〜アブシンベル大神殿〜 砂にも汗にもドロドロした欲望にもまみれていない清潔な体で、電車でも船でもなくベッドで寝られることが、これほど幸せなことだと感じたことは初めてである。これでやっとオレも安心して夢を見られる。「衣食足りてグラビアアイドルを知る」という諺があるように、人間というものは生活が満たされて初めて礼儀やアイドルのことを考える余裕が生まれるものだ。昨日までの1週間、満足して寝られる場所もなければ食料も無く、とてもフカキョンや熊田曜子に想いを馳せるヒマなどなかったのである。空想できてせいぜい放火犯のくまえりまでだった。 あの頃は、エロエロな妄想に割く時間が無いのが辛くて辛くて、一時は本気で変態を辞めることも考えたよ。でも、諦めたらそこで終わりなんだ。辛いことも苦しいことも、永久に続くなんてないんだ。やまない雨は無いんだ! 脱げない靴は無いんだ!! KANも歌っていたじゃないか。どんなに困難でくじけそうでも、信じることが大事なんだ。必ず、最後にエロは勝つんだ!!! ということでオレは、生誕1ヶ月の悠仁さまも裸足で逃げ出すような健康的で深い眠りに入った。寝る!! 寝る!! 寝るんだ!!! 1泊120円の宿なんだ、1週間分でも1年分でも寝てやる!!! オレを起こせるのは、王子様(15歳以下)のキスだけなんだ!!! グースカピースカ…… 「おい、時間だぞー」 「……」 「おーい! 起きろ!! 出発だぞ!!!」 「ウワッ! ウワワワッ!! グワッ」 宿の従業員によって起こされたのは、親王スタイルで高貴な眠りについてからほんの数時間後、午前3時13分であった。うーむ。頭が、弁髪に重りをつけて振り回している中国の拳法家のように重い。なんだ、こ、ここはどこですか? 私は、誰ですか? 今何時なんですか? 海は死にますか? 山は死にますか? 風はどうですか空もそうですか? おしえてください……(byさだまさし)。 そういえば、アブシンベル神殿という観光地を訪れるツアーに申し込んだのだが、たしか従業員は「明日の朝、時間になったら起こしに行くから」と言っていた。たしかに言っていた。おい、午前3時が「明日の朝」か?? 朝の情報番組のレギュラーに抜擢された新人女子アナじゃないんだよ!!! もう少し待ったれ!! 待ったれよ!!! しかも女子アナといえば、最近2代目スイカップと呼ばれる隠れ巨乳の新人女子アナがNHK福井に登場したそうじゃないか!!! これは聞き捨てなりませんよ!! ぐおおおお、眠い……。頭が……弁髪に重りをつけて修行する狼髏館(ろうろうかん)の鎮獰太子(ちんどうたいし)のように重い……。 ※余談ではあるが、現代でいう「借金で首が回らなくなる」という表現は、当時修行のために髪につける重りが非常に高価なため、途中で買えなくなり修行を断念した者がいたという事に由来する (民明書房刊『中国拳法大武艦』より) さて、かなりコアな「魁!男塾」ファンにしかわからないネタでひんしゅくを買ったところで(でもこれからも使うよ)、オレはあまりにも頭が重かったため取り外して引きずりながら階段を下り、宿の入り口に停まっていたワゴンに乗り込んだ。すると、中には見知らぬ5人の日本人旅行者の方々がいた。「おはようございます!」と日本語で挨拶を。 ……。 ……ああ、ここはもうアフリカじゃないのね。エジプトなのね(号泣)。すごい……普通にツアーに参加しようとしただけなのに見ず知らずの日本人がこんなに集まってくるなんて……。ありえない。ザンビアやマラウィじゃ絶対にあり得ない。学園ドラマで、新任教師が受け持つことになったクラスが優等生ばかりで1年を通じて何の問題も起きないくらいあり得ない。それじゃドラマじゃなくて教育番組だもんね。 他のメンバーはそれぞれ一人旅だったり2人連れだったりとバラバラであるのだが、なんと全員が大学生であった。 ……。 大学生の旅行者に会ったのなんてアフリカ大陸のどこ以来でもなく、去年のインド旅行以来じゃ〜〜〜っ(号泣)。うう、大学生といえば、流行に敏感な時代のファッションリーダーじゃないか。そんなファッションリーダーの1人としてオレも迎えられるなんて、こんなに嬉しいことはない。エジプトは、ヤングの集まる感性豊かでモードな国だぜ!! アフリカじゃないぜ!!! きっとアムラーやナオラーやハマダーといった最先端を行くファッションリーダーたちが集まっているんだぜ!!! そういえばそんなモードな国で、オレのヘアスタイルは金髪でおかっぱ。昨日まではシャワーを浴びれなかったおかげで砂で乱れてごまかされていたが、スペースシャトル方式の三段階のシャンプーを経て、キレイな金色(こんじき)のおかっぱに戻りました。心なしか、大学生たちから次世代のファッションリーダーを見るようなあこがれの視線を感じます。ふっ。キミたち……、いいんだよ真似しても。そしたら今日からキミもサクラーだ。※どうして作者が金髪のおかっぱなのか忘れた人はこちらをご覧ください。 さて、朝一番に訪れるアブシンベル神殿というところは、ピラミッドと並んでエジプト観光の目玉となるところだという。たしかに一般的に目玉は2つあるものだ。まあしかし若い者たちには悪いが、オレはそんじょそこらの観光地じゃあ驚かないぜ? なにしろ、グレートジンバブエ遺跡とかゴンダールの王宮とか見てるんだぜ?? エジプトごときのメジャーな観光地が、オレの子供時代のエジソン並みの好奇心を満足させてくれるとは思えないなあ。ふっ……大学生たち、オレのように無駄に(号泣)旅を重ねていくと、観光ひとつ取ってもこういう余裕が出てくるもんなんだぜ。カップラーメンもお湯を入れる前にかやくを麺の下に入れ込んで、よくふやけるようにするんだぜ。これが経験というものだぜ。 ちなみに、アブシンベル神殿というのはアスワンの町のはるか南、ナイル川の川辺にあり、実は一昨日ワディハルファの港を出港して4時間後くらいに暗闇の中で通過していた。その後アスワンの港に着くまでは船で16時間くらいかかったのだが、その距離をこれから車でたったの3時間で戻るのである。っていうか、道あるんじゃねーか!!! いったいあのボロ船の20時間の旅はなんだったのだろうか。たんなるいやがらせだろうか。 さて、砂漠を3時間突っ走り太陽も若い頃の萩原健一くらいギラギラと昇ってきたところで、灼熱のアブシンベル神殿へ到着した。駐車場には同じくツアーに使われているワゴン車やバスが何台も停まり、白人や東洋人の観光客が群れを成している。そしてオレも群れの一部。おおおお……、こんなに大勢の外国人観光客の姿を見たのはケープタウンの喜望峰以来じゃ〜〜〜(涙)。黒人やアラブ人になじみ過ぎて、外国人がたくさんいるとドキドキしてしまうんじゃ〜〜〜!!! でも、そんなところにいる自分がうれしい……。外人だからと注目されて「ユー! ユー!」とかガキに付きまとわれないで済む環境がうれしい……。 いーやしかし、違うね!!! オレはキミらと違って、こんな普通の観光地では驚かないね!!! なにしろオレは今までグレートジンバブエ遺跡やラリベラの教会やザンジバルのストーンタウンやゴンダールの王宮をおうえようれるwt!!! なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!! でかいっ!! すごいっ!!! 怖いっっ!!! 人の流れに沿って大神殿の正面に回った瞬間目に飛び込んできたのは、石を石代も惜しまずに容赦なく大量に使った、鉄人28号とも十分戦えそうな、何十メートルもの高さの4体のラムセス2世の座像であった。 すげー!! こんなの映画とか、エジプトを紹介するテレビ番組で見たことある!! きっとこの神殿造った人も同じ番組見てたんだよ!! それでマネして造ったんだよ絶対!!!! なんなんだこの立体感と規模のでかさは。オレも高校の頃本気で前田日明のリングスの入団試験を受けたいと考えていたこともあって、身長は平均と比べたらそこそこ高い。それなのに、座っているラムセス2世像と一緒に並んでもこっちは彼の足首までの高さしかないのである。リアルにウルトラマンのサイズではないか。 エジプトのファラオだったラムセス2世は、神殿の前部に4体もの巨大な自分自身の像を並べているのである。そんな4体も並べんでも!!! 1体でいいじゃん1体で!!! 他にもあちこちで像作ってるんだからさ!!! せめて3体にして、1体はオレの像でも作ってくれ!! 現代人と違ってわかり易い髪型してるから、きっと像にするのも簡単だよ!! だいたい、自由の女神像も二宮尊徳像もカーネルサンダースも、同じものが4体並んでるのなんて見たことないぞ。少しうぬぼれてるんじゃないのかラムセスさんよ?? とはいえ、カーネルサンダースが4体あったらとても不気味に見えるだろうが、ラムセス2世の場合は4人並んでいても十分な威厳を感じるから凄い。これがフライドチキンを作った人とエジプトを統治した人間の違いだろうか。多分、このラムセス2世4体が揃って戦えば、鉄人28号どころかゼットンにも勝てるだろう。 それにしても、今までオレが見てきた遺跡はなんだったんだろうか。 毎晩数百のダニノミ南京に刺されながら地獄の旅路の果てにたどり着いたゴンダールの王宮はこれである。 そしてアブ・シンベル大神殿はこんな感じだ。 なんすかこのスケールの違い。そりゃあ、観光客もエチオピアじゃなくてエジプトに来るわ……。そりゃあジンバブエやスーダンに大学生の観光客はいないはずだわ……。だって、エジプトに来りゃこれが見られるんだぜ? 誰がわざわざ苦行の果てにただの古い石の家を見にエチオピア観光に行くんだよ(涙)。 しかも、上の方の写真、ゴンダールの王宮が造られたのは西暦1600年代。なにげに結構最近だ。それに対して、ラムセス2世がアブ・シンベル大神殿を建造したのは紀元前1250年だ。この神殿は、今から3300年前に出来たものなのである。上の1枚目と2枚目の写真にも、実に3000年の開きがあるのだ。これはあまりにもエジプト文明が高度な文明だったということなのか、それともあまりにもエチオピアの文明がお(以下自粛)。 とはいえ、大抵このような派手な神殿というか神社仏閣関係というのは、中に入るとシンプルで拍子抜けすることが多い。まあこれだけ外装でパワーを使ってしまったということもあるし、そもそも中身は神を祀ってあるだけなので、派手さは必要ないのである。ということで、正面の座像に圧倒されすぎてちょっと落ち着きたかったオレは、シンプルな安らぎを求めて神殿の中へ入った。 ↓外観に力を注ぎすぎて、なんの飾り気もなくずいぶん地味になってしまった神殿内部 おいっ! こらっっ!!!! 派手だっ!!! いや、派手なんてもんじゃないっ!!!! 3300年前にエジプト関係のアクション映画の撮影にでも使ったのかよ!!!! ラムセス2世何体いるんだっ!!! 普通セットでもないのにこんなの造るかよ!!! ああ、ほんとに、今までのアフリカの遺跡はなんだったんだ。やっぱりアフリカは、人工物よりもサファリやビクトリアフォールズのように野生で勝負した方がいいな。建造物でエジプトに対抗しようとしても、映画に例えるならスターウォーズシリーズにチェケラッチョで勝負を挑んでいるようなもんで、勝負にならないというか、同じ土俵に立つ前に花道でコケて骨折で不戦敗といったレベルだ(泣)。 凄いのは像だけではなく、外壁や座像の下の台にはラムセス2世がエジプト軍を率いてシリアに遠征した時の戦いの様子が描かれており、神殿内部はエジプトの神々の壁画で埋め尽くされている。そして通路を突き進んだ奥の小部屋には4体の小さな神像が立っており、年に2回、ラムセス2世が誕生した日と王位についた日だけ朝日が奥の部屋まで届き、その神像を照らすようになっているという。 ……ガクっ そりゃあ誰もがエジプト来るわ……。だってグレートジンバブエ遺跡なんて、毎日日光に照らされてるもん……。まったく、芸も何もありゃしない。ちょっとはアブシンベルを見習えよ……。照らされりゃいいってもんじゃないんだよ。もっと照らされ惜しみしなきゃあ。 そもそも、なんで3300年前にそんなもん造れるんだ?? オレなんて太陽がどっちの方角から昇ってどっちの方角に沈むかも、バカボンの主題歌を歌ってみないと思い出せないんだよ。次世代のファッションリーダーであるオレでもそうなのに、なんで3000年前のエジプト文明時代のおっさん(かどうか知らんけど)が「誕生日だけ奥の神像を日光が照らす」なんてインダストリアル・ライト&マジック社も真っ青な特殊効果を使えてるんだよ。 おまけに、アブシンベル大神殿の隣には、今度はラムセス2世が妻のネフェルタリのために建造した小神殿というのがあって、その正面にはこれも10mは超える巨大な王と王妃の立像が6体も並んでいるのである。こっちだけでもゴンダールやグレートジンバブエには勝利しているのに、それでも小神殿なんて控え目にしているのがまた好感が持てる。他の奴らと違って、グレートとか王宮とか身の丈を越えた呼び名など名乗っていないのだ。本当は凄いのに、あくまで自分では「小神殿なんです」とけなげに言い張るのである。ああ、なんてかわいいんだ……。君は小神殿なんかじゃない、大神殿なんだ。むしろ大神殿の方が特大神殿なんだよ……。 これだけのスケールのものを見せられたら誰もが圧倒され、おおーーっと言った後3秒間は言葉を失うであろう。しかし日本から直接来た人より、ちょっとだけオレの方が感動が大きいんじゃないかと思う。正直、日本を出てからここまでたどり着くの、結構大変でした。お金盗まれたり、食中毒で倒れたり、いろいろあったのよ……。 しかし、こんなにも強烈な遺跡があっても、エジプトといってアブシンベル神殿をまず第一に連想する人はほとんどいないのではないだろうか。そもそも、アブシンベルなんて名前すら知らない人が多いのではないか。エジプト文明……なんつースケールのでかさなんだ……。 アブシンベル大神殿特大画像(ウィキペディアより) 今日の一冊は、 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(下) (新潮文庫) |