、またその手に
乗ってみた方がいいのかなあと、わけのわからない使命感を感じながら……。
 ちなみに、涼を求めて裏路地をしばらくさ迷い歩いてみたが、裏路地に
涼など無かった。





今日の一冊は、アラサー女性に向けたコミックエッセイ このまま30歳になってもイイですか?






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