エチオピアの首都アジスアベバ2〜





 在エチオピア大使館 特命全権大使殿

 誓約書 『私はスーダンへ入国したく、スーダン入国査証申請の旅券添え状の申請に参りました。現在、スーダンには渡航延期勧告、観光旅行延期勧告が発出されている事を承知しております。又、今回の申請に当り、改めて外務省より上記勧告を提示され、スーダンへの渡航を控えるよう要請を受けました。しかしながら、上記事情承知の上で、私の意志によりスーダンへの渡航を希望しますので、「旅券添え状」の発行をお願い致します。尚、スーダン入国後、私の身に如何なる事態が起ころうとも、外務省、在エチオピア日本国大使館等に対しては苦情、損害賠償請求等、一切御迷惑はおかけしない事を誓います。死亡、負傷等の不測の事態が発生しても、全て私個人の責任であること申し添えます。』


   ×     ×     ×


 これは、オレがエチオピアの日本大使館で「レター(推薦状)」というものを申請した時に書いた誓約書の文面である。エチオピアの次はスーダンなわけだが、スーダンビザを取得するためには、まず日本大使館で推薦状を発行してもらう必要があるのだ。「私の意志によりスーダンへの渡航を希望します」と書いておいて、
なんで中国旅行のはずなのにスーダンへの渡航を希望しているのか自分でもわからないが、まあ中国もスーダンも結構面積が広いことだし、多分運がよければどこかしら国境が接しているのではないか。だから、とんとん拍子にことが運べば、スーダンの次くらいに中国へ行くことができるのではないだろうか。昔からオレのすることに滅多に間違いはないし、きっとそうなのだろう。

 しかしこの不肖作者、日の本の国に生まれて25年、たしかに
美しい日本語は使うし醤油は何にでも浸かるほどかけるしと、実に模範的な国民ではあるが、日本大使館ひいては外務省に推薦状を書いてもらえるような身分にまでなったとは、さすがにそこまでなったとは自分では思っていない。日本を代表するような特技といえば、せいぜいおおかたのカップラーメンは作り方を見なくてもいい具合に作れるとか、ヤクルトを手を使わずに飲めるとか、国を背負うものとしては今一歩重厚感に欠けるものである。
 だが、かといってなんとかしてオレを日本代表として推薦してもらわないと、次国スーダンへ入国が出来ない。こうなったら少し恥ずかしいが、
ここ10年くらいのAV女優の名前を30人は言えるという隠し持っていた特技を発表しようとすると、今にも伝家の宝刀を抜こうとしているオレに臆したのか、慌てたように大使館の職員である日本人のおじさんは言った。


「大使館としては、本来は危険地域に入国しようとする旅行者に推薦状を出すわけにはいかないんですよね。まあでもね、どうしても、作者さんがご自身の責任を元に、たとえ危険な目にあっても誰にも迷惑はかけません、大使館や外務省へ後で文句を言うこともありません、それこそ何かあっても骨も拾われなくてもいいです、って言うんだったら、発行しないこともないです」


「骨が原住民に拾われて装飾品とかにされるのはイヤですけど……。すみません、お願いします」


「いや、まだです。とりあえず、外務省が発表しているスーダンの安全情報をあげますから、これをよく読んでひと晩考えてください。その上でまだどうしても希望されるんであれば、また明日訪ねて来てください」


「わかりました。でも、きっと明日も来ると思います。来ーるー、きっと来るー、きっと来る〜♪


「貞子かよ!!! はい、では今日はご苦労さまでした」


「どうもありがとうございました」


 来ーるー、きっと来る、というリングのテーマ曲はあくまで心の声であるが、気持ちの中では貞子風にそう歌いながら、呪いをかけるくらいの勢いで、わざわざオレのために貴重な公務の時間を割いてくださった大使館員の方の話を聞いていた。
 スーダンへの入国について日本大使館からこれだけ念を押されているのは、目下スーダンが内戦中だという理由からである。普通に考えれば、内戦中の国に自ら進んで行こうとするのは傭兵や、
ソ連軍に捕らえられたトラウトマン大佐を救出に向かうランボー(ランボー3・怒りのアフガンより)くらいだろうが、実はこれにはちょっとしたからくりがある。エチオピアから入って北に抜ける旅行者のルートは、内戦が行われているスーダン南部にはこれまたうるぐすでの江川のG1予想のようにかすりもしないのである。もしくは石原良純の天気予報のようにとも言える。

 まあ外務省としては、内戦が行われている国を危険地域と指定するのは、遠足が終了した後の集会で校長先生が「みなさん、
家に帰るまでが遠足ですよ」と言うような立場上のお約束コメントではあるが、実際に危険なのは一部の地域であるのに、全体を危険としてしまうところがこの制度の穴なのである。一部分を取り上げて全体の印象を作ってしまうというのは安易であり好ましくないことで、普段つっぱっている不良が裏山に捨てられている子犬を可愛がっていたら「あの人は本当はとってもやさしい人」という噂が女子生徒に広がってしまうが、そいつは普段ガード下を歩く中学生をカツアゲするわ個人経営の本屋から万引きをするわとことん社会に迷惑をかけている最低な人間なのである。それをほんの一部分だけ見て「やさしい人」と決め付け女子の間で人気が出てしまうというのは、絶対に許せん。
 別に何か過去の恨みを晴らそうとしているわけではありません。ようは「スーダンは安全である」ということを例を挙げてわかり易く説明したまでです。よくわかったでしょう。

 翌日心の中で「来ーたー、やっぱ来たー、やっぱ来た」とやはり不気味に歌いながら、そして貞子風に前髪と両手を垂らしゆらゆら揺れながら当然のごとくレターを貰いに来たオレは、上記の誓約書を全て自分の手書きで記し、更に職員の方に無理を言って本来ならば翌日になるところを当日の発行にしてもらった。

 ここでオレは声を大にして、というと大げさなので声を中にして言いたいが、在アフリカの日本大使館の職員の方々は、感じが良く頼りがいがある人が多い。別にこれは
「お芝居にも興味あるんですよ」と語るグラビアアイドルのように心にも無い口からでまかせを言っているわけではない。旅行記には書いていないが、ジンバブエでは盗難後の手続きのため、大使館の方が電話を貸してくれたり銀行まで車に乗せて行ってくれたり、それはそれは親切にしてもらった。
 そもそも、エチオピアの日本大使館の人など、オレが
入国と同時に機関銃を乱射したくなったエチオピアに住んでいるという時点で尊敬するしかない。そりゃあ日本の税金がつぎ込まれているので、彼らの住居はオレ達が使うようなブンナベッド(安宿)とは異種類の構造物だろうが、それでももしオレが「来月からエチオピアに転勤してもらうから」と上司に言われたら、海外へ逃亡を図るだろう。大体都会と言っているこのアジスアベバでさえ、スーパーは1軒しかないし、そこらへんにうろついている子供は親善大使の仕事で来た黒柳徹子でさえ気づいたらつかまえて往復ビンタをしているであろうほどやはりユーユーとにくたらしい。

 ちなみにスーパーはこの街に1軒しかないということは、おそらくエチオピア国内にあるスーパーマーケットはそのたった1軒だけなのだろう。もちろんスーパーとしての規模はとことん小さく、本来ならば別にありがたみを感じるものではないはずなのだが、希少価値がついているため
工業高校でクラスに3人くらいいる女子生徒のように本来の実力以上に貴重に感じる。もしここに大型デパートでも一軒立てば、男子校に手違いで転校してきた上戸彩クラスの尋常でないオーラが漂うことだろう。

 尚、スーダン大使館へ提出すべき推薦状というのは、日本国政府がオレのことを
推薦するにふさわしい国民であると判断し、その数々の特技を国として公式に認めたということである。つまりこれでオレはAV女優の名前をたくさん言えるということが立派な特技になり得るということを、身をもって証明したのである。どうか引きこもりがちな全国の男性方、自信を持って欲しい。
 ちなみに、推薦状は
誓約書さえ書けば誰でももらえます。この文章を読んでAV女優を覚えるため本屋に走ろうとしたアフリカ旅行予定のみなさん、本当はそんなことする必要ないから安心してください。でもどちらかというと知っているほうが好ましいですけど。
 しかしよく考えてみたらオレは勤労の義務を果たしていないし、よって当然所得税も納めていないし、子供に教育も受けさせていない。つまり
日本国民の3大義務を全て果たしていないのに、よくぞエチオピア全権大使さんはこんなオレを推薦してくれたものだ。やはりどちらかというと内面の方を見てもらえたということか。

 さて、アジスアベバは誰がなんといおうと首都であり、首都といえば楽しみは温泉だけでなく、あんなことやムフフなことも当然あるはずである。
 ムフフなことと言っても別にいやらしいものを求めているのではない。何しろ作者はテレビを見ていても
水着の女性が映っただけでチャンネルを変えるほど硬派のかたまりである。もし今がこんなに体罰体罰うるさい時代じゃなかったら、やれあややだゴマキだ安倍麻美だ川村ゆきえだゆーこりんだ夏川純だロシアの妖精シャラポワだスケート界のミキティー安藤美姫だと騒いでいる軟弱な世間の男どもを、拳で鍛えなおしてやりたいくらいだ。
 ということでここで作者が言うムフフなことは、単に映画を観に行くことである。色気など人生において全く求めていない作者にとっては、アクション映画が数少ない友人なのである。どうだ。硬派だろう。
 宿の近くにあった映画館では、「スペシャリスト」を上映していた。シルベスタ・スタローンが、元CIA爆破工作員の殺し屋に扮するアクション映画である。ちなみに製作は3年前である(涙)。
 まあエチオピアはアメリカから遠いので長距離を渡って来たせいで公開も数年遅れるのだろう、それは全然問題ない。いや、むしろ、そのおかげで今日オレがここでスペシャリストを観れることを大変うれしく思う。なにせ、この映画はヒロイン役がシャロン・ストーンなのだ。シャロンストーンが映画でヒロインをやっているということは、もうみなさんわかりますね? そう、彼女のお約束、
スタローンとの激しいベッドシーンがあるのである!!!! やった!! 万歳!! シャロンストーン万歳!! アジスアベバ万歳!!!! アジスアベバンザイ!!

 なにしろこっちは日本を経ってから数ヶ月、女性といえば旅行者を含め
どちらかというと色気というより野生味あふれるタイプの人を見ることが多かった。もちろん中には美しい人もいたが、その人達のベッドシーンは見ていない。想像はしたが。
 なので、ここらで自分にご褒美を与えることが必要なのである。そう、これは自分へのご褒美だ!! 遅れたお年玉なんだ!!! はあ……はあ……

 映画館にこっそり近づいたオレは、あくまでもクールに、目的を悟られないようにチケットを買った。スタローンのアクションが目当てであるというフリをしなければならない。不純な動機であるのがばれたら入場を拒否されるかもしれないからな。
 入り口では、なんと持ち物検査が行われている。きっとここでも、所有物でアクション目当てでないと判断されたら係員に退場させられるのだろう。厳しい規制だ。だがしかし、硬派なオレは、ベッドシーン目当てを示唆するような怪しいものなど持っているはずもない。リュックの中身を全てぶちまけられて係員をワニの川に投げ込みたくなるくらいむかついたが、それでも特殊工作員らしく感情を抑えて無事潜入に成功した。やった! 
これでベッドが!! ブンナベッド!! 

 会場にはやはり
濡れ場目当てのヤングエチオピアンボーイどもがたくさんいた。けっ!! 軟弱なやつらめ!! 尚、パイプ椅子が無造作に並んでいるだけのスペースはほとんど公民館の臨時こども映画祭りのレベルであるが、エチオピアだから許せる。よくがんばっている。

 さて、いよいよ上映が始まると、オレと競るくらいのたくましい隆々とした筋肉を持つスタローンが、チンピラを叩きのめしたりいろいろな特殊な爆弾を作って敵をやっつけたりしていた。そして、途中でなぜか
いきなりサイレント映画になった。最初は映画の中の演出かと思ったが、スタローンもシャロンストーンも口がパクパクしている。何か喋っているようだ。


「ヒューイっ!」 パンパン


「ヒューイっ!」 パンパン


 音が聞こえなくなると、他の客たちが口笛と拍手で
何かをどこかへ合図しだした。いきなり騒がしくなる会場。そのまま数分が経ち、徐々に口笛と手拍子が会場全体を埋め尽くしてきた頃、また突然スクリーンから音が出るようになった。すごい。日本と違って、エチオピアの映画館では客と上映技師の双方向のコミュニケーションがとれている。いやー、感心なことだってバカヤロー!!!! コミュニケーションは上映時間外にとれ!!! 途中のストーリーがわからなくなっただろうが!!!!!

 ……まてよ? そういえばセリフは英語だからどっちにしろわからんな……そうそう、字幕がついてるから字幕を見ればいいんだっけ。と思ったら字幕は
アムハラ語だ(涙)。ということは、どうやらオレは最初から全くストーリーなどわかっていなかったらしい(号泣)。じゃあ別に少しくらい音声途切れても問題ないか……。

 そしてそのままわからないストーリーに我慢しながら待つこと数十分。

 
キ…(-_-)キ(_- )キ!(-  )キッ!(   )キタ(.  ゜)キタ!( ゜∀)キタ!!( ゜∀゜ )キタ━━━

 
キターーーッ!!!!!

 豪邸の一室で、スタローンとシャロンストーンが2人きりになった。セリフが理解できないオレでもわかる。この怪しい雰囲気。既にスタローンは裸になっている。いや、それは
いつものことだが、今回は違う空気がある。見つめあう2人。いいぞ!! いけ!! そこだっ!!! きたっ!! いよいよこの硬派なオレが待ち望んだベッドシーンが……くる……きっと来るー、きっと来る〜♪!!!

 
よしきたーーーーーーーーーーーーーー













 あれ??

 今たしかに0.3秒くらいベッドになだれ込む裸のスタローンとシャロンストーンが映りましたが、なぜかもう次のシーンに切り替わってます。
スタローン服着て歩いてますけど。
 ばかな……そんなわけない……演出上のカットだったらあの0.3秒のベッドシーンの映像はなんだったんだ……サブリミナル? いや、そんなはずはない。
TSUTAYAシネマクラブでもらった映画ガイドブックにも「シャロンストーンのスタローンとの激しいベッドシーンが見もの」って書いてあったじゃないか!!!!! そこの文章だけよく覚えてるぞ!!!! たとえ他の部分は全て忘れようとも!!
 よし、他の客よ、さっきみたいに口笛を吹いてスタッフに知らせるんだ!! 飛んでしまったシーンがあると!!!

 ……。

 みんな黙って続きを観ているところからすると、
エチオピア的な自主規制ですかそれは(号泣)。それでいいのかおまえら……エチオピアの若者、牙を抜かれた羊たちよ……怒るべきところで怒るのは決して悪いことじゃないんだよ!!!!
 もういやだ……こんな映画つまらん……上映する側の都合でカットするシーンがあるなんて、
そんな製作者に失礼な上映はクリエイターとして到底受け入れられません。
 結局その後オレは
途中で退場するのもなんなのでいちおう最後まで見た。

 
ちくしょーっ!! 帰国したらレンタルでノーカット版を見てやるぞ!! 製作者の意図を正確に汲むためにも!!!!!






今日の一冊は、夜と霧 新版





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